帰宅
読みに来て下さり、ありがとうございます。
「リタさん、ごめんなさい。割り込むような事をして。」
隣でシュンとするリュシウォンに、ヘンリエッタは微笑んで首を振る。
「今日から貴方は学生寮に入るから、今後、ゆっくりと話す機会も減るでしょう?だから、リュシーから言ってくれて嬉しかったわ。」
そんな言葉一つで、リュシウォンの気持ちは軽く羽ばたける様な心地になる。
「貴方がいないとなると、王都の屋敷が静かになるわ。皆が寂しがるわね。」
そう呟くヘンリエッタの顔を、リュシウォンはズイッと覗き込んだ。
「その〝皆〟に、リタさんは入ってる?」
対するヘンリエッタは、目を丸くしたが直ぐに笑って答えた。
「それはそうよ。これまでみたいに、気軽には会えないじゃない?」
「僕はその他大勢じゃなくて、貴女の特別かって意味なんだけど。」
リュシウォンの甘えた言葉に、ヘンリエッタは苦笑いして言う。
「貴方は、特別よ。」
「うん、そうだけど…。多分、僕とリタさんの特別は違うと思う。」
「そう…?」
「カイエン様の手紙は、どうするの?」
リュシウォンの金色の瞳に、力が籠もった。それに気が付いたヘンリエッタは、何かを言わなければと口を開くが、何と言ったら良いのか分からない。
「リュシー、貴方知っていたの?」
「屋敷の皆が言っているんだもの、知っているよ!」
「そう…、そうよね。まぁ、断れる相手では無いから、日にちが決まれば会いに行くしか無いわ。」
「その時は、一緒に行くよ。」
「そんな、無理よ。」
「護衛として付けば、問題ないでしょう?」
「リュシー、どうして…。」
ヘンリエッタの反応に、リュシウォンは彼女に向き合う。
「貴女が心配なんだ。またリタさんが傷付けられるかもしれないのを、静観できないよ。」
「そうと決まった訳では無いし、貴方は自分の事があるでしょう?私の問題だわ。」
きっぱりと言い切るヘンリエッタに、リュシウォンは黙るしかない。
「それに私は、あの頃の様に弱くない。」
「本当に、大丈夫?」
心配げなリュシウォンに、ヘンリエッタは微笑んだ。
「ありがとう、リュシー。」
「…うん。」
その後は会話も無く並んで歩いていれば、いつの間にか馬車停に着いてしまった。
リュシウォンは、アルマに「リタさんをあまり無理させないでね。」と言ってこちらを振り向き手を差し出す。
ヘンリエッタはその手に掴まると、馬車へと乗り込んだ。
馬車が動き出す前に、リュシウォンは馬車に掴まりよじ登ると、窓から中のヘンリエッタに言った。
「舞踏会のエスコートの事、本気で考えて欲しい。僕は、リタさんをエスコートしたい。他の女性では無く、貴女が良いんだ。」
ヘンリエッタが目を丸くして口を開く前に、リュシウォンは馬車から軽々と降りると御者に馬車を出させた。
「リュシー…!」
遠ざかる車窓のリュシウォンは、笑顔でこちらに手を振っていた。
◇◇◇◇◇
(あの子ったら…。)
頭を抱えたまま帰宅したヘンリエッタは、食堂で優雅にお茶を啜る人物を見付けると、立ち尽くして目を丸くした。
「お、兄様!?」
「お帰りなさい、リタちゃん。」
ロマニエルは相変わらずの、否、より研ぎ澄まされ洗練された肉体美の上から紅蓮のバスローブだけを纏った姿で、和やかにこちらに手を振っている。
「えぇ!!?」
ヘンリエッタは、追従していたセルマンを仰ぎ見た。そろそろ老齢になろうかという家令は、「黙っておくようにと、申し渡されておりまして。」と苦笑いしている。
ヘンリエッタは、兄に向き直って言った。
「いつお戻りに!?そんな手紙、受け取っていませんわ!?」
「あー、手紙ね。出し忘れてたみたいで、ごめんなさーい。」
ロマニエルの左手には、出す予定だったらしい手紙がヒラヒラと振られていた。
「いえ、お兄様の家でもあるんですから、いつお帰りになっても良いんです。けれど、周りがびっくりしたでしょう?道中、大丈夫でしたの?」
「女装だったから、誰も気が付かなかったわよ?でもセルマンからは、怒られちゃったわ。〝自覚が足りない〟って。」
温厚で、執事達の鏡であると言っても過言では無い、家令のセルマンが怒るのも無理は無い。
だってロマニエルは音楽の神に愛され〝生きたメルトンの国宝〟とも称される、超有名人だ。それなのに、問題は本人にその自覚が全く無いのだから。
こちらの方が、肝を冷やすというもの。
「セルマンは、間違っていないと思いますわ。」
「そうなの、気を付けるわ。ごめんなさい、セルマン。」
「お願い致します。」
けれど、リュシウォンが出ていった寂しさがあった屋敷は、ロマニエルの帰宅で少なからず活気付いている。
これも、彼の無自覚が成せる技だ。
「まぁ、ご無事に帰ってきて下さって良かったわ。お帰りなさいませ、お兄様。」
微笑むヘンリエッタに、ロマニエルは満足げな顔で頷き、残りの紅茶を飲み干した。
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次回投稿は明日20時です。




