赤い情熱の舞台 下
サクッと楽しんで下さいね。
発声源は、人集りが出来ていたので容易に知れた。遠巻きに見ている野次馬達に混じって、ヘンリエッタも覗き込むと頭から血を流した半裸の男が抱き起こされている所だった。
ヘンリエッタは、隣にいた同じく半裸に近い女性に聞く。
「何があったの?」
「んー、ちょっと過激に揉めちゃったのよね。たまに、ある事よ。」
「たまにって…。」
「リタ!戻ってきて!」
呼ばれたヘンリエッタは、苦笑いして女性に礼を言うとガレリナと一緒にいるロマニエルの元に戻ってきた。
「さぁ、アタシ達は帰りましょ。」
「はい。」
「ガレリナ、じゃあね。チケットありがとう。残りを頑張ってね。」
「え…。ちょっと待ちなさいよ!あの血を流しているのって、ニックじゃない!王子役のアイツが駄目になったら、明日からの舞台が出来ないわ!」
「その為の、代役がいるんでしょ?さ、リタ行くわよ。」
騒がしさを増していく周囲の様子に、ロマニエルは若干嫌な予感がして、ガレリナを無視して妹を急かす。
そこに、背後から名前を呼ばれた。
「ロマニエル!」
「げ、…ルルベットさん。」
そこには、今回のオペラ『魔鈴』のスポンサー兼プロデューサーであるルルベット氏がいた。
恰幅のいい体を揺らし、頭頂部が薄くなっている茶色い髪を振り乱しながら、信じられない早さでロマニエルに近づいてくる。
「代役を引き受けてくれないか!頼むよ!最初はニックではなくて、君にオファーした話だ。妖精の為に、断られたがね…。」
「何を言ってるんですか。代役になる子は、選んでいらっしゃるでしょ?アタシの出る幕じゃ無いわ。」
「その代役が、主役を殴ったから問題なんだよ!」
「ソウナノネー。」
「このままでは、舞台は中止だ!」
「ソウデスネー。」
「赤字だよ!!」
「ソウネー。」
「ロ、マ、ニ、エ、ルーぅ!!!」
「ふふふふふ~。」
半泣きになってしがみ付いてくるルルベットを前に、ロマニエルは薄笑いで白目をむく。
関わる気は、無かった。
「お兄様、代役を引き受ける事は叶いませんの?」
「お嬢さん!貴女、良いこと言う!!」
ルルベットは、目を輝かせてヘンリエッタを見る。
「リタ。そんな簡単に…。」
「あら、音楽の神に愛されたテノールの申し子は、自信が無いのかしら!?」
「ガレリナ!君も、冴えてるな!!」
ルルベットは、更に目を輝かせてガレリナを見た。
ロマニエルは、ガレリナを軽く睨む。
「ガレリナ。アンタねぇ…。」
「ロニなら、やれるわよ。何回もやった事がある役じゃない!私は、いつかロニと『魔鈴』をやりたいと思っていたわ。貴方と、同じ舞台に立ちたいと思っていたのよ。」
真剣に見詰めてくるガレリナとルルベット、心配げにしているヘンリエッタに、ロマニエルは小さく溜め息を付いた。
「分かった…。明日から、立つわよ。ただし、ニックが戻って来るまでよ!それだけは、譲らないから。」
「お兄様!」
「ロニ!」
「ロマニエル!」
三人が手を取り合って喜ぶ所に、ロマニエルは頭を搔く。
ルルベットが上機嫌で去って行くと、ヘンリエッタは遠慮がちに聞いた。
「あの…、お二人は、特別な関係なのですか?」
「「え…?」」
ロマニエルとガレリナが目を丸くするのに、ヘンリエッタは更に言った。
「だって、〝ロニ〟はお兄様の愛称でしょう?家族以外がそう呼ぶのを、聞いたことが無かったので…。」
「違うわよ!?演者仲間ではあるけれど、そんな関係じゃないわ。」
焦って訂正するロマニエルの横で、彼にしな垂れかかりガレリナが言った。
「あら、ロニったら酷いのね。」
「ガレリナ!」
「冗談よ。」
ガレリナは軽く笑って、目を吊り上げるロマニエルから離れてヘンリエッタの方を見る。
「〝ロニ〟っていうのは、私が一方的に呼び出したの。最初はすっごく嫌がられたわ。無視されるくらい。でも、私の粘り勝ちなのよ。しつこさには、自信があるから。」
「ただの迷惑行為だわ。」
ロマニエルのツッコミを、ガレリナは無視してヘンリエッタに言う。
「ロニと特別な関係になった人って、私達の中でも誰も知らないのよ。相手が男か女か、年上か年下かもね…。」
「ちょっと、妹にそういう事を言わないで!」
「貴方がそんなだから、〝妖精〟話が出るんじゃないの。」
黙るロマニエルに、にやっとしたガレリナはそっとヘンリエッタに耳打ちする。
目を丸くするヘンリエッタに、ガレリナはにこりと笑って言った。
「また、私のアリアを聴きに来てくれると嬉しいわ。ロニの妖精さん。」
◇◇◇◇◇
幸いニックの傷は浅く、大事には至らなかった。一週間後には、復帰が出来るという事でロマニエルは腹を括る。
次の日の晩から、ロマニエルは代役として『魔鈴』の舞台に立った。
彼の容姿からは、想像を超越する骨太で伸びのある歌声に、誰もが引き込まれ酔いしれた。音楽の神に愛され自身の努力も怠らない彼には、急遽代役を引き受けたにも関わらずソプラノの歌姫ガレリナのアリアと共闘する圧巻の舞台を繰り広げる。
その評判は直ぐにメルトン中に知れ渡り、ガレリナとロマニエルの共演を見たい客がフィガロ座に殺到し、チケットは立ち見が出る程連日完売でプレミアが付いた。
けれど、元々主演だったニックの復帰が決まれば、ロマニエルはあっさりと交代を決めた。ルルベットや観客からは、代役の続投を望まれる声が劇場に殺到するが彼の気持ちは固まっており譲らなかった。
ドラメント伯爵家の屋敷にまで頼み込んで来たルルベットに、ロマニエルは別の舞台に出演する契約を取り付けた事で、漸く納得を得て帰って行った。
その様子を見ていたヘンリエッタが、兄に聞く。
「お兄様、宜しかったのですか?」
「何が?」
「えっと、…いえ。本当は、私がお兄様のお仕事に口を挟める事ではありませんでしたのに。申し訳ありませんでした。」
妹の言葉に、ロマニエルはにこりと微笑む。
「そうねぇ…。今回の帰国中の仕事は、半月後にある陛下の舞踏会のアリアだけで、後は最初から入れるつもりは無かったのよね。演者は抜けなく千秋楽までやるのが当たり前だし。今回は代役の演者が問題を起こしたから、急遽出ることにしただけよ。」
「それに、…」とロマニエルは、続ける。
「今回の『魔鈴』は、あのガレリナのアリアに喰われちゃ拙いから人選が難しかったのね。」
兄の言葉に、ヘンリエッタは頬を赤く染めて言った。
「はい、ガレリナ様のアリアは素人の私が聞いても素晴らしかったです。」
ロマニエルは苦笑いして、ヘンリエッタの頭をくしゃくしゃっと撫でると部屋を出て行った。
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次回投稿は明日20時です。




