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緑色の肖像画 下

サクッと楽しんで下さいね。


「ランドール。」


 学校のランチタイム、食堂から出てきたヘンリエッタとランドールに一人の青年が近づいて来た。


「イリウス様。」


 彼はイリウス・ロン・ハドソン。メルトン国のハドソン公爵家のご令息。ヘンリエッタ達と同級生だ。


「どうされたのですか?」


 イリウスとは顔馴染みのランドールが、ヘンリエッタより前に出て話す。ヘンリエッタとイリウスは、社交パーティーで顔見知りな位だ。


「明後日、我が家に来る予定だっただろう?けれど、父の具合が悪くてね。悪いが、延期して日を改めて欲しいんだ。」

「それはいけませんね。延期しましょう。‥、イリウス様も体調が良くないのでは?顔色があまり良くありませんが。」


 確かに、ランドールにも劣らない美男子で本物のプリンスである彼は、明らかに青白い顔をしていた。珍しい彼の紫色の瞳にも、覇気が感じられない。


「そうなんだ‥。昨日から少し良くない。気持ちが悪くて、食べられない。この後、早退するんだ。」


 イリウスは具合が悪そうに、ふらりとしながら置いた荷物を見る。


「良かったら、馬車停まで送りますよ。私が、荷物を持ちましょう。」


 ランドールがヘンリエッタの方を見る。ヘンリエッタは無言で頷いた。


「ああ。すまない。」


 イリウスは弱々しく、微笑んだ。


 三人はランドールを真ん中にして。並んで歩く。ランドールがイリウスと話すのを、ヘンリエッタは静かに聞いていた。


「体調が悪いのは、イリウス様と公爵様だけですか?」

「いや、家族や従者達の中にも良くない者が幾らかいる。」

「え!?昨日からとは、…何か屋敷で変わった事はありませんか?」

「そうだな‥。特には。‥いや、父の新しい絵が届いた位だ。思えば、その後から特に父の具合が悪い。」

「「絵?」」


 ヘンリエッタとランドールの声が重なった。イリウスは、苦笑いする。


「背景のグリーンが美しいと、父が気に入っていた。確か新しい染料を使ったと、画家が言っていたかな。」

「グリーン‥。」


 ランドールが呟く。


「すみません、イリウス様。私、今から一緒に屋敷へ伺っても良いでしょうか?その絵が見たいのです。」


 ヘンリエッタはイリウスに言った。


「え‥?」


 イリウスは、ヘンリエッタの言葉に驚いて目を丸くした。


 見た目は大人しいお人形のような令嬢が、顔見知り程度の身分が上の異性であるイリウスに対してハキハキと物を申し、しかも屋敷へ来たいと言う。


「ヘンリエッタ…。」


 ランドールも、心配げにヘンリエッタを見た。


「ランドール、早い方が良いわよ。イリウス様、お願い致します。」


 ヘンリエッタは、ランドールに言ってイリウスにお願いした。


「イリウス様、私も一緒にお願い致します。」


 ランドールも、イリウスに願い出る。


 結局、ヘンリエッタ達も早退してハドソン家の馬車に乗り込むことになった。


 流石、メルトン国の公爵の屋敷とあって屋敷も調度品も豪華な物だった。けれど、ヘンリエッタはその様な事には目もくれない。


 真っ直ぐに、問題の絵を見に向かった。


 それは、当主であるハドソン公爵の肖像画。ヘンリエッタは、素早くハンカチで口元を覆う。


 肖像画、それは有力者達が自身の権力を示す為に画家に描かせる姿絵。力を持つ王侯貴族ならば、自身の肖像画を描かせるのは良くある話だ。


 だが今問題なのは、背景に使われているその色。

 それは、色鮮やかな美しいエメラルドグリーン…。


「公爵様含め、屋敷の者達まで具合が良くないのは、この絵に使われた緑色の染料のせいです。直ぐに、この絵は処分して下さい。お医者様に、解毒を施して頂けるように、至急遣いを出して下さい!」

「ですが、それは旦那様の‥。」


 言いかける、公爵家の家令をヘンリエッタは睨みつけて叱り飛ばした。


「お黙りなさい!この絵一枚の為に、公爵家を滅ぼしたいのですか!?」


 問題の肖像画は、公爵邸から直ぐに処分された。医師達により、公爵家の者達は直ぐにヒ素の解毒を施される。


 幸い、絵にそれ程近づいた者はいなかった。おかげで屋敷の者達は直ぐに回復していった。


 皮肉にも一番酷かったのは、自身の肖像画であったハドソン公爵本人だったが‥。


 ◇◇◇◇◇


 学園の卒業式が、二週間後に迫っている。


 ヘンリエッタは、伯爵邸の庭園のガゼボで読書をしていた。近づいてくる聞き慣れた足音と柔らかな気配に、彼女は読んでいた本から目を上げる。

 目が合ったランドールは、柔らかく微笑んで彼女の隣に座った。手に持ってきた、小さな可愛らしい包みを開けると中身の一粒を取り出した。


 ヘンリエッタの大好物、パティスリーガスパリオのキャラメルだ。


「レディ、甘い物はいかがですか?」

「まぁ、欲しいわ!」


 ランドールは笑って、目を輝かせるヘンリエッタの口に摘まんでいたキャラメルを含ませた。


「んー!やっぱり、ガスパリオのキャラメルは最高!ありがとう、ランドール。」

「どう致しまして。」


 嬉しそうに笑うヘンリエッタを、ランドールは微笑んで眺める。そして、思い出した様に言った。


()()緑色は使用禁止命令が出たね。」

「我が国で、早くから使用禁止になって本当に良かったわ。安全性のある、違う緑色が出来るのが楽しみね。‥綺麗な緑色だったから、惜しまれるけれど。」

「緑色は、君の瞳の色だからね。」


 ランドールは顔を近付けて、ヘンリエッタのクリッとした瞳を覗き込む。彼女は「そうね。」と呟いて、手元の本に目線を落とした。


 ランドールは、そうして暫く隣のヘンリエッタを眺めていたが思い出したように言った。


「イリウス様は、来週の卒業式前には学園に復学されるらしいよ。」

「そうなの。卒業式に間に合って良かったわね。卒業生代表の、スピーチをされるのでしょう?公爵家の人達も、全員が無事で良かったわ。」


 ハドソン公爵家の肖像画を描いた画家は、使用禁止令が間に合わず亡くなってしまったらしい。


「…イリウス様が、ヘンリエッタにお礼がしたいって言っていたよ。」

「そうなの?別に必要無いけれど‥。」


 ヘンリエッタは、興味なさげに本を読み進めている。彼女の反応に安心したように微笑んだランドールは、ヘンリエッタに聞いた。


「キャラメル、もう一ついる?」

「いるわ!」


 目を輝かせるヘンリエッタは、ランドールから二つ目のキャラメルを口に入れて貰う。嬉しげにキャラメルを口にする彼女の姿を、ランドールは安堵と共に嬉しそうに眺めた。




次回投稿は明日20時です。

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