緑色の大地を踏みしめる 上
サクッと楽しんで下さいね。
「もう、麦踏みの時期だったね~。」
車窓から、領民達が麦踏みに勤しむ姿を眺める父親の声は呑気なものだった。
領地に来る前は、ドラメント伯爵家では馬車に乗るまで揉めていたというのに…。
〝父を、領地の母の所に連れて行く。〟
兄妹はこの確固たる信念の元、頑なに難色を示す父を説得し続けた。しかし、のらりくらりと逃げるルドルフに、最終的には痺れを切らしたロマニエルが勝手に日付を決め荷物を纏めて馬車へと押し込んだのだ。
(どうなる事かと思っていたけれど、出発出来て良かったわ…。お父様も、馬車では大人しかったし。)
ヘンリエッタは、苦笑いして隣に座るリュシウォンの手を握った。ルドルフと同様に、車窓を眺めていたリュシウォンが振り返って言う。
「リタさんの領地は、綺麗な所だね。」
「ありがとう、リュシー。嬉しいわ。」
そうしていれば、遠くに屋敷が見えてきた。到着した馬車に気が付いた従者達が、わらわらと出て来て出迎える。
誰もが、十一年ぶりの伯爵の帰還を驚いて歓声が湧き上がった。中でも、先代からドラメント伯爵家に仕える古株のノートンは、誰よりも喜び感極まって涙を流す。
「旦那様…!!」
「ノートン、元気にしていたかい?すっかり、我々は年を拾ったなぁ。」
「左様で御座います。ですが、私の足腰立つ間に、もう一度旦那様のお姿が拝めるとは…。嬉しゅう御座います。」
はらはらと涙を流すノートンに、ルドルフは笑う。
「ははは、随分と心配を掛けてしまっていたね。」
「良かったわね、ノートン。ヘンリエッタ、無理矢理引っ張ってきたかいがあったわね。」
「はい、お兄様。」
ノートンは、ハンカチで涙を拭きつつロマニエル達に頭を下げた。
「はい。本当にありがとうございます、お坊ちゃま、お嬢様。私はいつ奥様の元へ旅立っても、悔いはありません。」
「何言ってんのよ!貴方がいなきゃ、困るわよ!」
「そうよ、ノートン。」
ノートン以外の古参の従者達も、再会に涙を流した。それほど、本来の主であるドラメント伯爵の帰還を彼等は待ち侘びていたのだ。
「おや、この子は…?」
涙を拭いたノートンが、ヘンリエッタと手を繋ぐリュシウォンに気が付いた。
「暫く〝ウチの子〟になった、リュシウォンだよ。」
主の言葉に、ノートンの瞳がキラリと光った。
「ほぉ!そうでしたか。久しぶりにお子様が屋敷にお越しになるとは、嬉しい限りです。お部屋を準備致しましょう。」
「ええ、お願い。」
「さ、中に入りましょ?アタシ、お腹ペコペコだわ。」
こうして、ドラメント伯爵一家と従者達はワイワイと屋敷へと入っていった。
◇◇◇◇◇
ランチを終えたドラメント伯爵一家は、伯爵夫人の眠る丘を目指して歩く。途中、新しく開拓した桑畑の前を通りかかった伯爵は、目敏く気が付いた。
「あれは、桑の苗を植えているのかい?」
「はい。」
「これは、養蚕でもするのかな…。」
(流石、お父様だわ…。)
「そのつもりです。領地にいる跡取りになれない若者達の、新たな収入源にしたくて…。今、領民の中からウィンを留学させています。来年から、始動していく予定です。」
「ふぅん…。」
畑を眺めながら歩く父は、ポツリと呟いた。
「〝良い時期〟かも、しれないね。」
「はい…?」
それきり、父は黙り込んでしまった。黙々と歩くその背中に、ヘンリエッタは首を傾げる。
(どうして、〝良い時期〟なの…?)
そうこうしている内に、彼等は母の眠る墓の前に着いた。
ルドルフは、しゃがんで妻の墓石を撫でる。
「本当に君はいないんだと、思い知らされるな…。ここは、思い出が多い場所だから尚更だ。」
そう言う父は、優しく微笑みつつもどこか寂しげな顔をしていた。
次回投稿は明日20時です。




