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月夜の彼女は赤く染まる 上

サクッと楽しんで下さいね。


 イリウスは、月明かりに照らされる静かな庭をヘンリエッタとゆっくりと歩く。会場の雑音から遠ざかり、無言で歩く二人のサクサクと芝を踏み締める音だけがやけに大きく感じた。


(二人きりになりたかったから、人気の無い場所へ来たが…。)


 思い悩むイリウスが隣を歩くヘンリエッタ ちらりとを見下ろせば、彼女は楽しそうに庭を眺めていた。


(そういう、やましい気持ちは…無くも無いんだよな…。)


 舞踏会のエスコートする権利を、ロマニエル(彼女の兄)から得たイリウスは、直ぐにアメジストのジュエリーを発注した。


 それを身に付けて姿を見せたヘンリエッタに、思わず見惚れた。そして、意中の女性を自分色に染めたという満足感を知った。

 否、正確には独占欲と言う方が正しい…。


 この前の嫉妬といい、これまでの自分には無かった気持ちの現れに、驚きと戸惑いが少なからずある。

 けれど、それ以上に自分の中にふつふつと湧き上がる温かな満足感と喜びの方が勝っていた。


 もっと、知りたい

 もっと、近付きたい



 けれど、決して焦ってはいけない…


 彼女は、ずっとランドール(幼なじみ)に守られてきた。他の令嬢とは違って、何事にも離れた場所から先ずは眺めて観察し考える時間を要する。


 こういう人間は、その時間を待ってあげなければ心理的な距離は永遠に縮まらない。


 だが時々そういう意識はさせないと、それもまた彼女との距離が縮まらない。


 舞い上がるイリウスは、期待半分でヘンリエッタにキスを強請った。強請った後に、直ぐ思い直す。


(あ…、まだ無理だった…。ごめん。)


 顔を離したイリウスに、ヘンリエッタは言う。


『ここは人目があるので、後でなら…。』


(彼女が言ったあの言葉通りならば、馬車の中で焦ってする様なキスでは無くて、もっとじっくりと…。)


 そう思っていたイリウスは、思わず空いていた右手で口元を覆った。


「イリウス様?大丈夫ですか?」


 いつの間にか、自分は立ち止まっていたらしい…。心配げに見上げてくるヘンリエッタに、にこりと笑んだ。


「えっと…、いや、大丈夫。」


(多分、貴女が思っている様な心配では無い。でも…。)


 イリウスは周りを見回して、誰も居ないのを確認してから言ってみた。


「その…、()()()はいつかなって…。」


 ヘンリエッタは目を見開いて、みるみるうちに顔を赤くした。


(うん…、慣れてないんだね、こういう事。)


 彼女のこういう反応を見る度に、喜ぶ自分と安心する自分がいる。

 それは、ランドールが彼女に手を出していないという証拠だったから…。


(でも可愛いよな、こういう所も。)


 イリウスが、他の令嬢よりヘンリエッタを好意的に思える一つだ。その辺の男慣れして積極的に近付いてくる令嬢よりも…。


(男の都合だが、本気の女性(相手)に内面の淑女を求める奴の気持ちが分かるな…。)


 どんな些細な事でも、ヘンリエッタの初めての相手が自分だったらと期待してしまう気持ちに苦笑いが浮かぶ。


「あの…、イリウス様。分かりました。」

「うん…?」

「失礼致します。」


 意を決した顔付きのヘンリエッタが、イリウスの顔に両手を伸ばす。そして、自身もつま先立ちになれば、近付いてくる香油の香りと共に、彼の右頬に触れるような感触があった。


(は…?)


 あまりの刹那的な出来事に、イリウスはポカンとして右頬を撫でる。


(え…、終わった?)


 目の前には、耳まで真っ赤な顔をしているヘンリエッタが俯いていた。


(いや、相当頑張ったよね。うん…。でもさ…。)


 イリウスは、ヘンリエッタの両手を自身の両手で包んだ。そして、ゆっくりと口元まで持ち上げると、彼女の白い指に口付ける。


「キスは、君からしか許されないのか…?」


 イリウスのはっきりとした言葉に、ヘンリエッタは彼を見詰めたまま固まった。





次回投稿は明日20時です。

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