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灰色の雲行き 上

サクッと楽しんで下さいね。


「朝食を、屋敷(うち)で摂るようになったという話は本当だったのだな。」 


 朝食を終えて席を立つ息子に、居合わせたジェイムス・イーサン・セニアル侯爵は僅かに目を見開いて静かに言った。


「おはようございます。…はい、では私は急ぎますので先に失礼します。」


 息子のランドールは、それだけ言うと会釈して去ろうとする。そんな彼に、父親はピシリと言った。


「良い機会だから、言っておく。今後、其方がドラメント伯爵家の朝食に通うのは止しなさい。」

「なっ…!?」


 言われた息子の方は、目を見開いて固まり父親を見た。そんな息子に、侯爵はしかと見返して有無を言わさず念を押す。


「これは、決定事項だ。」

「そんな、…急に。」

()()朝食を食べに行きだしたのはそちらだが?」


 落ち着き払う父を前に、息子は絞り出すように言った。


「か、考える時間を下さい。」

「話し合いは幾らでもする。お前の将来に関わる事だからな。けれど、ドラメント伯爵家に通うのは止しなさい。」


 視線を逸らして黙り込む息子に、父は話し続ける。


「子どもの最後の自由として、非常識な状態に四年も目を瞑っていたんだ。そして、お前は学生を終えて社会に出た。これ以上は、子どものとしてやる事の範疇を超える。」

「それはそうですが、…止めるかどうかは自分で決めます。」


 それだけ言うのが、今の息子には精一杯だったのだろう。ランドールは、呼び止める父の言葉を無視して逃げるように食堂を出た。その後を、二人の護衛が追っていった。


 同じ歳の他の者より、二年飛び級して大学校を卒業し公爵子息の目に留まった息子は、王宮務めが始まり側近として日夜忙しくなった。そんな彼の世間の評価は、非の打ち所が無い一人前の紳士であるが、自分達()の前ではまだまだ子どもだと思う。


「まったく…。」


 食堂に残ったジェイムスは、深い溜め息を付いた。


 一人息子である彼が、急にドラメント伯爵家で朝食を取り出したのは二年飛び級して入った大学校に入学した次の日からだった。

 ランドールがドラメント伯爵家で朝食を食べる様になった時、セニアル侯爵家では一悶着あった。今から良からぬ噂と、悪い素行が身に付くのは後々の問題の種だと危惧する妻に、散々嘆かれたのをよく覚えている。


 けれど、当時は直ぐに止めるだろうという侯爵(自分)の安易な思いで息子の行動を了承してしまった。息子には、ドラメント伯爵令嬢に入れ上げ無いよう忠告し、護衛達には常に彼の言動に気を配り報告するように指示した。


 しかしその朝食は、父親の思いを遙かに超えて、大学校卒業後のつい最近まで続いていたのだ。ランドールはほぼ毎朝ドラメント伯爵家に出掛けて、行く方も行く方だが、受け入れる方も受け入れる方だと侯爵は呆れるしかなかった。

 その事を妻には延々と責められ、世間に息子の朝通いバレはしないかとヒヤヒヤして過ごした四年程の日々に、ジェイムスは後悔しか無い。


 しかし、その事が世間にバレる事は無く、最近になって息子はぱたりとドラメント伯爵家へと通わなくなった。護衛達からは、ドラメント伯爵令嬢と息子の間に行き違いがあったと報告を受けた。

 そろそろ息子を婚約させたいと画策していたらしい妻はご機嫌になり、我が家は以前の様な日常を取り戻した様に見える。


 とはいえ、先ほどの息子の様子ではまた一悶着起こるかもしれないと予測出来る。暗い気持ちになったジェイムスは、また溜め息を付いて朝食の為にテーブルへと向かった。


「貴方が、ランドール(あの子)にハッキリと言って下さって良かったわ。」


 侯爵が席に付いたタイミングで、食堂に入ってきた夫人が和やかに言った。


「今のタイミングが、彼等の()()習慣の潮時と判断したんだ。」


 落ち着き払って言う夫に、妻は嬉しそうに向かいの席に着いて言った。


「ええ、その通りですわ。これを機に、ランドール(あの子)の婚約を、まとめてしまいましょう?」

「それが良いかもしれないな。良いご令嬢が、いるのかい?」

「ええ、何人か見繕っておりますわ。あとは、実際に会ってみて互いの相性を見るだけです。」


(妻の言う通り、婚約させるのが良いだろう。将来の伴侶を決めていないから、ふらふらとするのだ。決まってしまえば、自身の未来と責任を果たすべく、過去には見向きもしなくなる。)


 静かに頷く侯爵に対し、夫人は嬉しそうに微笑む。

 そうして、二人の前に湯気を漂わせたお茶が出された。


 ◇◇◇◇◇


 歳若い主の背中には、珍しく怒りとも焦りとも言える感情が見て取れた。それは、彼の父親との会話の後により濃いものになったように思える。


 朗らかだった主の姿は消え、硬い表情ばかりして過ごす彼を、アルマは心配せずにはいられない。


(どうして、こんな事になってしまったのだろう…。)


 朝から宮務めの為に、王宮(職場)へと向かうランドールの後ろを付き従うアルマは考える。

 

 かつて女の護衛として需要の無かった自分を、幼いランドールが拾ってくれた。それからのアルマは、ランドールは守るべき主であり彼の幸せを願わない日は無い。


 そのランドールが、ヘンリエッタ嬢に心奪われる瞬間も近くで見ていたアルマは、それなら彼の思いが通じて二人が結ばれて欲しいと切に願っていた。


 内向的でひ弱だった愛らしい少年は、アルマから見ても涙ぐましい努力の日々を重ねて賢く美しいそれでいて精悍な青年と成長してヘンリエッタ嬢の隣に並んだ。

 そして、大学校を卒業後になればランドール様が徐々にヘンリエッタ嬢との距離を詰め始め、二人はより仲睦まじい様子となった。


 はずだった…。

 

