クリーム色の香ばしさ 上
サクッと楽しんで下さいね。
ヘンリエッタは、書斎のカウチソファの端に座って父親から届いた手紙を読んでいた。
その目元は優しく、微笑みをたたえている。
彼は今、南の国の辺りを回っているらしく珍しい風習や食文化について便箋には絵付きの文章がビッシリと書いてあるのいつものことだった。
今回は特に、ナッツを使った料理がいたく気に入ったらしく、そのナッツについての情報が事細かに書かれていた。
そして、機会があれば家族と一緒に食べたいと書いて手紙は締めくくられていた。
(お父様が、お元気そうで良かった。けれど、家族と一緒になんて書くのが珍しいわ…。)
ヘンリエッタがそんなことを思いながら、手紙を折り畳んでいると書斎のドアがノックされて兄のロマニエルが優雅に入ってきた。
「あら、父上からの手紙?元気にしているの?」
「はい、この手紙を出した時は南の方の国にいた様ですよ。」
「今は、違う場所にいる可能性があるってことね…。」
ロマニエルは、ヘンリエッタから差し出された手紙を受け取ると、一通り目を通してそれを返した。
「相変わらずな人ねぇ。まぁ、近々帰って来るのかもね…。」
「え!?そうなんですか!?そんな事は、書いていなかったはず…。」
ヘンリエッタは驚いて父の手紙を読み返すが、やはりそんな事は書かれていない。そんな妹に、ロマニエルは微笑んで言った。
「かもって言ったでしょう?まぁ、久しぶりに顔くらい見たいわよね。リタが、最後に父上に会ったのはいつなの?」
「大学校入学するより前の、五年位前だと思います。」
「何その酷い親。」
「でも、手紙は毎月来ます。」
嬉しそうに手に持つ手紙を見るヘンリエッタを、ロマニエルは優しく抱き締める。
「アタシも父親にそう言える資格は無いけれど、本当に酷いわね…。」
演奏活動しながら海外生活を送るロマニエルでさえ、父のそれより間を空けずに妹の顔を見に帰って来ているというのに。
ロマニエルは、妹を抱き締めながら溜め息をついた。
「お兄様、それより私に何か用事があって来たのでは…?」
腕の中のヘンリエッタは、遠慮がちにロマニエルに言った。
「ああ、そうそう!招待状、一緒に来てくれないかしら?」
ヘンリエッタを解放したロマニエルは、彼女に一通の封筒を差し出した。ヘンリエッタは、その中を確認して僅かに目を見開いた。
「トゥール伯爵家の、立食ガーデンパーティー…ですか。」
「そう、トゥール伯爵家はメルトンの国内で、アタシの有力なパトロンの一つなの。そこが招待状を出してきたなら、顔位は出さない訳にはいかないでしょう?けれど、あの家は皆キャラが濃いから、一緒に来てくれない?お願い…!」
(お兄様に、キャラが濃いと言われるなんて…。まぁ、バネッサも少し個性的な所があるから。)
そう思いながら、ヘンリエッタは、バネッサの鬼の形相を思い出す。暫く、あの顔を見ていないせいか、思わず微笑んでしまった。
「分かりました。ご一緒出来るように、準備致します。」
「ありがとう、リタ!」
こうして、ヘンリエッタは久しぶりにトゥール伯爵家を訪れる事となった。
◇◇◇◇◇
メルトン国内で、三指に入る規模の運輸業を生業としているトゥール伯爵家は、先代がボンクラだった息子を追い出し、商才のあった勝ち気の娘に後を継がせて一気に成り上がったという経歴があった。
それ故に、その娘の結婚相手として入り婿となった現トゥール伯爵は、完全に夫人の尻に敷かれているという話が内外に周知されている。
「流石、トゥール伯爵家ねえ…。」
珍しく正装して馬車から降り立ったロマニエルは、後から降りてくるヘンリエッタに手を貸しながら呟いた。
メルトンの王宮を設計した同じ建築家に任せたという屋敷は、随所に豪華絢爛な装飾や彫刻がされている。
けれど、落ち着いたシックな色の絨毯やカーテンで纏められており、ケバケバしさは感じない。そして、見たことの無い調度品の数々が訪れた客の目を引くようにと配置され、やり手と言われるトゥール伯爵夫人のセンスの良さが、随所に伺える屋敷なのだ。
それは、何回か訪れた事のあるヘンリエッタも毎回目を見張り、参考にしたいと思うほどだった。
(バネッサも、所作は別として可笑しな格好をしているのを見たこと無いわ。彼女のセンスは、夫人譲りなのかしら…。)
