緑色の大地 下
サクッと楽しんで下さいね。
ヘンリエッタは、ディナーの後教会に集まった領民達の話しを聞いていた。
「各個人で蚕を飼うなら、その家々で土地を確保する方が良いのでは?」
「それなら、当初の目的である次男三男のには無理な話だ。」
「やはり、皆で新たに土地を開拓するしかなかろう。」
「とは、言ってもなぁ…。」
「土地はどうする?」
「どこか、良い所あるか?」
「川沿いは、埋まっているだろ?」
「山側は遠くて管理しにくいし、日当たりは良くない。」
そこで一同黙り込んでしまった。
彼らの言いたいことは、分かる。
「丘の周りね。」
ヘンリエッタの声に、周りは気遣わしげに彼女を見た。
街からの距離、日当たりや水はけ、今後の土地利用を考えるとあの場所以外には適した場所を思い浮かばない。
「ですが、あの近くは奥様が眠っておられる場所だ。」
「我々にとって、今も大事なお方だ。騒がしたくない。」
「でも、お墓をどうこうするって訳じゃ無いだろ。」
「あそこは、皆が行き来しやすい。」
「そうだ、良い場所だ。」
「「「お嬢様…。」」」
皆が次々とヘンリエッタを見た。
「私も、あの場所が適任だと思っているの。皆があの辺りに通って、賑やかにしてくれるなら眠っている母も喜んでくれるでしょう。」
領主の言葉に、一同は頷き合った。
帰宅したヘンリエッタは、部屋で歌のレッスンしているロマニエルの元へと向かう。先にその場にいたノートンと並び、彼の歌声を聴いて過ごした。
そして、休憩に入った所で話し掛けた。
「お兄様、丘の周りに桑畑を拓く事になりました。」
ロマニエルは僅かに目を見開いたが、微笑んでヘンリエッタを見る。
「そう、…アタシは賛成するだけよ。」
「反対されると、思いました。」
ロマニエルは、妹の髪を優しく撫でる。
「そうねぇ、反対したところでアタシが領地のために何か出来るわけでも無いと思ったのよ。…それなら、貴女達に賛成して応援する方が良いでしょう?」
「ありがとうございます、お兄様。」
二人の兄妹は微笑みあう。
こうして、丘の周りの土地の開拓が始まった。
◇◇◇◇◇
明日は、王都の屋敷へと帰る前夜。
ヘンリエッタは、書類仕事を終えるとバルコニーへと出た。空は雲一つ無く、王都でも中々拝めない満点の星が夜空に広がっている。
彼女は、手すりにつかまり溜め息を付いた。
(明日は王都へ帰るのだわ…。領地での時間はいつもあっという間。帰ったら、またいつもの日常が待っているのね…。)
そう、いつもの日常が…。
ランドールが居なくなった生活は、静かでそして整然としている。自分は、ただ目の前のやるべき事を淡々と行うだけ。
キャラメルで甘やかされる事も無く
急に訪ねてきて驚く事も無く
新しい事を共有する事も無く
ランドールは私にとって、ずっと友達以上恋人未満の存在だった。彼も、一緒にいてそれ以上を望んでいるようには思えなかった。
大学校を卒業するまでは…。
ランドールが居なくなって、寂しくない訳では無い。ただ、自分には目の前にやる事があるから深く考えなくて済んでいただけ。
一人でいるというのは、寂しく悲しく恐ろしい。けれど、その気持ちをヘンリエッタは十歳で捨てるしか無かった。
彼女を守る家族は居なかったが、彼女が守らなければならない家族は沢山いたから。家、従者達、領民達の全ての事が、彼女の肩に重く鉛のようにのし掛かっていた。
責任を取るべくして、自分はやるしか無かった。
そんな自分を、ランドールはずっと近くで見守ってくれた。時に甘やかし、驚かし、そして新しい事を話して、笑い合った。
私達の関係は、そんな柔らかくてふわふわっとしたものだった。
互いに何かを約束した訳でも無く、誰かに決められた訳でも無い。ある意味非常識で、不確実な二人の時間を過ごしていた…。
家族という、血縁や法に縛られたものを信用出来無くなったヘンリエッタだったから、余計にランドールとの関係が心地良く思っていたのかもしれない。
そんな、不確かで不安定なものだったからいつか急に終わると分かっていた。
ヘンリエッタの周りから、家族がいなくなったように…。
(私は、ランドールに対して確固とした思いを持つ者では無かった。その点では、バネッサの方がしっかりとしているわね…。)
ヘンリエッタは、苦笑いして夜空を見る。金星が、一際眩しく夜空に輝いていた。
(私は、ランドールとの時間に何を見出していたの。)
ただ、寂しさを埋めたかっただけ?
ただ、甘やかして欲しかっただけ?
ただ、寄り添っていたかっただけ?
『リタ、時間は有限よ。貴女は自分の為に何を望むの?』
(私が望むのは…。)
『僕は、君から去ることは無いよ。』
『僕の事を、君が縛ってくれても構わない。』
『ヘンリエッタには、僕の気持ちはそのまま受け取って欲しいと思ってる。』
ヘンリエッタの胸がコトリと小さな音を鳴らした。視界がぼやけ、彼女の頬を次々と涙が流れ落ちる。
(寂しい。本当は、寂しくて堪らなかった…。)
自分が最後に泣いたのは、いつだっただろうか?覚えているのは、確か彼女が一人になった時の夜だ。
声を抑えて踞り、彼女は一人で泣いた。
気の済むまで散々泣いて、どれ位経っただろう。ポツリと、彼女の心の中で小さな声がする。
(言わなきゃいけない。ランドールに、会って言わなきゃいけないわ。)
ヘンリエッタは、漸く顔を上げた。変わらぬ夜空を仰ぎ、悟った。
このまま、有耶無耶のままにはしておけない。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次回投稿は明日20時です。




