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灰色の薄暗い世界 上

第三章に入ります!

読みに来て下さり、ありがとうございます。

サクッと楽しんで下さいね。


 色褪せた世界に、戻ってきてしまった…。


 目の前の人間達は、皆笑った面を付けているようだ。隣の両親達も、婚約者のバネッサもこの客人達も…。


 自分達の、婚約を公にするために盛大に催された会であったはずが、ランドールの心は虚ろだった。


 どうでもいい話

 どうでもいい人間

 味気の無い食事


 馬鹿らしく

 煩わしく

 腹立たしく



 どうでも良かった



 いっそ全てを投げ捨ててしまいたいのに、それが許されない。


(笑った面を付けているのは、自分も同じか…。)


 ランドールは、そうして自身の面を付け直すのだった。


 ◇◇◇◇◇

 

 ランドールは、バネッサ嬢をエスコートして国王陛下主催の舞踏会の会場に入った。


 先日開いた婚約お披露目会のお陰で、こういった出先で周りのご令嬢達に騒がれる煩わしさは随分と減った。それなのに、隣にいるバネッサは周りへの視線は警戒色を漂わせている。


(この人は、一体何に警戒しているというのか…。)


 呆れて思うランドールだが、何も言わずに彼女を放っている。

 バネッサが何かに警戒していようが、自分にはどうでも良い事で、今夜も当たり障り無く時間を終えるだけを考える。


 婚約者が着飾った所で、褒める事も無い。

 豪華な贈り物が届いた所で、礼は言うが使わない。

 話を振られた所で、相槌を打つだけ。


 ランドールと婚約して幸せいっぱい、笑顔満面だったバネッサは、次第に険しい表情を浮かべるようになった。


「社交の場では、笑顔でいてくれませんか。」


 そう言ったランドールの言葉に、バネッサは目を見開いて頬を染めた。


「はい。」


 嬉しそうに返事をした婚約者に、彼は内心首を傾げつつ、エスコートして会場内を歩く。

 先ほどの一言が、彼女と婚約してから初めて相槌以外の言葉だったという事に、全く気が付かずに…。


 毎年変わりなく、国王主催の舞踏会は華やかなものだ。

 そして、この舞踏会は社交をしないヘンリエッタが唯一出席する行事でもある。


(ロマニエルのエスコートだから、先に会場にいるはずだ。)


 若干ソワソワしながら、会場内を見渡すが意中の彼女の姿は見当たらない。ランドールが首を傾げた所で、会場内にイリウス(上司)の名前が響いた。


「イリウス・ロン・ハドソン公爵令息様!ヘンリエッタ・リエ・ドラメント伯爵令嬢様!」


 その呼名に、ランドールの視線は直ぐに高位貴族の入り口に注がれた。胸が痛いほどに脈打ち、金縛りの様に動けなくなった。

 隣のバネッサが心配げに何かを言ってくるが、ランドールの耳には全く入っていなかった。


 そして、入ってきた二人の姿を確認した瞬間、全ての事が灰色から真っ黒く塗りつぶされてしまう。


 ヘンリエッタ

 ヘンリエッタ

 ヘンリエッタ


 一体、どうして…?


 ◇◇◇◇◇


「ランドール様、少し飲み過ぎですわ?」


 珍しく、アルコールを煽ったランドールは足元が覚束無かった。婚約者と一曲もダンスを踊らず、会場の片隅でアルコールを煽り続け、見かねたバネッサが止めた時には既に酔っ払っていた。


「ああ…。」

「少し、休みに行きませんこと?」

「ああ…。」


 千鳥足のランドールを支えて歩くバネッサは、出席者用の休憩室に入った。長椅子に彼を座らせて、水差しから注いだ水の入ったコップを渡す。


「ありがとう…。」

「いえ。」


 ランドールは、一気に水を飲み干すと長椅子に横になり目を閉じた。

 バネッサは、ランドールの寝顔を見て改めて惚れ惚れし、本当に自分はランドール(この男)に惚れていると改めて自覚する。


(酔っ払っても、美しいなんて反則だわ…。)


