青い瞳は悲しみに揺れる 中
サクッと楽しんで下さいね。
幼い頃の記憶の多くは、苦い薬と熱に浮かされながら見上げた天井の壁紙の模様、天蓋ベッドの刺繍。そして、眉間にしわを寄せ心配げに覗き込んでくる侍女達の顔…。
元気になっては風邪を引くのを繰り返していたので、外に出た記憶も数少なければ友達と言える相手もいなかった。
そうして育つ内に体はいくらか丈夫になり、両親に連れられて出掛ける様になる。
〝外の世界〟を知らず静かな場所で生活してきたランドールは、煌びやかで香水の匂いが立ち込めるその場所、人の多さと賑やかさは驚きと恐怖でしか無かった。和やかな両親の影に、隠れる毎に注意され益々〝外の世界〟が嫌になる。
けれどもっと彼が嫌だったのは、両親と離される〝子どもの世界〟…。
見知らぬ令嬢達が群がって来ては次々と不要な世話を焼かれ、見知らぬ子息達からは嫉妬の嫌がらせを受けた。
望まない場所での望まない扱いに、幼い自分は嫌で堪らなかったが、どうすることも出来なかった。それがまた、自分の暗い気持ちを増幅させる。
その憂う姿に、令嬢達は更に彼の世話を焼き、子息達は執拗な嫌がらせへと発展していき、完全に悪循環な状態だった。
◇◇◇◇◇
捕まったランドールは、庭園の影に引きずり込まれて、自分より体の大きな三人の子息達に取り囲まれた。
そして彼等は、いつもの様に小さなランドールを相手に、ニヤニヤとして小突きながら口々に嫌味を言い出す。
「目がギョロッとしていて気持ち悪いな。妹の人形みたいだ。」
「こんな、ひょろひょろの体でろくに走れもしない、のろまな奴。」
(またか…。)という諦めの気持ち
(恐い…。)という恐怖の気持ち
そして(早く解放して欲しい…。)という僅かな希望
様々な気持ちが渦巻く胸中、ランドールの青い瞳は静かに揺れる。
「しゃべらないなんて、お前、本当は従者なんじゃないか?頭位、下げろよ。ん?」
「嫌だ。」
頭に伸びてきた手を、ランドールは咄嗟に払った。図体が大きいだけで、地位も知能も低い奴等に、頭を下げるのだけは自分のプライドが許さなかったのだ。
その行為に、相手の子息は驚いて一瞬怯んだが、不敵に笑ってランドールの胸ぐらを掴む。
「ひょろひょろの女みたいな奴が、一丁前に大層なタイなんか締めやがって。ドレスでも、着てきたらどうだ?そう言えば、お前は本当に男だったのかな?」
「え…?」
意味が分からないランドールが、内心首を傾げた所で勢いよく地面に組み伏せられた。全力で藻掻くが、なんせ体格が違いすぎて全く動けない。
ランドールを押さえ込んだ子息は、呆気に取られている他の子息達に言った。
「コイツの手足を抑えろ!」
「え…?ああ。」
「止めろ!」
「口を塞げ!バレると、拙いからな。」
「な、何するんだ?」
二人は、不思議そうにしながらも言われるままに動く。
「コイツがこれから先、俺らに絶対に逆らわない様に躾けておくんだよ。」
「嫌だ…ムググッ。」
二人がかりで抑えられ、身動きの取れないランドールのズボンに相手は手を駆けた。
その瞬間、ランドールの背筋を一気に悪寒が走る。これ以上の先には、彼に取って屈辱でしか無い行いだと。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ!誰か…!!)
これまで、こんな奴等の低俗な行いに泣くまいと決意していたランドールの瞳に、屈辱の涙がじわりと込み上げた。
(こんな奴等、…!)
ランドールの心にドス黒い闇が差し掛かった時、後ろから凜とした声がした。
「メルトンの貴族の子息には、下品な人達がいたのね。」
「「「なっ!!?」」」
三人の子息達は、不意打ちの驚きと自分達の行いが第三者に発覚した焦りが走り、動きが固まる。
その隙に、ランドールは拘束から逃れて転がる様にして彼等から離れると声の方を見た。
そこには、見慣れない一人の少女が立っていた。姿勢良く背筋を伸ばし、背中に流れる長い金髪はハーフアップにリボンで結い上げ、エメラルドグリーンのぱっちりとした瞳は悪ガキ達をしっかりと見据えている。
身なりと雰囲気からして、何処かの貴族のご令嬢。しかも、上の方の爵位だと思われた。
(誰…?)
何度か〝外の世界〟を経験し、貴族達の顔を覚えてきたランドールだったが、彼女は見慣れない子だった。
「なんだ一人か。しかも女かよ。」
「驚かせやがって。」
「焦ったー!」
その場にいたのが、何の脅威にもならなそうな相手だと確信した子息達は、緊張が緩んで軽く笑い合う。
「汚くて賎しい、人間以下ね。」
その言葉に、彼等はぴたりと動きを止めて彼女を睨む。
「何だと?」
「言葉には、気を付けろよ?」
対する少女は、怯える様子も見せず静かに彼等を睨み返していた。
(このままじゃ、あの子が危ない…。)
だが、今から役に立つ大人に助けを呼びに行くには距離が遠く、自分には助けられる力が無い。
(あの子は、僕の事を助けてくれたのに…!)