(けれど、()()()のやり取りでランドール様はすっかり自信を無くしてしまわれたのか…。)


 長年武術に明け暮れて、色恋とは無縁に生きてきたアルマに今のランドール()とヘンリエッタ嬢の行き違いが理解できない。仲が良かったからこそ、分からないのだ。


「どうしたら、ランドール様がお元気になるのか…。」


 王宮の入り口で主を見送り、遠ざかって行くその後ろ姿を眺めてアルマは呟く。

 その言葉に、同じくランドールのもう一人の護衛であるニードルが飄々と答えた。


「そりゃ、長年のヘンリエッタ嬢(好きな女)に振られりゃ…いってぇ!」

「振られてない、()()。」

「否、あれは振られ…って、アルマ、剣を抜こうとするな!」


 ニードルは護衛として腕は立つのだが、包み隠さないストレートな物言いが玉に瑕だ。アルマは、叩かれた頭を掻き真っ青な顔のニードルを尻目に、剣を納めグレーの毛並みの愛馬に飛び乗るとそのまま走り出した。


「ちょっ、アルマ!置いていくな!」


 後ろから叫ぶニードルの声が響くが、構わず行った。

 どうにかして、ランドールの力になりたいが、何も出来ない自分が悔しかった。


 鬱々とするアルマを乗せた愛馬は、不思議とドラメント伯爵家へと向かって駆けて行った。


 ◇◇◇◇◇


 スカイラ・アナ・セニアル侯爵夫人は、私室で選りすぐりの便箋にペンを走らせていた。その傍らには、三枚の姿絵がある。

 そこへ、彼女の大好きなローズヒップティーの香りが漂ってきた。


「ありがとう、ソグモント。」


 スカイラは、和やかにお茶を持って現れた家令のソグモントに微笑んだ。


「坊ちゃまが、朝食を屋敷でお召し上がりになるようになって、我々従者一同も喜んでおります。」

「そうね、心配掛けたわ。…長い反抗期だったわね。問題無く終わってくれて、本当に良かった。」


 この四年、夫であるジェイムスからランドールには護衛を付けているし朝帰りしてくるよりはマシだと諭され続けたスカイラだった。

 けれど、年頃の男女が一緒に過ごして、いつ間違いが起こるかなんて分からない。


 彼女は直ぐに、ドラメント伯爵家についてありとあらゆる事を調べ上げる。

 お陰で、ドラメント伯爵家(彼等)が侯爵家の地位や財産等を目当てにしているわけでは無いと云うことが早い段階で分かった。ヘンリエッタ嬢自身も、息子に色香で擦り寄る様な下品な娘では無いと分かって安堵する。

 

 けれど、ランドールの方がヘンリエッタ嬢にのめり込んでいるのは明らかな事実だった。

 本人も、朝通いを公にする気は無かった様だが、自分の存在を隠しもせず振る舞い、周りの男性達を牽制している始末。そして、令嬢達からヘンリエッタ嬢を孤立させ、自分の傍に置いておきたい節が見て取れた。


「本当に、恋愛感情なんて厄介な物ね…。」


 ソグモントの用意した、お茶を目の前にスカイラはポツリと呟く。聞いた初老の家令は、黙って苦笑いするしか無い。


(ヘンリエッタ嬢が、良いご令嬢なのは確かだけれど…。)


 ドラメント伯爵家は、夫人が亡くなられ伯爵は海外へ出て行った以降、当時十歳だったヘンリエッタ嬢が領地経営を引き継いだのは当時の社交界では、衝撃的なニュースだった。

 周りの大人達の心配を余所に、彼女の采配によってドラメント伯爵領は現在も堅実に維持されている。


 ヘンリエッタ嬢は、同世代の年若いご令嬢が持つ様な軽やかな華やかさは無い。社交界の付き合いも少なく、華美な生活を送る訳でも無い。それは、彼女が幼くして数多くの責任を負いつづけているという証だろう。


 侯爵家程の地位ある家には、その気質は問題なく寧ろ望ましいご令嬢だ。


 だが、ヘンリエッタ嬢はドラメント伯爵家(実家)を離れられない。

 実家を切り盛りしながら、侯爵家の夫人の役目は務まらない。


 (それならば、零からでもこちら側が教える事を少しずつ飲み込んで成長してくれるご令嬢を、息子の婚約者として選ぶわ…。)


 スカイラは、書き終えた封筒を閉じて家令に渡した。

 空は灰色の雲が遠くに見えるが雨は降りそうも無いので、気分転換に私室の戸から続く庭園に出る。


(結婚後から、お互いに相手を思い愛を育めば良いのよ。かつての自分達の様に、始めから好きである必要は無いわ。)


 かつて、社交界の美姫と称された自分に、侯爵子息の夫への恋愛感情なんて全く無かった。


 しかし話しはとんとん拍子に纏まり二人は結婚した。

 そしてジェイムスは、スカイラだけを愛し大事にする良い夫だ。他の夫の様に外に女を作らず、穏和で誠実な彼に絆されたスカイラはジェイムスを愛するようになった。彼女は跡継ぎのランドールを産み、その後は侯爵夫人としての役目を果たしながらも自由に生きている。


(好き同士が結婚する必要なんて、全く無いわ。きちんと相手を尊重する人ならば、結婚した後に幾らでも好きになれるのだから…。)


 夫人は庭園に咲くピンク色の薔薇に目を留めると、にこりと微笑んだ。






次回投稿は明日20時です。

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