ヘンリエッタとロマニエルが、会場となっている屋敷の庭園に案内されれば、トゥール伯爵夫妻に出迎えられた。
膨よかな伯爵が、ロマニエルに話し掛けてくる。
「ロマニエル殿、お久しぶりです。ようこそ、お越し下さいました。」
「いえ、お招き頂きありがとうございます。素晴らしい、花々が咲き誇る美しい庭ですね。目の保養になります。」
和やかに話すロマニエルの言葉に、夫人が嬉しそうに答えた。
「ありがとうございます、ロマニエル様。今年の庭は、特に力を入れて作り上げましたの。そのお言葉に、庭師も喜びますわ。ヘンリエッタ嬢も、ようこそお越し下さいました。是非、楽しんでいって下さいね。」
夫人は、ロマニエルの隣にいるヘンリエッタを見ると、口元を黄色い扇子で隠しつつ微笑む。ヘンリエッタは、緊張しながらもカーテシを取った。
◇◇◇◇◇
(分かってはいたけれど、少し居心地が悪いわ…。)
パーティーが始まり、ロマニエルに付いて挨拶周りを終えたヘンリエッタは、給仕から受け取った果汁水の入ったグラス片手に端っこから会場を眺めて一人小さく溜め息をつく。
会場には、大学校時代に見知っている顔がチラホラとあったが、残念ながら一人も談笑する仲では無い。
ロマニエルは、パトロンのトゥール伯爵をはじめ数々の貴族達がこぞって彼の元へと駆け付けてきて談笑している。
そして、遠くにランドールの姿を認めたが、主催者の娘であるバネッサがその隣をがっちりとキープしており、他にも数人の令嬢達が周りを囲んでいる。ランドールもヘンリエッタの元には来ないし、彼女から彼の元には行けなかった。
数日前のあの買い物帰り、ランドールとは言葉少なく別れた。それから、いつもの朝食にランドールは現れなくなったのだ。
二人の間に少し距離が出来てしまったと思う。けれど、ヘンリエッタのあの言葉に偽りは無い。
(私は、自分の気持ちには正直でいたい。いつかは、ランドールに言う事になるだろうと思っていた言葉のタイミングが、あの時だったというだけ…。)
ヘンリエッタは、静かにグラスの果汁水を口に含む。
そこへ、少々アルコールに酔って声が大きくなったトゥール伯爵の声が聞こえてきた。
「甘い物に目がないんだが、妻から止められてしまったんだ。私は葉巻をのむ趣味は無いし、口寂しいから外国から取り寄せるナッツを食べている。特に、南から仕入れるカシューナッツが気に入ってしまってね。手が止まらず、食べ過ぎてしまうんだ。」
笑いながら膨らんだお腹を撫でるトゥール伯爵は、皿に盛られたカシューナッツを口に入れるとポリポリと噛む。
勧められた周りの貴族達も、次々と口に入れてその味を堪能していた。
それを見ていたヘンリエッタは、近くのテーブルに並ぶ料理からカシューナッツを一粒取った。
クリーム色のコロッとした楕円で曲線のフォルム。ポリっと軽い歯触りの後に、甘味と香ばしさが口に拡がった。
(美味しい!…、ローストしてあるのは流通技術の問題ね。お父様は、これを生を召し上がったみたいだけれどローストしたナッツも十分に美味しいわ。)
そう言えば、今回の料理はカシューナッツを使った物が幾つかあった。今後トゥール伯爵家が輸入量を増やしたいらしく、宣伝も兼ねているのだ。
(確かに、使用方が多岐に渡れば流行りそうね。)
ヘンリエッタは、追加で数個皿に取った。そして、他の料理も少しずつ取り会場を眺めながら食べる。
トゥール伯爵家程、手広く商売を広げて上手く軌道に乗せていれば招待客も多い。しかも、誰もが縁を繋ぎたいと必死にトゥール伯爵家の人々へとアピールしているのが良く分かる。
外野である、しがない伯爵家のヘンリエッタは冷静で有る分だけ、そうした人々の心理的動きが良く分かった。
と、再び彼女の視線はトゥール伯爵に止まった。
彼の顔が僅かに紅潮し、首筋や肘辺りが気になるのか手で擦るようにしている。ヘンリエッタは、暫くその様子を見ていたが、ハッとしてテーブルに並ぶ数々の美しい料理達に目をやる。
(あれって、もしかして…。)
トゥール伯爵が席を外して、屋敷へ向かうのをそっと後から追いかけた。伯爵は、人目が無くなると一気に走り出した。
「トゥール伯爵!」
ヘンリエッタは、思わず声を上げて呼び止め様としたが、彼の姿はあっという間に消え去ってしまった。
息の上がったヘンリエッタは、仕方が無く和やかなパーティー会場へと戻る。
(どうしたら、良いかしら…?)
