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クリーム色の香ばしさ 下

サクッと楽しんで下さいね。


 遠く、パーティーの音楽や人々のざわめきが聞こえる。

 ヘンリエッタは、バネッサとトゥール伯爵家の庭園の片隅で二人になる事が出来た。バネッサ(相手)の方は、不愉快げに顔を引きつらせているが…。


「バネッサ、貴女のお父様がカシューナッツを食べるのは止めさせた方が良いと思うの。」


 ヘンリエッタの落ち着いた良く通る声に、バネッサは過剰な嫌悪を示す。


「何?今日は、お父様の批判なの!?それとも、トゥール伯爵家(うち)の新たな事業に対する妨害かしら!?」

「違う、そうじゃ無いわ。トゥール伯爵の、お体を心配しているのよ。」

「何が心配ですって!?確かに、お父様は()()()()よ!でも、貴女にそれを指摘される筋合いは無いでしょう!?本当に失礼な人!!」

「バネッサ…。」


 ヘンリエッタは、聞く耳を持ず睨みつけてくるバネッサを目の前に、軽く唇を噛んで立ち尽くす。


(一体、どうしたら彼女の頑な気持ちが解れるの?ランドールから言われたなら、素直に聞き入れるだろうけれど…。)


 ナッツ類は、美味しくて栄養価の高い素晴らしい食べ物だ。けれど、アレルギー反応を起こす危険もある。それは、時に命の危険に関わる程の…。


「私を邪険にしても、大切な事だから言わせて貰うわ。貴女のお父様が、カシューナッツを食べるのを止めるべきよ。命に関わる事だから。」

「な…!」

「確かに、トゥール伯爵家が新たな事業に多額の投資をしているのは分かるわ。でも、彼の死を誰も望んではいないでしょう?他人の私より、娘の貴女の話ならトゥール伯爵も耳を傾けるわ。」

「私を脅すつもり!?」

「そう取るなら、どうぞご自由に。これ以上、この件について私は貴女に言わない。後は貴女が自分の判断する事で、私にはどうしようも出来ない事よ。」


 黙ったままのバネッサに、ヘンリエッタは小さな溜め息をついた。


(これ以上は、バネッサと話しても無駄ね…。)


「今日はお招きありがとう、バネッサ嬢。素敵なパーティーだったわ。」


 粛々としているヘンリエッタに対して、バネッサは赤い顔をして彼女を睨みつけたままだ。ヘンリエッタがその場を後にしようとすれば、バネッサの声が追い掛けてきた。


「私は、貴女の事が大っ嫌いよ!!」


 その言葉に、ヘンリエッタの足が止まった。

 そして、ゆっくりと振り返るとこちらを睨んでいるバネッサを見て言う。


「そんな事、今更だわ。」


 それからヘンリエッタは、歩いてその場を離れた。


パーティー会場(あそこ)に戻りたくない…。屋敷に帰りたい…。トゥール伯爵家(ここ)は嫌…。)


 ヘンリエッタの頭に思い浮かぶのは、そんな事ばかり。バネッサの告白とも言える「大っ嫌い」宣言に、思いの他深く傷付いている自分に益々落ち込む。


(言われなくても、そんなの分かっている事なのに…。)


「ここの当主は、娘の天敵のお陰で命拾いするのかな。」


 急に掛けられたその声に、ヘンリエッタは文字通り飛び上がった。驚きのあまり、胸が痛いくらいに脈打つのを感じる。


(全然、気が付かなかった…。)


 鬱々としていたヘンリエッタは、普段より周りへの注意が失われていた為、声の主の存在に気が付かなかったのだ。


 その男は、褐色の肌に短い銀髪、幾らか年齢が上そうだが、体を覆う白い布地の下に隠れた体はかなり鍛え抜かれているのが分かる。警戒するヘンリエッタに、相手はにこりと人当たりの良さそうな笑みで話してきた。


「驚かしたようで、すまなかった。そんなつもりは無かったのだが。」

「いえ…。あの、先程の言葉はどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だ。貴女は、トゥール伯爵家(ここ)の娘に嫌われている。」

「覗きとは、趣味が悪いですね。」


 軽く睨むヘンリエッタに、男は気にも留めない様子で話す。


「覗きというより、こっちが邪魔されたんだが…。」

「邪魔…?」

「引っかけた女に、逃げられた。貴女達があそこに来なければ、今頃一戦楽しんでいる所だったんだが。」

「一戦…、な!?」


 男の言葉の意味を察した、ヘンリエッタの顔は赤く染まる。そんな彼女を前に、男は面白そうに笑っている。


(この人、私の反応を見て、楽しんでいるんだわ。)


 ヘンリエッタは、男をきっと睨んで言った。


「お名前は存じ上げませんが、随分と悪趣味なのですね。サバナ地域の男性は、元来気高い方々だと思っておりましたが、貴方には当てはまらないのでしょう。」


 にこにことしていた男の顔が、少し引き締まる。


「私は、貴方方を詳しくは存じません。人伝と書物の情報のみ…。ですが、貴方がお召しその白い布地はサバナ地域の男性の民族衣装でしょう?」


 以前、父が西の国の方にいた頃にサバナ地域を訪れて手紙をくれた事があったのを、ヘンリエッタは覚えている。


「よく知っているな。大抵ウチは、属国として扱われサバナの単語すら出て来ないのだが…。」


 男は、ヘンリエッタをなぞるように眺めてにこりと笑む。


「また、会う機会があると良いな。聡明でエメラルドの瞳をもつレディ。」


 そう言うと、彼はヘンリエッタを残して去って行った。


(一体、あの人は誰なの…。)


