キャラメル色の思い出 下
サクッと楽しんで下さいね。
ガスパリオの店中は、相変わらず多くの女性客達が買い物やお茶を楽しんでいる。二人が向かったカフェスペースも同じく人が多かったが、丁度空いた奥側の席に案内された。
「以前もそうだったが、今日も凄い人だな。」
「そうですね。」
ヘンリエッタはバナナキャラメルのタルトを、イリウスはチョコレートタルトとレモンチーズケーキを頼んだ。うずうずと鼻歌混じりで待っている彼の姿が可愛らしくて、ヘンリエッタは微笑む。
「甘党なのですね。」
「え!?あ、そうかな?」
「ケーキを二個頼むなんて、立派な甘党です。」
「考えた事が無かったが…、来るのが楽しみだ。」
にっと笑うイリウスにつられて、ヘンリエッタも笑う。
(この人の笑顔には、つられてしまうわ…。)
そうして、運ばれてきたタルトをイリウスは嬉しそうに口に運ぶ。それを見るヘンリエッタも擽ったい気持ちになり、二人はご機嫌にケーキに舌鼓を打った。
「美味しかった!」
「ご馳走さまでした。ありがとうございます。」
ガスパリオの店を出て次はどうしようかと歩き出した時、にこにこと笑うイリウスは、小さな小箱をヘンリエッタの両手に乗せた。
「これはヘンリエッタ嬢に…。」
それを見たヘンリエッタの目は、大きく開かれる。
「キャラメル…!どうして…?」
ヘンリエッタの驚く視線に、イリウスは笑って言った。
「以前一緒に買い物に行った時、貴女はそれだけを買っていたから。好きなのかなと思って…。」
笑っている彼を前に、ヘンリエッタは内心驚きを隠せない。
(この人は、本当に私の事を良く見ている…。)
「ありがとう、…ございます。」
「当たりなら良かった。」
「最近は食べていなかったので、嬉しいです。」
ヘンリエッタは、キャラメルの小箱を眺めて微笑む。
「ランドールを思い出す味?」
「イリウス様…。」
ヘンリエッタが軽く睨めば、返ってきた彼の視線は優しい。
「別に、ランドールの事を無かったことにして貴女と向き合う気は無い。寧ろ、隠される方が私は嫌だ。その時間ごと、貴女は生きてきて今私の前にいるのだから…。」
イリウスは笑って続ける。
「それに、彼は私の欠かせない仕事仲間だ。思っていた通り優秀な奴で、色々と役に立ってくれているんだ。」
イリウスの言葉に、ヘンリエッタの気持ちは温かくなる。
彼は自分達の過ごした時間にも敬意を示し、ランドールの事を評価してくれるイリウスの心意気が素直に嬉しかった。
「このキャラメルは、…ランドールを、というよりは両親を思い出す味なのです。」
ヘンリエッタの言葉に、イリウスは僅かに目を見開いた。
「え、…すまない。知らなかったとはいえ。」
「いいえ。」
気遣わしげなイリウスに、ヘンリエッタは微笑んで首を振る。
「そうか…。ドラメント伯爵は、陛下の命で外遊に出ておられるし、夫人は亡くなったと聞いた。」
「はい。」
「貴女が話したくないなら、無理に言わなくても良い。」
ヘンリエッタは、近くの公園を指差して「歩きませんか。」と誘って歩き出した。
「母は亡くなって十一年目。今は領地の好きだった場所に、眠っています。」
「そうか…。」
公園を吹き抜ける風に、流れる髪が頬を擽る。
「母の思い出は、領地を飛び回っていた姿ですけれど、いつもポケットにキャラメルを忍ばせていて…。麦の収穫で忙しい時や外で頑張った帰り道に、キャラメルを口にしていたんです。」
二人は、子どもが遊ぶ原っぱやベンチで寛ぐ老夫婦を眺めながらゆっくりと歩を進める。
「父は出国して九年、最後に会ったのは私が大学校入学前の六年前になります。」
「それは、…随分と前だな。」
イリウスの率直な感想に、ヘンリエッタは苦笑いして頷く。
「父は、母とは対称的で。屋敷で姿を眩ましたと思えば、書庫に居るような人です。何か興味があると、寝食も忘れて調べ物に没頭する人なので、心配した母が父にキャラメルを渡したんです。手を煩わされずに、食べられるからと言って。だから、父は本の山の傍にはいつもキャラメルを入れた缶を置いていました。」
噴水の前を通り過ぎて、空いたベンチに並んで腰掛けた。
「元々、キャラメルは好きでした。けれど、これは食べると両親との思い出に触れるので、私の気持ちも落ち着くんです。ガスパリオは、キャラメルにハマって色々な店のキャラメルを食べ比べた父が生前の母に勧めたお店なんです。」
「そうだったのか。」
「私はあそこのキャラメルしか買わないので、他の店の味は知らないのですけれど…。」
「キャラメルが、両親の思い出を繋いでいるんだな。」
ヘンリエッタは、隣のイリウスを見て頷いた。
「両親の事を、兄や家の者達以外の人に話したのは初めてです。自分がこんなに落ち着いて両親の事を話せるようになっていたなんて、驚きました。」
「話してくれて、ありがとう。」
イリウスの言葉に、ヘンリエッタはふわりと笑う。その愛らしさに、イリウスは思わず息をのんだ。
「参ったな…。」
言って右手で口元を隠して俯くイリウスに、ヘンリエッタは首を傾げる。
「イリウス様…?」
顔を上げたイリウスから向けられた眼差しに、ヘンリエッタは目を見開く。
彼の潤んだ紫色の瞳に、彼から放たれる色香に、ヘンリエッタは瞬時に縛られた。
(海月…。)
「今の私が、貴女に触れるのはどこまでなら許される…?」
擦れる声で言うイリウスが、ヘンリエッタに手を伸ばした時、小さな咳払いがした。ハッと思い出したように息を吸い込んだヘンリエッタが、そちらを見ればいつの間にか傍に来ていた侍女のアンが頭を下げる。
「イリウス様、申し訳ありません。ですがお嬢様に、急ぎお伝えしたいことが御座います。」
ヘンリエッタがイリウスを見れば、彼は構わないと首を振るので彼女はアンに近付いた。
「どうしたの?」
アンに耳打ちされたヘンリエッタは、目を見開いた。そのまま、侍女を見れば彼女は神妙な顔で頷き、公園の出入口に準備された馬車へと促す。
「どうしたんだ?」
怪訝な顔で近付いてきたイリウスに、ヘンリエッタは震える声で言った。
「父が、先ほど帰宅したということです…。」
「ドラメント伯爵が…?」
◇◇◇◇◇
ヘンリエッタはセルマンに案内されて、急いで応接室へと向かう。そこには兄ロマニエルと、ヨレヨレの土埃を纏う衣服に無精髭とボサボサに乱れた癖毛の金髪、にこにこと笑っている細身の中年男性がいた。
彼を見たヘンリエッタは、声も出さずに固まる。
入ってきたヘンリエッタに気が付いた男は、にこりと笑い変わらない呑気な声で言った。
「ただいま、リタちゃん。少し見ない間に、すっかりレディになったねぇ。」
五年ぶり位に会ったその男は、確かに自身の父親であるルドルフ・ホセ・ドラメント伯爵その人だった。
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次回投稿は明日20時です。