 だが、彼がこうなった理由が分かるだけ、バネッサの胸は苦しい。


ヘンリエッタ(あの女)が、会場(あそこ)にいたから…。)


 ランドールが、ヘンリエッタ(あの女)に向けた酷く傷付いた様な眼差し。それは、彼の気持ちの全てを物語っていた。


 ランドールの中には、ヘンリエッタ(あの女)しかいない。


 バネッサは、両手でドレスのスカートを握り締めて怒りに震える。


(どうして、ヘンリエッタ(あの女)なの…。いつも、いつも、いつもいつもいつも…どうして!!)


 バネッサの胸中に、ドス黒い靄が広がる。黄色い瞳に、嫉妬の火花が散った。


(この美しい人の全ては、私のものよ…。絶対に渡さない。)


 バネッサは、静かに眠るランドールに近付くと彼の頬にそっと触れる。そして、その手を滑らせて、シャツのボタンを上から一つ一つ外していった。露わになった逞しい胸板に、頬を赤らめて思わず溜め息が出た。


(ここで既成事実を作ってしまえば、彼は私のもの…。)


 バネッサはランドールに股がると、彼の首元から胸板、お腹とねっとりと撫でるように触れた。


「う…。」


 ランドールの微かなうめき声に、バネッサはニヤリと舌舐めずりをする。


(この人は、誰にも渡さない。)


 ◇◇◇◇◇


 娘の婚約者の様子が晴れないのを、()()母は見逃さなかった。執務室に娘を呼びつけると、ぴしゃりと言い放つ。


『気持ちで繋ぎ止められないなら、体で繋ぎ止めなさい。』

『ええ!!?そんな事…!』


 顔を真っ赤にして慌てている娘に、母はにこりとして言った。


『心配しなくても大丈夫。その道のプロというのは、何処にでもいるものだから。』


 そして、密かに屋敷に招いた娼婦から男を悦ばせる手練手管を作法を、バネッサは連日に渡る指導により獲得したのだった。


 ◇◇◇◇◇


「ふふ、ランドール様…。私の美しい旦那様。」


 バネッサは、ランドールのトラウザーズに両手を掛け、ゆっくりとベルトを外し前を緩めた。


「ふっ…。」


 ランドールは、眉間にしわを寄せて呻いたが目は覚ましていなかった。バネッサが更に事を進めようとした瞬間、ランドールの瞳がカッと開く。


 パシンッ!


 間髪入れず、彼の右手が勢いよくバネッサの頬をを張った。


「うっ!」


 バネッサは不意の衝撃と痛みに耐えられず、ランドールの上から床に転がり落ちる。

 長椅子の下でバタバタと身を起こした彼女が見上げると、ランドールはゼーゼーと息を荒げて立ち上がった所だった。


「ランドール様…、私…。」

「黙れ!!」

 

 髪は乱れ、青い顔をして弱々しい声で話すバネッサに、ランドールは怒鳴った。怒鳴られた経験も無い、恐怖に震え上がる婚約者を、彼は刺すような鋭い眼差しで見下ろす。


「二度と、…二度と私に触るな!!」

「あの…。」

「失せろ!!!」


 バネッサは青い顔のまま固まって、はらはらと涙を流した。

 けれど、そんな彼女に目もくれず身支度を整えたランドールは吐き捨てるように言う。


「お前には、虫唾が走る。」


 ハッとしたバネッサは、ランドールに縋った。


「ランドール様…!お許し下さい!どうか…!」


 ランドールは縋ってくるバネッサを振りほどくと、彼女一人を残して逃げる様に部屋を出て行った。








最後まで読んで頂きありがとうございます!

次回投稿は、明日20時です。

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