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愛に気が付く 

読みに来て下さり、ありがとうございます。


 リュシウォンと婚約していたなんて。

 しかもリュシウォンが望んで結ばれていたなんて。


「知らなかったわ…。」


(だって、一言も言われなかったわ。お父様も、リュシウォンでさえも…。)


 湯船に浸かるヘンリエッタは、両手で顔を覆う。

 主の髪を梳いていたアンが、遠慮がちに言った。


「リュシウォン様が、信じられませんか?」

「そういう訳じゃ、無いの…。だけど何とも、言えない気持ちだわ。」


 アンはヘンリエッタの髪をまとめると、タオルで包んだ。


「私共から致しましたら、〝漸く〟という気持ちです。リュシウォン様が、ご自身のお気持ちを、〝漸く〟お嬢様にお伝え出来たと…。婚約なさっているとは、存じ上げませんでしたが。」

「え…。」


 目を丸くして振り向くヘンリエッタに、アンが微笑んだ。


「お嬢様は、ご存知では無かったので。それに、当時は婚約者がいらしたので皆も言わなかっただけです。」

「そう…。」


(そんなに前から…?)


「いつからなの?」

「うーん、私ははっきりとは覚えていませんが。リュシウォン様付きだった、侍女のユリアに聞いたら一番はっきりとするかと。」

「い、いい!恥ずかし過ぎる…。」


 ヘンリエッタは溜め息を付くと、ずるずると湯船に深く浸かる。


 ヘンリエッタとリュシウォンの婚約は秘密裏に行われ公表すらされていない。このまま公にする事も無く、解消することだって可能だった。

 だが、カイエンが絡んできた事により、そうもいかなくなってしまった。


 リュシウォンが未成年でも、保護者のロマニエルが了承すれば婚約解消することは可能だ。

 けれど、彼はメルトンの政治に一切忖度しない。というか、する必要も無い人物。

 だからヘンリエッタの不利益にも、加担しない。


 伯爵で無く、彼を保護者に据えた効力がこんな形で発揮されるとは。


 そうなれば、ヘンリエッタとリュシウォンの婚約は最低でも二年位はこのままで、公になる事になる。


(また、叩かれるのね…。私だけならまだしも、リュシウォンまでそうなるなんて。)


 罪悪感しかない。


 リュシウォンがサバナに帰りたくないなら、それでも構わないと思う。彼は、自分で自分の居場所を見付けられるだろうから。


 けれど、この婚約はどうだろうか。彼にとって、利益になるとは思えなかった。


 婚約が公になれば、ヘンリエッタは守られるがリュシウォンはあらぬことを言われて騒がれ、彼の将来に影を落とすのでは…?


 それよりリュシウォンが、将来後悔しないのだろうか…。


 イリウスとの婚約が無くなった時に、ヘンリエッタは一晩リュシウォンに甘えたのは事実だ。

 リュシウォンはヘンリエッタより九歳も年下だが、彼は大人びていて、自分を絶対に拒絶しないと分かっていたから。

 

 今思えば、随分と卑怯で幼稚な考えだ。


 けれど泣き続けるヘンリエッタに、リュシウォンは黙って寄り添いそのまま添い寝までしてくれた。


 ヘンリエッタに、後悔の波が押し寄せる。


 輝かしい未来の有った彼を、自分の甘えが縛ってしまったのではないのだろうか、と…。


「うぅっ…。」

「お嬢様!?」


 泣き出した主に、アンは驚いて駆け寄る。


「アン、私は取り返しのつかない事をしてしまったわ。こんな事になるなんて、私は、どうしたら良いの…!」

「えぇ!?こんな事とは!?」

「私のせいで、リュシウォンの、将来が、台無しだわ…!」

「リュシウォン様の!?」


 落ち込みすぎて涙が止まらず、風呂でしゃくり上げる主に、永年仕える侍女は目を丸くした。


 バリバリと仕事をこなし、この数年はおじ様大臣達の相手にも的確な意見で物を申す。ドラメント伯爵領地をメルトン一豊かな土地へと推し進め、世間の女性達からは憧れの存在となった、()()ヘンリエッタ・リエ・ドラメントが。


 十五の男の子の将来に、涙するなんて。


(ああ、この方はどうして…。)


 アンは微笑み、泣きじゃくるヘンリエッタの顔を柔らかなタオルで優しく拭く。


「お嬢様、リュシウォン様は幸せな方です。」

「幸せ…?」

「好いた相手に、こんなに大事に思われているなんて、幸せ以外に無いじゃありませんか。」

「でも、相手が悪いわ…。」

「そんな事、ありません!そのお言葉を仰るなんて、私だってお嬢様を許しません!」

「…、ごめんなさい。」


 アンの剣幕に、ヘンリエッタは思わず謝った。

 侍女は、笑う。


「リュシウォン様は、これまでの方々とは違います。あの方は、お嬢様以外見えていません。だから、お嬢様以外の事に簡単に動じる方では有りません。」


 そうで無ければ、十歳の子どもが婚約をして王族からヘンリエッタを守ろうなどと考えつかないだろう。


「恐らくお嬢様が思う以上に、リュシウォン様は切れ者で、策士ですよ。」

「そうかも、知れない。」


 ヘンリエッタが少し落ち着きを取り戻したのを確認して、アンはキリッとして言った。


「ですが、お互いのお気持ちを確かめ合うことを疎かにはしてはなりません。」

「…はい。」

「お嬢様、誤魔化さずご自身に素直になって大丈夫です。リュシウォン様は、柵みも無ければ、そんなに()()方でも有りませんよ。」


 アンの励ましに、ヘンリエッタは微笑んでコクリと頷いた。



最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

次回投稿は明日20時です。

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