灰色の雲行き 下
サクッと楽しんで下さいね。
『貴方の優しさは、周りを勘違いさせる。それは、貴方がそれを望まなくても。貴方を受け入れれば、女性達が勘違いしていく姿に私は苦しむの。そんな未来を、私は望まないわ。』
頭を殴られた様に、ショックだった。
ヘンリエッタに拒絶されるなんて、思ってもいなかった。
今までの彼女の態度を、どう捉えたら良いのだろうか?
自分が舞い上がっていたから、気が付かなかったのだろうか?
自分が彼女にどう接したら良いのか、全く分からなくなった…。
◇◇◇◇◇
両親と共に、国内有数の富豪貴族のガーデン立食パーティーに参加する事になった。相手は自分が半月前に一度訪れた、トゥール伯爵家。
「セニアル侯爵、侯爵夫人、ランドール殿。今日はよくおいで下さいました。どうぞ、楽しい一時を過ごして下されば幸いです。」
出迎えたトゥール伯爵が、満面の笑みで挨拶をする。隣の夫人は、恐いくらい静かに微笑みこちらを見ていた。
親同士が挨拶し合うのを聞き流しながら、華やかな会場に目をやった。
一際大きな人だかりの真ん中にいるのは、ロマニエル・ソレイ・ドラメント伯爵子息。メルトンが生んだ世界的に有名となった声楽家が、凱旋帰国したと最近の社交界では専らの噂だっただけに彼とお近づきになりたい貴族達が押し寄せている。
だが、ランドールはそんな彼には全く興味が無く、視線を彷徨わせて探すのはヘンリエッタの姿。
(ロマニエルと一緒に、参加しているはずだが…。)
妹を溺愛しているロマニエルは、帰国して社交場に参加する時はいつもヘンリエッタをエスコートするのが常だから。
すると、会場の隅で一人佇む彼女をの姿を見付ける。
ヘンリエッタは、大粒の一粒ダイヤのネックレス、薄い黄緑色の生地のマーメイドラインのシンプルなドレスに身を包み、結い上げられたら髪はの白い花の模した髪飾りをさしている姿は、まるで大輪の白い百合を思わせた。
表情がやや硬いのは、彼女の社交慣れしていないからだろう。
(今すぐ傍に行って、元気付けたい…。)
そうランドールが思った所に声が掛かる。
「ランドール様、娘のバネッサに是非とも自慢の庭を案内させて下さいませ。」
振り向くと、笑いながらもしかとランドールを視線で捕らえているトゥール伯爵夫人と目が合う。そして、彼女の後ろから頬を染めたバネッサ嬢が粛々とランドールの前へと進み出て来た。
◇◇◇◇◇◇
大人達に微笑まれ生暖かい視線と共に見送られて、ランドールとバネッサは並んで歩き出した。
バネッサは、自慢の庭園を歩きながら嬉しそうにランドールに話し掛ける。
「今日は我が家のパーティーにお越し下さって、ありがとうございます!ランドール様とこうしてお話しが出来るなんて、凄く嬉しいです。」
「そんな事はありません。私こそ、バネッサ嬢直々に庭を案内して頂けるなんて光栄です。それに流石、トゥール伯爵家です。見たこと無い海外の目新しい品々には、毎回驚かされます。」
「まぁ、ランドール様にそう言って頂けると両親も喜びます。」
「否、私だけでは無く参加された大多数の皆さんがお思いでしょう。」
ランドールと視線が合ったバネッサは、頬を赤らめ口元を隠すと控え目に笑う。
それから、バネッサに連れられてランドールは庭園の隅々までゆっくりと案内を受ける事になった。彼等が会場に戻った時、バネッサの友人である令嬢達も加わる。
そこに大きな響めきが上がる。そちらを見れば、公爵夫人がパーティー会場に現れた所だった。
「公爵夫人だわ!」
そう言った、誰かの声が聞こえた。
そう、姿を現したのは、王弟の妻で、次期国王の母親となるハドソン公爵夫人。彼女は、今やメルトンの社交界では欠かせない存在だ。その彼女が、トゥール伯爵家の私的事業である今日のパーティーには不参加であったはずだが、シークレットゲストだったのだろうか?
どちらにせよ、彼女がこの場にいるという事はトゥール伯爵家の今後の事業の成功が約束されたも同然。
ランドールは、ハッとしてヘンリエッタの方を見た。すると、そこには公爵夫人の息子であり、自身の上司であるイリウスの姿があった。
二人が何やら話している姿を見ていると、とてつもない不安でランドールの胸がザワザワと騒いだ。
(何を、話しているのだろう…?自分と話していたヘンリエッタは、あんなに楽しそうにしていただろうか?)