 そう思いながら男を見送ったヘンリエッタに、遠くから兄の呼ぶ声が聞こえた。


「リタ、ここにいたのか。我々は、もう帰ろう。」

「お兄様…。」


 ロマニエルは、青い顔のヘンリエッタを覗き込む。


「聞きたいことはあるけれど、先ずはここを出よう。リタ、酷い顔色だよ。」

「ええ、早く帰りたい。」


 ゆっくりと気遣うように歩くロマニエルのエスコートで、ヘンリエッタは会場を後にする。

 会場を出る間際、遠くに心配げにこちらを見るランドールと、微笑みを浮かべるイリウスの姿を見たが、声を掛けに行く気力がヘンリエッタには残っていない。


 そこへ、戻ってきたバネッサがランドールの元へと近づいて行くのが見えた。


 ◇◇◇◇◇


 帰りの馬車に乗り込むと、ヘンリエッタは置いてあったクッションにぐったりともたれかかった。軽い頭痛がするほど、久しぶりに消耗したのだとぼんやりと思う。

 そんな妹に、ロマニエルは毛布を掛けながら言った。


「また、お節介を焼いたのね。」

「ご存知、なのですか?」

「うふふ、アタシは貴女の兄なのよ?何となくは分かるわ。」


 困ったように笑うロマニエルに、ヘンリエッタはぽつぽつと話す。

 

「確かに、お節介だったかもしれません…。でも、放っておけなくて。」

「貴女らしい言葉ね。」


(私らしい…?)

 

「それより良かったの?リタはランちゃんに話があったんじゃ無い?」


 ロマニエルの言葉に、ヘンリエッタは小さく首を振る。


「いいえ、…良いの。」


(今はまだ、ランドールに何を言えば良いのか分からない…。)

 

「ランちゃんはまだ青いから、どうすれば貴女と仲直り出来るのか分からないのね。でも、仲直りするならリタから動く方が良さそう。リタの言葉に、ランちゃんは傷付いたんでしょ?」


 図星で、ヘンリエッタは何も言えずに黙り込む。


「一人の朝食は、落ち着かないみたいね。」


 ヘンリエッタが見上げると、ロマニエルが困った様に笑ってこちらを見ている。


「でも大事な事は、よく考えて話をしたら良いわ。受け入れるばかりが、良いとは限らないから。」

「お兄様…。」

「あとは、イリウス様ね。」

「そうですね…。帰る前に、お礼を言いに行きたかったのですが。」


 溜め息をつくヘンリエッタを、ロマニエルは苦笑いで頭を撫でた。


「イリウス様には、お礼を言う機会は今後もあるわ。それより、今はお休みなさい。転げ落ちないように、アタシが支えるから。貴女が元気になったら、またお話ししましょう?」


 無言で頷いたヘンリエッタの瞼は、徐々に閉じられる。馬車の揺れも、車輪の音も彼女から遠く離れて行く。自分の全身が鉛のように重く感じて、意識も深く潜っていく。

 

 酷く、眠たかった。


 ◇◇◇◇◇


 一方ヘンリエッタ達が帰った後のパーティーでは、トゥール伯爵が顔色を悪くして倒れ大騒ぎとなった。

 パーティーは中断され、直ぐに医者が呼び出された。幸い彼は直ぐに意識を取り戻したが、これといった原因は明らかにならなかった。

 

 そして、全快した伯爵がいつものように間食にカシューナッツを手にした所で、娘のバネッサが待ったをかけた。


「お父様が今後カシューナッツを食べるのは、お止めになった方が良いと思うわ。」


 伯爵は、目を見開き娘を見る。


「ええ!?これは私の好物なのに!?」

「でも、お父様がナッツを食べ始めてから、お顔が赤くなったり、体を掻いたり…。以前はそんな事、ありませんでしたわ。」

「むうぅ…。」

「私は、お父様のお身体が心配なのです。」


 二人のやり取りを見ていた伯爵夫人も、娘に加勢する。


「貴方がカシューナッツを食べなくても、事業は好調に滑り出しましたわ。バネッサにも、考えあっての意見でしょう。貴方、食べるのをお止めになって。」

「うぅ…。」


 妻と娘にそこまで言われたら、いくら好物とはいえ彼には止めるしか無い。


 そうしてトゥール伯爵は、使用人達の協力もあり、それ以降カシューナッツを食べることを止めた。

 すると、伯爵の体型は少しスリムになり、彼が密かに感じていた諸々の不快症状も一気に解消される。


「ありがとう、バネッサ!君のお陰で、この所悩まされていた不調が無くなったんだよ。実に喜ばしい事だ。」


 以前の様に元気に笑う父親の姿に、バネッサは内心複雑な気持ちで微笑み返した。






次回投稿は、明日20時です。

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