「貴女が壁の花とは、勿体ない。」
「イ…!」
急に後ろから声を掛けられ、ヘンリエッタが驚いて声を上げそうになるのを、イリウスは微笑んで口元に人差し指を当てる。
「イリウス様…、すみません。」
「いや、こちらこそ驚かしてすまない。誰も気がつかなかったみたいだから大丈夫…。あ、ランドールは気が付いたみたいだな。」
イリウスの視線の先には、こちらを心配げにこちらを見るランドールの姿があった。彼の周りには、相変わらずバネッサはじめ数人の令嬢達がいて彼女達のはしゃぐ声が聞こえる。
「紳士をするっていうのも、大変だな。だが、俺はお陰でヘンリエッタ嬢と二人で話せるから幸運だった。」
イリウスが笑って呟く声に、ヘンリエッタはどう答えたら良いか分からず苦笑いする。
「今日は、公爵家の方々も参加される予定でいらしたのですね。存じませんでした。」
「参加が決まったのは、数日前でね。それに、今日の俺はあの人の付き添いなんだ。」
イリウスが言い終わるやいなや、会場に大勢の驚きの響めきが響く。ヘンリエッタがそちらに目をやれば、ロマニエルの前に豊かな黒髪を持つ美しい童顔の女性が一人立っていた。
それは、王弟の妻でイリウスの母親の、ハドソン公爵夫人その人だ。
「母は、ロマニエル殿の大ファンなんだ。彼が今日のパーティーに参加すると聞いて、秘密裏に来ることにしたんだけど、やっぱり目立つな。」
「有名な公爵夫人ですもの。」
公爵家の麗しい四兄弟を誕生させた、ハドソン公爵夫人。現国王には現在息子はおらず、新たな子どもは望めないという噂。彼女は現在、次期国王の母親なのだ。
ハドソン公爵夫人は、他のファンの女性達と同様に、まるで恋する少女のようにうっとりとロマニエルを眺めている。
「私もロマニエル殿に挨拶したいと思っているが、暫くは無理そうだな。」
「そうですね…。」
ヘンリエッタは言って、ランドールの隣にいるバネッサを見た。どうにかして、彼女と話せないかと思案する。
けれど、自分があの輪に入るのはハードルが高くて足が動かない。
「それで?ヘンリエッタ嬢が、今悩んでいることは何?」
「え?」
「いつも、貴女の隣をキープしているランドールが今日はいない。それは、この数日間の奴の殺伐さと何か関係があるのかな?」
微笑んでいるイリウスの言葉に、ヘンリエッタは目を丸くして彼を見た。
(あのランドールが、殺伐…?)
「でも、貴女はランドールの方を見てはいるが動き出すのをためらっている。貴女が壁の花故かもしれないが、連れ出したいのはランドールでは無く、取り囲んでいる令嬢達の内の誰か…。」
「イリウス様。」
イリウスは、にこりと微笑んでヘンリエッタを見つめて言った。
「俺が、何か貴女の力になれる事は無いだろうか?」
次回投稿は明日20時です。




