お説教と酔っぱらい
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今夜のディナーは急な帰宅にも関わらず、ロマニエルの好物がテーブルに並んだ。彼はご機嫌に、白身魚のポワレ柑橘のソース添えと辛口白ワインに舌鼓を打つ。
「お兄様は、陛下の舞踏会に向けてお戻りに?」
「そうよ。もう、三ヶ月後に迫っているからって、リュシーは?」
「今日はメルトン大学校の入学式で、寮生活に入るんです。」
「へぇ…。あの子も、〝男〟ねぇ。」
「どういう意味ですか?」
ヘンリエッタが首を傾げるのに、ロマニエルは笑って首を振る。
「何でも無いわ。それより貴女、今回の舞踏会はどうするの?」
「どう、とは?」
「最近は、忙しくて出ていなかったでしょう?今、貴女が王都に居るって事は余裕があるみたいだから出席って事でしょう?エスコートをどうするのかって話よ。」
兄の言葉に、ヘンリエッタはギクリとした。確かに、ヘンリエッタは仕事に余裕があると王都にいる事が多い。
「えっと、…。」
ヘンリエッタの視線が宙を彷徨うのに、ロマニエルが核心を突く。
「確か、今回はリュシーが誰かをエスコートして出席する年だったはず。貴女、エスコートを申し込まれたでしょう?」
ヘンリエッタが驚きに目を丸くするのに、「やっぱりね。」と呟く兄。
他人への興味が低い兄が、リュシーの事を言い出すことも、ヘンリエッタの舞踏会を尋ねてくる事も信じられなかった。
「良かったわ。私が心配する事は無かったわね。」
そう言って、ロマニエルは美しい所作でワイングラスをテーブルに置いた。
「え?ちょっと待って下さい!どう言う事ですか!?」
「どう言うって、その言葉のままよ。貴女達、ペアで舞踏会に出席するのでしょう?それなら、私は心配が無いって事。」
ケロリとしている兄に、ヘンリエッタは勢い良く首を振る。
「私は、リュシーと舞踏会に出席するつもりはありません。」
それを聞いたロマニエルは、ワイングラスに口を付けながらボソリと呟いた。
「相変わらず、(リュシーが可哀想)ね…。」
昔から色恋に疎くて、恋の女神に見離されているかのような妹を前に兄は言う。
「貴女はリュシーと、ペアで舞踏会に出席したら良いじゃない。貴女達は家族みたいな関係なんだし、何も問題無いでしょう?」
「問題有ります!リュシーの大事な初めてエスコートするお相手は、釣り合うご令嬢を見繕わなくては!」
妹の意気込みに、兄はキョトンとしている。
「え…。リタちゃんったら、未婚なのに母親みたいな事を言うのね。…母性の成せる技かしら。」
「母親だなんて、そんなつもりはありません。けれど、社交界では私がリュシーを愛玩しているって噂があるんです。そんな中を、私がリュシーとペアで参加するなんて出来ない。そんな噂、払拭しないと!」
そう言う妹を、兄は身を乗り出して静かに両手を伸ばす。彼女の両頬をふわりと優しく包んだかと思えば、パチリと軽く叩いた。
「リュシーを心配するのは、良いわ。でも、私の可愛い妹を舞踏会でエスコート出来る男は、メルトン中で最も名誉な事だと知りなさい。」
目を見開く妹に、ロマニエルは穏やかに、それでいて真剣に話し続ける。
「私のヘンリエッタを卑下する事は、許さないわ。例え、それが本人だとしてもね。貴女を侮辱する事は、絶対にあってはならない事よ。」
「お兄様…。」
ロマニエルは、ヘンリエッタを見据えて言う。
「ねぇ、ヘンリエッタ。外野の言うことに振り回されて、大事な事を見失なわないで。貴女は、とても稀有な女性なのよ。だからそれに追い付ける理解者がいない、位に思っておきなさい?私みたいにね。」
ウィンクしてくる兄に、ヘンリエッタは幾らか冷静さを取り戻した。
(お兄様は、レベルが高すぎます…。)
「それとも、貴女にはエスコートしてくれる殿方が、他にいるのかしら?」
「それは…。」
言い淀むヘンリエッタに、ロマニエルは微笑む。
「ふふふ。諦める、というか素直にお成りなさいな。それで?貴女の可愛いリュシーの入学式はどうだったの?」
ヘンリエッタは、リュシーの大学校の入学の式典や彼のエスコートに相応しいご令嬢がいる事、ランドールが大学校の教員として働いていた事を話す。
「へぇ、あのランちゃんが、大学校の教員にねぇ。まぁ、良かったじゃない?あの子、お勉強の賢さはあったのでしょう?」
ヘンリエッタの話を聞きながら、ロマニエルは興味なさげに言うと、ワインを一口含んで「美味しいわ。」と呟く。うっとりとした眼差しで、グラスをくるくるとまわして残るワインを眺めている。
「はい。あの後は色々と苦労はあったようですが、元気そうでした。」
ヘンリエッタはそう言って、自分の皿に盛られた魚にナイフを入れ切り分ける。
「ねぇリタちゃん、貴女はこの先ランドールに関わっては駄目よ?」
残っていたワインをぐいっと飲み干したロマニエルの言葉に、ヘンリエッタの手が止まる。
兄の方を見れば、彼もまた妹を見ている。それは、どこか怒っているようにも見えた。
ロマニエルは、新たにグラスに注がれたワインをくるくると回しながら言った、
「貴女は、既に十分あの子の力になった。危険から救い出し、セニアル侯爵家の使用人達だって多く採用したでしょう?」
「ええ、まあ…。」
「あの子にやれる最大限をしているわ。これまで通り、距離がある方が良いと思うの。」
「そんな…、私達にもう接点はありませんよ。」
「あっちが、近付いてくるかもしれないでしょう!?」
「お兄様は、心配し過ぎです。」
「心配するわよ!!」
ロマニエルがヘンリエッタに怒鳴るなんて、これまでに有り得ない事だ。
ヘンリエッタを始め、他の使用人達も驚いている。
暫くの沈黙後、ロマニエルは空にしたワイングラスをテーブルに置いて溜め息をつく。
「ランちゃんは、善人よ。でも、リタちゃんを幸せにする力は持っていない。責任を持てる力も無ければ、何の助けにもなれ無いの。」
そう言って、ロマニエルは両手で顔を覆う。
「今度の舞踏会に来る、イリウスだって同様よ。」
「お兄様、知って…。」
「貴女を失うかもしれない、貴女が傷つくかもしれない…。そんな事は、もう十分なの。」
ロマニエルは、はらはらと涙を流す。彼にしては、珍しく酔いの回りが早かった。
セルマンが差し出す水をぐいっと飲み干すと席を立ち、執事達に着き添われ食卓を後にした。
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次回投稿は明日20時です。




