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黄色の瞳に映る世界 下

サクッと楽しんで下さいね。


 リュシウォンがドラメント伯爵邸で暮らし始めて数日もすれば、屋敷の生活に慣れ家庭教師が見付かり勉強も始まった。


 大人ばかりのこの屋敷は、子どものリュシウォンが可愛がられた。

 特にヘンリエッタは、ルドルフやロマニエルより屋敷の事をよく知っていて使用人達からの信頼も厚く、リュシウォンの事をよく気に掛けてくれる。


 けれど、周りがどんなにリュシウォンに良くしてくれても、彼の小さな心は晴れなかった。


(ここは、良いところ。でも…。)


 彼の心のどこかには、いつも母の姿、父の姿や故郷の景色がチラつく。

 それでも気丈に振る舞うリュシウォンは、明らかに少しずつバランスを崩していった。


「リュシー、庭を散歩しない?」


 ヘンリエッタの誘いに、リュシウォンは頷いて差し出された手を取る。

 夕暮れの庭園は、日中の華やかさとは打って変わり静かでひっそりとしている。その中を、二人は手を繋いで歩いた。


 南側から屋敷を見渡せる、ガゼボの椅子にリュシウォンを座らせた。ヘンリエッタは、彼の前に膝を付いて子どもの顔を見上げる。


「リュシー、元気の無い貴方が心配なの。リュシーの気持ちが知りたいわ。」


 リュシウォンは、首を振る。

 自分は十分過ぎるほど、良くして貰っている。これ以上の、どうにも出来ない事を言って困らせてはいけない。


 ヘンリエッタは、彼の握り込んだ小さな両手を自身の両手で包んだ。


「私は、貴方の声が聞きたい。」

「僕…、僕は…。」


 ぼろぼろと大粒の涙を流すリュシウォンを、ヘンリエッタは抱き締めた。


「母様に、会いたい!皆に会いたい!家に…帰りたい…!!」


 泣くリュシウォンの小さな体を、ヘンリエッタは抱き続けた。


「そうね…。直ぐには無理だけれど、時期が来たら私が必ず貴方を祖国に帰すわ。約束する。」


 ヘンリエッタ自身、十歳の頃に急に母と別れた。自分の場合、普段の生活を守られたままきちんとした別れも無かった。


 リュシウォンは、その頃の自分より三つも下で全ての事から引き離された。しかも、あの身なりからは壮絶な移動を強いられたはずだ。そうして、知り合いもいない異国に連れて来られた彼は、どれほどのストレスに曝されたのか…。


 そう思い至るヘンリエッタは、胸が潰れる思いだった。


(リュシーの本当の家には叶わないけれど、ドラメント伯爵邸(ここ)が少しでも彼にとって安心して過ごせる場所に出来たら…。)


 そして、いつしか彼が泣き疲れて、ヘンリエッタの腕の中で眠ってしまった時、後ろから声が掛かる。


「お嬢様、私がリュシウォン様を運びましょう。」

「ありがとう、セルマン。私では彼の部屋に運べそうも無かったから、助かったわ。」


 ヘンリエッタは、眠るリュシウォンの顔をそっと撫でた。


 ◇◇◇◇◇


 それからのリュシウォンは、時間があればヘンリエッタと共に過ごすようになった。ヘンリエッタも、そんなリュシウォンが可愛くて一層可愛がる。


「リタさん。」

「リュシー、どうしたの?」

「今日は、イリウス様が来る?」

「ええ、お茶の時間の前に来られると思うわ。」

「そう…。」

「イリウス様に、何か用事?」

「ううん。」


 リュシーは俯いて、そのまま行ってしまった。


(どうしたのかしら…?)


「ねぇ、アン。リュシーは、大丈夫?」

「はい…?」

「あの子、何だか変だったわ。」


 おろおろとする主に、アンは笑って言った。


「問題ありません。焼きもちですから。」

「え!?」

「お嬢様がイリウス様に取られて、一緒に過ごせないのが、寂しいんです。」

「リュシーが!?」

「そうです。ですから、大丈夫です。」

「大丈夫じゃないわ!」

「え、お嬢様!?」


 ヘンリエッタは血相を変え、出て行ったリュシーを追う。


 リュシウォンは、庭園のガゼボの椅子に座った。ここは、庭園の中で彼が一番お気に入りの場所。

 ここからは、屋敷の南側が見渡せる。二階のヘンリエッタの部屋の窓も彼女の執務室の窓も、食堂の大きな窓も…。ヘンリエッタがどこかしらに居るのが、見えるから。


 でも、イリウス様が屋敷に来たときは来ない。


「リュシー!やっぱりここに居たのね。」

「リタさん。」


 ヘンリエッタは、リュシウォンの隣に座った。リュシウォンは、彼女を見上げると言った。


「リタさん、僕はリタさんの事が大好きだよ。」

「私も、リュシーの事が好きよ。」


 ヘンリエッタが嬉しそうに抱き付いてきたリュシウォンを抱き締め返した時、静かな声が掛かる。


「ご機嫌よう、ヘンリエッタ嬢。」

「イリウス様…、いつからそこに?いらっしゃいませ。」

「少し前から。」


 リュシウォンは、ヘンリエッタから離れるとイリウスに頭を下げて足早に去って行った。

 子どもを見送ったイリウスが呟く。


「嫉妬するに値する光景だ。」

「イリウス様が、嫉妬するような事が…?」


 イリウスは珍しく眉間にしわを寄せ、ヘンリエッタを見た。


「ヘンリエッタ嬢?自分の意中の女性が、他の男と告白し合って抱き合っているのを見れば、誰でも嫉妬するよ。」

「他の男って、リュシーですよ?」


 首を傾げるヘンリエッタの言葉に、イリウスは苦笑いする。


「あれは、一人の男の顔だよ。」









 

最後まで読んで頂きありがとうございます!

次回投稿は明日20時です。

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