ランドールが、自己嫌悪で不甲斐なく思っていれば、少女は表情を変えないまま言った。
「ラシル男爵子息、ウーフ男爵子息、そしてイナリス子爵子息。こんな事をしておいて、貴方方のお家が無事で済むとお思いですか?」
「「「な…!?」」」
驚く三人を前に、少女はにっこりと不敵に笑う。
「殿方の持つプライドを、私は持ち合わせておりませんので、この様なことは直ぐに世間の知るところとなりますわ?先ずは、ほら、あちらに…。」
彼女が示した方に、もっと幼い幼児達がわらわらと歩いて来ていた。それを追って、後ろから世話役の従者達が数人こちらに来るのも見える。
幼子達の中の何人かが、こちらを見て嬉しげに笑った。
「あ、兄様!」
「にいちゃ!」
そして、トコトコと歩いて近寄ってくる。
「な!?コイツ…!」
「止せ、行くぞ。」
「けど…!」
「早く、行こう!」
三人は、そう言いながら逃げる様にその場を去って行った。
ランドールは、ホッとして彼女を見る。少女は、ランドールには目もくれず周りに集まった幼子達に声を掛けて纏め、世話役の従者達に引き渡した。
そしてそのまま、彼女も一緒に去って行こうとするのでランドールは焦って呼び止める。
「待って!」
けれど、自分の足に力が入らなくてその場にへたり込んだ。
(あぁ、僕はどうしていつも…。)
ランドールが、苦々しく思っていると目の前に白いレースの手袋をはめた小さな手が差し出された。見上げると、あの少女がランドールに手を差し出してこちらを見下ろしている。
「大丈夫?立てる?」
「う、うん…。」
ランドールは、その手を借りて何とか立ち上がる。隣に立つと、彼女の方が頭半こ分大きかった。
「ありがとう、本当に。…、ありがとう。」
「いいえ、大変だったわね。無事で良かったわ。」
そう言って優しく微笑んだ少女に、幼いランドールの目は釘付けとなった。
彼女の周囲は光り輝き、星が飛び散る。何とも言い難い力に、彼は引き寄せられ捕らえられた。胸が痛いほどに打ち付けて苦しく、顔が熱い。嬉しい様な、それでいて足が竦むような恐怖と戸惑い。
けれど、ランドールは彼女から目を逸らす事は出来なかった。
「本当に、大丈夫?体調が悪いの?」
少女は心配げに、動かなくなったランドールの顔を覗き込んだ。
「い、いや。違う。」
「そう?それなら良かった。さぁ、私達も戻りましょう。」
繋いだままの手はそのままに歩き出す少女の手を、ランドールは自分の方へ引いた。怪訝な顔をして振り向く彼女に、ランドールは丁寧に膝を折って言った。
「僕は、ランドール・ルイ・セニアルと言います。貴女の、お名前を教えて貰えませんか?…僕とお友達に、なってくれませんか?」
目を丸くする少女を目の前に、ランドールの胸は爆発してしまうのでは無いかと思うくらい激しく跳ねていた。彼女の手を握る自分の手は微かに震えて、顔が熱くてぼぅっとする。彼女が沈黙する、僅かな時間がとてつもなく長く感じた。
それでも、ランドールは真剣に目の前の彼女だけを見詰めた。
「ヘンリエッタ…。」
「え…?」
「私は、ヘンリエッタ・リエ・ドラメント。お友達になってくれると、私も嬉しい。よろしくね、ランドール。」
そう言ったヘンリエッタは、ふわりと笑う。その笑顔に吊られて、ランドールも笑った。
◇◇◇◇◇
パーティーから帰宅したランドールは、久しぶりに高熱を出して寝込んだ。
けれど、ベッドの中の彼はいつもと違ってご機嫌だった。嫌で堪らない苦い薬も、熱に浮かされながら天井を見上げる時間も全く気にならなかった。
寝込んでいるにも関わらず、ランドールの気持ちは軽く羽を広げた様に舞い上がり、熱に浮かされ脈打つ体は輝く希望に胸躍っている様だった。
(元気になったら、またヘンリエッタに会える。その為に、早く元気にならないと…。)
何の色も無かったランドールの世界に差し込んだ、僅かな光の様な彼女…。
(会いたい、ヘンリエッタに会いたい。)
強い思いを胸に、ランドールは眠りについた。
その更に数日後、メルトンではちょっとしたニュースが駆け巡る。
ラシル男爵家、ウーフ男爵家そしてイリナス子爵家の三家は、揃って所有財産の喪失で家が没落し、爵位の権利を売却して社交界から姿を消したのだ。何故その三家が急に力を失ったのか、誰も知るよしも無い。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次回投稿は明日20時です。