見ているだけで駆け付けられない、自分の状況にはもどかしさしか無い。すると、二人が連れ立ってランドール達の所に来た。
「ご機嫌よう、バネッサ嬢。パーティーするに値する、良い庭だ。」
イリウスが、いつもの様に気さくにバネッサに話し掛けた。初めてイリウスに声を掛けられたバネッサは、緊張に僅かに身を硬くしたが和やかにカーテシを取り答えた。
「恐れ入ります、イリウス様。両親や庭師が聞いたら喜びます。」
イリウスは、にこりとして頷くと言葉を続けた。
「ところで、バネッサ嬢話したい事があるのだが、良いかな?…二人で。」
「えぇ!?」
目を丸くしてイリウスを見上げるバネッサに、イリウスは畳み掛ける。
「とても大事な話なんだ。貴女のご家族に関することなのだが…。」
「それは、分かりましたわ。お願いいたします。」
イリウスは、再び柔らかい笑顔になれば後ろにいたヘンリエッタを振り向いた。
「話はついた、ヘンリエッタ嬢後は頼む。」
「はい、ありがとうございます。」
「な…!?」
「バネッサ嬢、参りましょう。」
「ではな、バネッサ嬢。」
「え、あ、…はい。」
ヘンリエッタに先導されて、バネッサは去って行った。
「あの、…大丈夫でしょうか?」
ランドールは、二人の令嬢達を和やかに見送るイリウスに聞く。イリウスは、不思議そうに言った。
「何がだ?」
「何がって…。」
あの二人、誰がどう見ても仲が良くない。
特にバネッサが、ヘンリエッタを敵視しているというのは大学校時代から有名な話だった。バネッサの友人二人の令嬢達も、心配そうにランドール達を見ている。
(ヘンリエッタが、心配だ。イリウス様は、学内の噂にご興味は無かったから知らないのかもしれない。)
ランドールが、ヘンリエッタ達を追い掛けようと動き出すのをイリウスが制した。
「ランドール、止せ。」
「しかし…!」
「ヘンリエッタ嬢が、望んだ事なんだ。二人の関係がどうであれ、彼女が望んだ以上は自分で解決する事だろう。」
「それは、…そうですね。」
黙り込むランドールを余所に、イリウスはバネッサの友人達に和やかに言った。
「ご令嬢方、すまないが私もランドールと二人で話したい事があってね。席を外してくれるだろうか?」
その言葉に、彼女達はカーテシを取って離れていった。
今ほど、イリウスと二人で過ごす事に気まずさを覚えた事は無い。それを、知ってか知らずかイリウスは話し掛けてくる。
「お前は、ヘンリエッタ嬢と何年一緒にいる?」
「九年に、なります…。」
「長いな。その様子じゃ、口付けすらしてなさそうだな。」
「そんな事…!?」
赤面するランドールに、イリウスはニヤリとして言った。
「九年も好きな女の隣にいて、手を出さないなんて、随分余裕だな。」
「そんなことありません。」
「ふぅん…?まぁ、俺がヘンリエッタ嬢の存在を認識したのも最近の事だ。…これまで上手く彼女を隠していたな。」
イリウスには、見透かされている様な気になり居心地が悪かった。
「そう簡単に、大事な妹に手を出されては困りますよ。」
「ロマニエル!…殿。」
驚くランドールに、いつ傍に来たのか知れないロマニエルはにこりとしてから、流れるようにイリウスに頭を下げた。
「挨拶が遅くなり申し訳ありません、イリウス様。」
「否、あれ程の人気では仕方ない。私も後から挨拶に行こうと思っていたのだが、すまなかった。」
ロマニエルは、微笑みを浮かべたまま首を振って言う。
「それで、うちの妹を見込んで下さる紳士のお二人は、どちらが優勢なのでしょうね?」
ランドールとイリウスは、顔を見合わせて無言になる。その様子に、ロマニエルは困ったように言った。
「私の妹は、美しいし賢さと度胸もある娘ですけれど、恋愛には無頓着で他のご令嬢達ほどの興味が無いですからね。発展させるのは、難しいかもしれません。」
そう言ったロマニエルは、ランドールの方を見て言う。
「あ、ランドール様、朝の習慣は、この際止めましょう。」
「え…。」
ロマニエルの言葉に、ランドールは目を見開き固まった。
「無条件に動ける、子どもの時期は既に終わりました。お互いの為です。貴方がお望みなら、公の手続きを踏まれた方が良い。」
ぴしゃりと言うロマニエルに、ランドールはぐうの音も出ない。
(望むなら婚約してみろ、という事か…。)
「妹には、幸せになってもらいたいですからね。さて、そろそろ妹を迎えに行って我々はそのまま帰ります。では、お先に失礼します。」
ロマニエルはそう言うと、ランドール達から離れていった。
「朝の習慣とは…?」
「いえ、何でもありません。」
不思議そうに聞いてくるイリウスに、ランドールは首を振る。そして、苦笑いするしか無い。
これまで自分のしていたことは、胸を張って公に出来る事では無かったのだと今更ながらに気付かされた。
すると、遠目にはヘンリエッタ達が帰って行くのが見え、バネッサは複雑な表情でランドールの元へと戻って来た。
◇◇◇◇◇
「ランドール、部屋に行く前に話がある。私の執務室へ来なさい。」
「?はい。」
トゥール伯爵家から帰宅し自室に向かうランドールを、父親が呼び止めた。
両親と共に、父親の執務室へと入る。向かい合って座った所で、口火を切ったのは父親だった。
「トゥール伯爵家のバネッサ嬢と、お前の婚約を決めようと思っている。」
「ええ!?何故ですか?」
驚きを現す息子に、母は父に加勢する。
「あら、バネッサ嬢は明るくて良いお嬢さんだわ。貴方と並んでも遜色ないし、それ相応の教育が身に付いている。トゥール伯爵家は、商人気があるけれど変人悪人のそれでは無いでしょう。」
「けれど、…。」
「バネッサ嬢とお前は、合わないのか?」
「そういう訳では、ありませんが…。」
はっきりとしない息子に、にこりと微笑む母親がスパッと言う。
「それなら、この話は決まりよ。直ぐに、纏めましょう。」
「そうだな。」
頷き合う両親に、ランドールは焦って叫んだ。
「いや、待って下さい!」
「ランドール、これは大人の話よ。それ相応の反対意見が無いなら、貴方の拒否を受け入れる事は無いわ。子どもの様に、駄々をこねるのは止める事ね。」
その言葉に、隣に座る父親も頷く。
ランドールは、両親の決定を前に立ち尽くすしか無かった。
先程まで晴れ渡っていた空には、いつの間にか灰色の雲が広がっていた。
次回投稿は明日20時です。




