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緑色の大地 上

サクッと楽しんで下さいね。

ブックマークありがとうございます!


 大地に青々とした麦が育つ頃、ヘンリエッタはロマニエルを連れて領地を訪れた。

 

「この辺りは、相変わらずの田舎ねー!」

「劇的に変わるような事がありませんもの。」

「ま、それもそうよね。」


 生まれ故郷を批判的に言っているようでも、ロマニエルの目元は優しく車窓を流れていく領地の景色を眺めている。そんな兄から、ヘンリエッタは手元の分厚い手紙に目をやり、あれこれと考えを巡らせて過ごした。


 目的の一つ目は、前回母に約束した墓参り。

 そして、二つ目は留学に出したウィルから届いた報告書とも相談ともいえる手紙の内容を解決する為。


(予想はしていたけれど、本当の目的をやり遂げるまでは少し時間を要する事業になりそうだわ…。)


 そう思うヘンリエッタの耳に、兄の嬉しそうな声が聞こえてきた。


「あ、屋敷が見えてきたわ!懐かしいわね。」


 ロマニエルも、幼い時期や海外へ音楽留学に出る前は過ごした場所。彼にも、様々な思い出がある地だと言うのは間違いない。


 到着した馬車に屋敷の従者達が、次々と集まってくる。


「「「お帰りなさいませ。」」」


 誰もが主の再来を喜ぶ中、老齢の執事が涙を浮かべてロマニエルの元へと近付いた。


「坊ちゃま!またお顔を拝見できて、ノートンは嬉しゅうございます。お嬢様、本当にありがとうございます。」

「ノートン、久しぶり!アタシも、貴方に会えて本当に嬉しいわ!元気そうで良かった。」

「またご立派になられて…。うぅ…。」

()()()()()()()、そう言って泣いてくれるのは貴方くらいよ?」

「坊ちゃんの本質は何もお替わり有りません、それなら私は良いのです。」

「ノートン、ありがとう…。やだっ、アタシも泣けてきちゃうじゃない。」


 二人のやり取りを見ていたヘンリエッタは、ノートンの背を撫でて言う。


「さぁ、話の続きは屋敷に入ってからゆっくりとしましょう?ノートンの事だから、私達の好物を用意してくれているはずだわ。」

「は、長旅でお疲れでしょうに、この様な場所で申し訳ありません。お茶の仕度は出来ております。良いレモンが出来ましたから、レモンパイを準備させました。良い鹿肉が入りましたので、今夜は坊ちゃんの好物のベリーソースを添えた香草焼きをお出し出来ます。」

「あら、嬉しいわ!これまで色々と美味しい物を食べてきたけれど、時々ここの香草焼きが凄く食べたくなるのよねぇ。」

「楽しみですね。」


 そんな話をしながら、温かく迎えられた屋敷へ彼等はいそいそと入っていった。


 ◇◇◇◇◇


「リタ、母上のお墓参りに…って、どうしたの?」


 妹を呼びに来た兄は、領地の地図を前に考え込む彼女に問うた。


「あ、お兄様。すみません、行きましょう。」

「新しく始める養蚕業の事かしら?」

「はい。でも、日が暮れる前に先にお母様の所へ行きましょう?」

「行きながら、話しましょうか。」


 ロマニエルの提案に、ヘンリエッタは頷いて歩き出した。そこへ、ノートンが待ったをかける。


「お待ち下さい!領地内とはいえ、護衛は誰か付けませんと!今回はアルマさんをお見かけしませんでしたが…?」

「アルマ?」


 ロマニエルが首を傾げて、ヘンリエッタを見る。


「ああ、今回は一緒では無いのよ。そうね、誰か連れて行くわ。お願い出来るかしら?」

「左様でしたか。はい、畏まりました。」

「アルマって誰?」

「前回、帰ってきた時にランドールが自分の護衛を一人私に付けたの。」

「へぇ、過保護。」


 ロマニエルの言葉に、ヘンリエッタは無言で苦笑いする。


「で、さっきは何を考えていたの?」

「えぇと、今領民から一名留学に行かせているのですが、彼からの報告で今の内から領地(こちら)で新たに準備する必要がある事が幾つか出て来たのです。」

「ふむ、準備…。それで?」

「はい、一つは蚕の餌となる桑の木を確保する事。後は、設備と人材育成への投資です。」


 残念ながら、繭から生糸や真綿を領地内で生産するには高度な技術や設備、それに見合う人材育成が必要となる。けれど、それを得るには多額の資金を要する。残念ながら、今のドラメント伯爵家では準備できない。


 そこで足掛かりとして、先に良質な繭玉の生産と流通を確保し安定させるの方が良いのではないかということだった。生産地としてのブランドを作り上げ、知名度を上げる事で外貨を得るチャンスを広げたい所だ。


