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君に贈る白い花 下

サクッと楽しんで下さいね。


「来月のイザベラの結婚式が、延期になるかもしれない‥。」


 ドラメント伯爵邸では、すっかりと恒例になっている朝食の席でランドールが言った。ヘンリエッタは、読んでいた新聞から目を上げて聞く。


「イザベラ様は、良くなっていないの?」


 ランドールは、珍しく難しい顔をして頷く。


 ヘンリエッタは、先日のイザベラの様子を思い出す。美しい顔が青白く、歩くにも侍女の助けを必要としていた彼女の姿を。


「父に頼まれて、明日お見舞いに行くんだけれど、ヘンリエッタも一緒に来てくれる?」

「‥、分かったわ。」


 ランドールの身内のお見舞いに、他人の自分が一緒に行くのもどうかと思ったが、イザベラとは先日顔見知りではあるので承諾した。


 次の日、ヘンリエッタとランドールはお見舞いに白いアネモネの花束を買い、イザベラの屋敷へ向かった。


 ◇◇◇◇◇


 二人が部屋に着いた時、イザベラは侍女に付き添われてベッドに戻った所だった。どうやら、吐き戻した後の様子である。彼女は以前より憔悴した様子で、ゆっくりとベッドに横たわる。


(前より、更に悪そうね‥。)


 ヘンリエッタ達は、軽く挨拶した後に直ぐイザベラの部屋を退室し応接室で彼女の両親と会った。

 両親もまた、顔色が悪く、やつれが見られた。ランドールとの挨拶もそこそこに、彼等は口々に話し出す。


「滅多に、体調を崩す娘では無かったのだが…。」

「お医者様も、原因が分からないって。何かの病気なの?悪くなる一方なのよ。」

「「どうしたら良いのか、分からない…。」」


 そんな二人を前に、黙ってしまったランドールの横からヘンリエッタが口を開いた。


「イザベラ様は、いつから調子が悪くなったのですか?」


 イザベラの母親が、少し考えて答える。


「最初に気が付いたのは、結婚式の日取りが決まった後よ。それから、ちょくちょく体調を崩す様になって。マリッジブルーかしらなんて、私達は話していたのよ…。」

「ちょくちょく、吐いていたって事でしょうか?」

「ええ。そうね。」

「あ、ハンナ。イザベラの具合はどうだ?」


 イザベラの父親が声をかけたのは、応接室に入ってきた先ほどイザベラに付き添っていた侍女だ。


「今は、お休みになっています。」


 侍女の言葉が終わるか否かの時、部屋の外が騒がしくなった。男の叫び声と、それを押し止めようとする数人の声。


 応接室の扉が乱暴に開かれて、一人の若い男がずかずかと入ってきた。


「イザベラに会わせて下さい!お願いします!」

「マーティ!イザベラは、さっき休んだところなの。静かにして下さい!」


 マーティと呼ばれた青年は、イザベラの母親に窘められて静かになった。けれど、マーティが興奮状態なのは明らかだ。

 見かねた父親が彼に言う。


「婚約者の君が行けば、娘も喜ぶだろう。無理はさせたくないが、部屋に会いに行ってあげて欲しい。」


 イザベラの父親の言葉にマーティは頷き、侍女に先導されてバタバタと応接室を出て行った。

 静かになった室内で、弱々しい声が妙に響く。


「せっかくお見舞いに来てくれたのに、騒がしくてすまないね。」


 叔父の言葉に、ランドールは首を振るしか無い。


「婚約者の事を思えばこそでしょう。」

「ああ、根が真面目で誠実に娘を想ってくれるから結婚を許したんだ。」

 

 イザベラの父親は、悲しげに微笑んだ。


 ◇◇◇◇◇


「まさか、イザベラがあんなに悪くなるなんて‥。」


 帰るために、ヘンリエッタとランドールは馬車に向かう。彼の言葉に、隣を歩くヘンリエッタは静かに頷いた。


 ふと、花壇の小さな白い花に目を向けて立ち止まる。


「スイセンだね。」


 止まったヘンリエッタの目線を追った、ランドールが言う。


「‥ええ。」


 イザベラの屋敷の庭園には、沢山の咲き誇る花々達を引き立てるように多くの白いスイセンが植えられていた。


(‥もしかしたら。)


 ヘンリエッタは、ランドールを見上げて言った。


「お屋敷の敷地内、全てのスイセンを抜いたらどうかしら?それによく似た植物も一緒に。」

「え?」


 ランドールは、目を見開く。


「イザベラは、元気になるかもしれないわ。」


 ランドールは頷くと、イザベラの屋敷へ戻る。残ったヘンリエッタは一人、庭園の美しい花々を眺める。


 予感が的中してくれたら、良いのだけれど‥‥。


 ◇◇◇◇◇


 イザベラの両親は、直ぐに動いた。


 イザベラの屋敷の庭園に植えていた、スイセンや形の似た植物を一掃させた。すると、イザベラは瞬く間に元気になっていった。そして、当初予定していた結婚式の数日前には全快したのだ。


