王族の威光
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王宮の庭はいつも通りに手入れが行き届いていて美しい。王宮の一室、窓際の席に案内されたヘンリエッタは、内心そわそわとして相手の到着を待っていた。
彼女の相手は、先日の手紙の主であるカイエン・セロア・ハドソン。
『会ってお話がしたいので、貴女の時間をくれませんか。』
元婚約者の弟が、自分に何の用があるというのか。彼に最後に会ったのは、イリウスにプロポーズされた湖畔の別荘だった様に思う。
確か、あの時の彼は留学前で十三、四歳だったか…。
周りにそわそわとした空気が漂い、彼が到着したことを知る。ドアマンがカイエンの到着を告げ、ドアが開くタイミングでヘンリエッタは席を立ち静かにカーテシをとった。
「ヘンリエッタ嬢、お待たせして申し訳ありません。」
〝申し訳ありません〟なんて、王族は普通貴族達に対して言わない。だが、よく通る良い声だと思った。
ヘンリエッタは、少し警戒しながらもカーテシを解いて顔を上げる。
そこには、少年から見事に成長を遂げた男性がいた。
王族らしからぬ、きびきびとした動きは留学先の名残だろうか。くせのある黒髪はハドソン家の証。瞳は深い青色だった。そういえば、紫色の瞳はイリウスだけだったと思い出す。
皆が夫々に、大人に成長しているのだと否が応でも気付かされる。
「今日はありがとうございます。どうぞ、掛けて下さい。」
「はい。」
二人は向かい合い、席に付くと直ぐにメイドがカイエンのお茶を出す。カイエンは、そのメイドに軽く礼を言うとこちらを見た。
(王族らしくない…。昔は、彼が一番そういう事に拘りが有るように思っていたけれど。)
視線が合うと、カイエンはにこりと笑った。
「メルトン一忙しい貴女の、時間を頂けて光栄です。」
「新聞記者達が、面白おかしく書いているだけですわ。それで、今日のご用件は…?」
カイエンは、ヘンリエッタの護衛アルマ以外の人間を人払いをした。
そして立ち上がると、カイエンはヘンリエッタに手を差し出してきた。ヘンリエッタは少し迷ったがその手を取った。
カイエンは彼女を連れ、迷い無い足取りでバルコニーから庭へと出る。
暫く二人は無言で歩いていたが、花が咲いた場所に出るとカイエンが口を開いた。
「下手な小細工をしても、しょうが無いので単刀直入に申し上げます。貴女に、私の妻となって欲しいのです。」
ヘンリエッタは目を見開き、隣のカイエンを見上げ固まった。
「…本当に、単刀直入ですね。」
「ええ、すみません。ですが、貴女はご自分の立場をお分かりでしょう?貴女を妻にした男は、実質メルトンを裏で支配出来る。」
ヘンリエッタは首を振る。
「買い被りです。そんな事は、ありません。」
「そんな事、あります。貴女は、メルトン一の税収を上げるドラメント伯爵家のご令嬢ですよ?しかも、これは伯爵では無く貴女の功績だ。」
「…周りの助けが有ってこそです。それに、私は社交界の付き合いは出来ません。」
王族ともなれば、社交界との繋がりは避けて通れない。
「淑女の鏡らしく謙虚で、良くお分かりだ。素晴らしい。だが、貴女にとってはドラメント伯爵家の財産を引き継ぐのに婿は必要でしょう?」
カイエンはにこりと笑い、僅かに眉間にしわ寄せたヘンリエッタを見下ろす。
「私だって、メルトンの王族で未婚の独身男性だ。ある程度、自分の利用価値は理解しているつもりです。貴女を、一番有利な位置で守れます。」
ヘンリエッタは、話しているカイエンを見る。彼からは、諦めとか怒りとかそういう負の感情は見て取れない。
「留学していなければ、ハローティとの同盟の為に婿に行くはずだったのは自分だったと思います。」
カイエンは、一息おいて言った。
「イリウス兄さんは、僕の代わりにハローティに行った。」
ヘンリエッタは、カイエンを睨んだが直ぐに目を逸らした。
「まだ、兄さんを忘れませんか?」
エスコートされていた手を引き抜こうとしたヘンリエッタの手を、カイエンは両手で強く握る。
「それとも、〝愛玩〟だと揶揄される彼を、婿にしますか?」
「何を…!」
言いたいのだ、この人は。
「貴女には、王族に嫁ぐ覚悟を固めて貰う必要が有ります。」
「私が、王族に…?」
「君がイリウス兄さんと、婚約破棄した事はメルトンにいる限り一生付いて回る。」
「離して下さい。」
「けれど、私と結婚すればそんな事は言わせません。」
「離して!」
カイエンは、逃れようとするヘンリエッタの手を握る力を強めた。
「痛い!」
「法改正されたとはいえ、貴女は王族からの申し出を断ることは出来ない。あの手紙を受け取った時点で、貴女も理解しているはずだ。貴女は私の妻になるしかない。それは、揺るぎない事実だ。」
ヘンリエッタの体が、びくりと震えた。
「だけど、出来る事なら貴女も望んで妻になって欲しい。」
黙っていたヘンリエッタは、震える声で言った。
「本当に勝手な話だわ。」
俯くヘンリエッタに、カイエンは優しい声でそれでいてはっきりと言った。
「直ぐに、気持ちが追い付く必要は無い。けれど、貴女も覚悟を決めてくれ。」
見上げてきたヘンリエッタの顔を見て、カイエンは胸が痛んだ。
けれど、今彼が考えうる全てを彼女に話したつもりだ。
「また手紙を書きます。王宮で会いましょう。」
カイエンは、握っていたヘンリエッタの手を引いて再び歩き出した。
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次回投稿は明日20時です。