「それで、野生の桑の木もその辺にはありますけれど本格的に養蚕をするなら全く足りないという事で、管理しやすい場所に、桑畑を作ろうと思っています。それで、領地内から桑畑を作る土地を考えていたのですが…。」

「そう、良い場所はあるの?」

「一番良い場所は、お母様のお墓がある丘の周りです。」

「何ですって!?」


 驚くロマニエルを、ヘンリエッタは宥める。兄の予想通りの反応に、内心溜め息を付いた。


「まぁ、他にも候補地はありますから。まだ決定では、ありませんわ。管理する領民達とも、話しませんとなりません。」

「そう、…そうね。」


 ロマニエルが安堵したところで、墓前に着いた。ヘンリエッタは、墓石の埃を払い持ってきた花を手向ける。


「お母様、約束通りお兄様をお連れしました。」


 離れる妹に変わり、ロマニエルが墓前にしゃがんだ。


「お母様、来るのが久しぶりになってしまってごめんなさい。でも、アタシはいつも貴女を思っているわ。」


 そうして、暫く二人は墓前で時間を過ごした。


 ◇◇◇◇◇


 丘の上にあるこの場所は、領地内を見渡せる良い場所。帰り道、青い麦畑が広がる光景にヘンリエッタは微笑みを浮かべた。


(お母様が、この場所をお好きだった理由が本当に良く分かるわ…。)


「リタのお陰ね。」


 ロマニエルの言葉に、ヘンリエッタが振り向けば兄も領地を眺めている。


「はい…?」

「ドラメント伯爵領が潰れなかったのは、貴女のお陰と言ったの。本当にありがとう、ヘンリエッタ。」

「そんな…、お母様が良好な経営をして下さっていたので、投げ出したくなる様な苦労はありませんでしたわ。」

「でも、十歳の貴女が引き継ぐのは荷が重かったと思うわ。」

「幼く無知だった故に、荷の重さなんて考えていなかったです。今なら、投げ出していたかも知れませんけれど。」

「それでも、リタはやり遂げたわ。アタシは、自分の事ばかりでちっとも協力し無かった。まぁ、やった所で協力どころか邪魔になっていたでしょうけれどね。」


 ロマニエルは音楽の神には多大に愛されているが、その他の実務的な事に関しては全くと言って良いほど無能に近い。だが、その神の愛された彼の元には不思議と有能な協力者が次々と集まる為に、本人は何不自由ない生活が送れているのだ。


「お兄様と私の、得手不得手が違って良かったですね。」

「まぁ、そういう事に、…なるのかしらね。」


 くすくすと笑い合う二人は、ゆっくりと丘を下って行く。


「ねぇリタ、貴女の望むものはなぁに?」


 兄の言葉に、ヘンリエッタは考える。


「え…、そうですね。養蚕業が成功して、領地内が潤う事。皆が今より豊かになって、幸せに暮らしてくれたらと思います。」

「それは、領主としてのお考えね。」

「あ、そうです。でも、それが今の私の一番の望みですわ。」

「それなら、リタはランちゃんと一緒にはいられないわね。」


 ロマニエルの言葉に、ヘンリエッタは立ち止まる。


「アタシは外野だけど、リタだって幸せに暮らして欲しいわ。貴女が幸せでなくちゃ、貴女が幸せにしたい皆が貴女を心配するわよ?」

「そう…ですね。」

「ランちゃんは、アタシは個人的には好きよ。アタシの変わりにリタを守ってくれて感謝してる。けれど、セニアル侯爵家は色々な事が一筋縄ではいかないわ。あの家は名門だけれど、それ故に柵みも制約も敵も多い。セニアル侯爵家が、今までよく息子の朝通いを許していたと思うわ。」

「はい…。」

「今のセニアル公爵家に、リタがお嫁に行くのは賛成しないわ。多分、父上もね…。」

「私達は、そんな関係ではありません。」

「貴女は、ランちゃんを異性として好きでは無かったの?」


(私は、…。)


 ヘンリエッタは、大きく目を見開き兄を見上げた。ロマニエルは、そんな妹に微笑んで髪を撫でる。


「ランちゃんは、一人っ子で優秀で格好良くて紳士的。非の打ち所が無い。メルトンのご令嬢達の間では、三指に入る人気物件なんですって?」

「お兄様、ランドールは不動産じゃありませんから。」

「でも、凄く人気なんでしょ?そんなランちゃんの隣にいるのは、良いことばかりじゃないわよね。」


 ロマニエルは、困ったように笑ってヘンリエッタを見た。彼女は頷いて言った。


「私達は、長く一緒に居すぎたのかもしれません。」

「そうかも、知れないわね…。」


 「でも、…。」と兄は言う。


「リタ、時間は有限よ。貴女は自分の為に何を望むの?」









最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回投稿は明日20時です。

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