 ヘンリエッタが、ランドールと再び屋敷を訪問した時。イザベラの両親には号泣して礼を言われ、彼女からは結婚式の招待を受ける。


 ヘンリエッタとランドールは、イザベラの屋敷の帰り際、屋敷の裏側で野良猫に餌をやる侍女を見つけた。ヘンリエッタは馬車を止め、降りて彼女に近づく。


 ヘンリエッタ達に気が付くと、侍女は顔色を変えて急いで去ろうとした。


「お待ちなさい。」


 ヘンリエッタの静かに刺すような声を聞いて、彼女はビクリと立ち止まった。ゆっくりと振り返る。


 いつか、イザベラに付き添っていた侍女だ。


「貴女が、やったのね‥?」


 ヘンリエッタの言葉に、侍女は真っ青な顔色で震えだした。


「‥‥。」


 震える彼女の唇が僅かに動いたが、言葉としては聞き取れなかった。


「否定しないのね。」


 春先に美しい花を咲かせるスイセン。けれど、有毒植物だ。


「お屋敷をうろついていた野良猫が、スイセンの葉を食べて具合が悪くなって‥。毒があるのだと気が付きました。毎日ちょっとだけ、お嬢様のお食事に混ぜる様になりました。」

「どうしてそんな事を?」


 ランドールが、静かに聞く。


「少しだけ、お嬢様の結婚までの時間を引き延ばしたかったのです‥。」


「結婚までの時間?そんな事をして、何になるの?どうにもならないでしょう。」


 ハンナは、俯いてぽろぽろと涙を流す。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。


 イザベラの婚約者マーティは、ハンナにとって初恋の相手だった。


 親に金の無心にされていたハンナを、たまたま知ったマーティが助けた。それから、彼はイザベラの侍女だった彼女とも仲が良くなった。彼の悪意の無い優しさが、それまでささくれていたハンナの心を癒し、初恋の淡い思いが執着に変わったのだ。


 彼と結ばれたいと願った訳では無い。

 そして、イザベラを殺す気持ちも無い。

 

 ただ、二人が結婚するという事実を、ハンナが受け入れるのに時間を必要としていたのだ。


 次の日、ハンナは忽然と屋敷から姿を消した。


 ◇◇◇◇◇


 あれから一月後。


 結婚式からの帰り道、ヘンリエッタはセニアル家の馬車に揺られながら静かに街並みを眺める。


 遅れてはしまったが、今日のイザベラ達の結婚式は素晴らしかった。先月の出来事を払拭するかの様な、幸せそうに寄り添う二人。

 スイセンの件があって、イザベラとマーティの絆はより深まったらしい。


 ヘンリエッタは、向かいに座るランドールをチラリと見る。


「どうかしたの?」

「いいえ、何でも無いわ。」


 優しい視線とかち合って、ヘンリエッタはふいっと外へ視線を外した。


 ランドールはその美しい存在自体から、知らず知らずの内に多くの女性達を翻弄する。それは、彼の望みとは関係なく。


 けれど、彼の優しさが伴えば‥。


 それを見てきたヘンリエッタは、溜め息をついて車窓を眺めた。


(幼馴染みの関係で無ければ、自分もとっくにイザベラみたいに狙われていてもおかしくない‥。)


 考えても恐ろしい話だ。


 そんな事を考えていたら、馬の嘶きと共に馬車が止まった。


「ヘンリエッタ、ちょっとごめん。」


 ランドールはそう言って、止めた馬車から降りると直ぐに戻って来た。その手には、美しく咲く白いバラを五本持って。


 ランドールは、にこりと極上の笑みでヘンリエッタに大輪のバラを差し出した。


「ヘンリエッタに出会えた事が、僕には奇跡の始まりだよ。」


 差し出されたヘンリエッタの方は、目を丸くしたが何とかそのバラを受け取った。


「ありがとう…。」


 ヘンリエッタは、彼の満足げな笑顔を見て思う。


 今の数秒間の出来事で、どれだけのレディ達が彼の手中におちるのだろう。一国の権力さえ揺るがしかねない、圧倒的な影響力を持つ侯爵の子息。

 

 しかも、恵まれた美しい容姿と溢れる才能、人を沼に引き込む話術と物腰を備えていた。きっと、自分の力でも世界を渡るなど造作ないだろう。


(けれど、私が本当に恐れているのは‥。)


 手元の白いバラを見下ろしながら、ヘンリエッタはその先の思考を止めた。そして、静かにその芳香を吸い込んだ。



次回投稿は明日20時です。

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