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レモンの枝には刺がある 

サクッと楽しんで下さいね。


「私が、ランドール様と婚約…?」


 バネッサは信じられない話をした笑顔の両親を前に、そのレモンイエローの瞳を見開いて固まった。


(え、…現実?)


 試しに顔をペチペチと叩くが、確かに痛い。


「夢では無いのですね…。」


 娘の反応に、微笑みながらトゥール伯爵婦人は頷いた。


「そう、夢では無いわ。しかも、セニアル侯爵家の方から申し込みがあった事なのよ。ガーデンパーティーで、貴女と直接話せたのが良かったみたいね。」

「えー!そんなの、嬉しいわ!!」

「良かったねぇ、バネッサ。」


 喜ぶ娘の姿に、父親のトゥール伯爵はうんうんと頷く。


「近々、ご両親とランドール様が一緒にお越しになるはずよ。」

「はぁ…、夢みたい。」

「良かったねぇ、バネッサ。」


 トゥール伯爵は再び頷いた。


 ◇◇◇◇◇


 伯爵の執務室を出たバネッサは、すっかり舞い上がっていた。


(婚約!!ランドール様と私が婚約!婚約だなんて!ヘンリエッタ(あの人)では無く、この私が選ばれた!!)


「なんて、嬉しい事なのぉ!!」

「わぁ!?」


 屋敷の廊下、感極まって叫んだバネッサの後ろで、彼女の二歳上の兄のフィリップが驚きの声を上げる。バネッサは、スンッと気持ちを静め彼に笑みを向けた。


「あら、お兄様。ご機嫌よう。」

「えっと、…えらくご機嫌だね、バネッサ?」


 興奮気味で荒くなりそうな鼻息を必死に抑える勝ち気な妹を、気弱な兄は見つめ不思議そうにする。


「分かります!?そうなんです!私、今本当に嬉しくって!!」

「そっか、母上達に呼ばれていたね。何の話…?」

「お兄様、ちょっと、聞いて下さる!?」

「う、うん?」


 その言葉を待ってましたと興奮するバネッサは、逃げ腰の兄の上着を掴んで詰め寄る様に言う。


「私、ランドール様と婚約するんですって!!」

「え…?」


 兄は目を丸くする。その反応に、益々気を良くした妹は更に声を上げた。


「しかも、侯爵家(あちら)からの申し出なのよ!!」

「へえ…。」

「この私を、選んで下さったの!!」

「そう…。」

「きゃー!!!信じられないわぁ!!!」


 ビリビリと響き渡るその叫びに、フィリップは青い顔で耳を塞ぎながら言う。


「でも、…ランドール様と言えばヘンリエッタ嬢がいるじゃないか?この前のパーティーでは、一緒にいなかったけれど…。」


 その言葉に、バネッサの視線は一瞬で冷気を帯びた。


「そんなの、過去ですわ。過!去!」

「まぁ、状況的には、過去かも知れないけれど…。ランドール殿の気持ちは、ヘンリエッタ嬢にあるんじゃないのか?」


 兄の言葉に、バネッサは怒りで目が吊り上がる。


「何て事を仰るのよ!?」

「だって、そんな簡単に…人の気持ちは変わらないだろ?」

「ランドール様とお兄様は違いますわ!?」

「うーん…。」


 言い切る妹に、兄は首を傾げる。その反応に、バネッサは益々苛ついた。


「何時までたっても、振られたエミリー嬢を未練がましく慕いつづけるお兄様と、私のランドール様を一緒にしないで下さいませ!」

「グフッ!」

「そんなに、なよなよされているからあの方に振られたのでしょう!?」

「ガハッ!!」

 

 不機嫌な妹の言葉は、容赦なく傷心の兄に突き刺さった。


「もう、ジメジメしたお兄様とダラダラ話している時間は無くってよ!?私、ドレスを選ばなくてはなりませんもの。では、失礼致します!」


 不機嫌に鼻息荒く去って行く妹の後ろ姿を、見送る青い顔のフィリップは静かに呟いた。


「そんなに、単純なものかな…?」


 ◇◇◇◇◇


「もっと、明るい色が良いわ。白とかピンクもあるでしょ!?あ、ランドール様の瞳の青も探してきて!」

「「はい。」」


 部屋のクローゼットから、次々と運び出されるドレス達をバネッサは一枚一枚チェックしていく。けれど、今の彼女のお眼鏡にかなうドレスは数少なかった。


「これだけしかないの…?新しく、仕立てなくっちゃ駄目ね!あぁ、合わせて靴も必要だわ。」

「仕立て屋を呼びましょうか、お嬢様?」

「行商は、どうなさいます?」

「ちょっとお母様に、相談するわ。今選んだドレスは、分けておいて。」

「「はい。」」


 お買い物を含め相談事は、事実上、家の実権を全て握る夫人()に持っていくのがトゥール伯爵家の常識だった。


 部屋を出たバネッサは、気分良く階段を駆け下り母親の元へと向かう。途中、先日パーティーを開いた庭園の前を通り掛かって足を止めた。


(ガーデンパーティーでは、二人きりでお話し出来てとても幸せだったけれど、それがまさか婚約に繋がるなんて…!)


 幸せな時間に思いを馳せて、胸が熱くなった。


 パーティーで再会したランドールは、相変わらず美しくてバネッサは見蕩れた。ぽーっとしている自分への細やかな気配りも、美しい言葉遣いも、優しい眼差しも…。

 その全てが、これからは自分だけに向けられるのだと思えば、この胸の高まりは抑えられるはずも無かった。今思い出すだけでも、顔が緩んでしまう。


「ふふふ。」


 一人笑った所で、バネッサは思い出した。


『私は、貴女の事が大っ嫌いよ!』


 そう言われた、ヘンリエッタ(あの人)の青くなった顔を。ウキウキと舞い上がっていたバネッサの胸が、チクリと痛む。


(私があんな事を、ヘンリエッタ(あの人)に言う必要は無かったのね。私ったら、彼女になんて可哀想な事を言ってしまったのかしら。まぁ、蒸し返さない方が良いかしらね?私が、あの人に下手に出る必要は無いもの。)


 それに、婚約者の座を勝ち取ったのは自分なのだから…。


(これで、ヘンリエッタ(あの人)に煩わされる事は無くなるわ。だって、私がランドール様の婚約者なんだもの!)


「早く、お会いしたい…。」


 つい、自分の願いが口から漏れてしまう。


(こうしては、いられないわ!私は、その為の準備しなくちゃ!)


 バネッサは、気を取り直して母親の執務室を訪ねていく。

 そして後日、トゥール伯爵家には連日何人もの仕立て屋と行商が出入りする事となった。





最後まで読んで頂きありがとうございます!

次回投稿は明日20時です。

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