再会 下
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大学校の馬車停の近く、人が疎らな東の中庭のガゼボにヘンリエッタとランドールは向かい合って座った。
先に口を開いたのは、ランドールの方だった。
「あの時、助けてくれてありがとう。それにアルマやニードル、他の使用人達をドラメント伯爵家に雇い入れてくれてありがとう。ずっと、君にはお礼が言いたかった。あの頃の自分では、どうしようも出来なかったから。」
彼は言って、頭を下げた。ヘンリエッタは、そんな彼に首を振り頭を上げるように言った。ヘンリエッタの後ろに控えているアルマが、涙を堪えるのを感じる。
「あの当時、貴方が一番大変だったことは知っているわ。それに、ドラメント伯爵は護衛や使用人を増やしたかった時期に、侯爵家で教育された人達を雇う事が出来たから良かったのよ。」
セニアル侯爵家は、婚約相手だったトゥール伯爵家の財力を失い、爵位こそ捨てなかったが破産寸前まで家計が火の車であった為に王都の屋敷や領地の多くを失ってしまった。その時、屋敷に勤めていた多くの使用人達は急に解雇となったのだ。
その彼等を、一番多く雇い入れたのはドラメント伯爵家だ。アルマやニードルを含め彼等を屋敷の人員としてだけでは無く、個人の能力に対して適していると思う者は養蚕業に従事した者もいる。
「最後に見た時よりは、元気そうね。良かった。まさか母校で再会するなんて、思っていなかったけれど。」
ヘンリエッタの言葉に、ランドールは穏やかに微笑んだ。彼は自分より、二歳も若いはずなのに随分と年上になってしまった様にも見えた。
「教職は、マーガレット達が紹介してくれたんだ。」
「マーガレット様が…。」
ヘンリエッタは、結婚式の時の彼女の姿を思い出す。
「マーガレットの夫、マーティの祖父が当時大学校の理事をしていてね。欠員があった教科の教職試験を受けることが出来た。」
「そうだったのね。」
「今は、毎日が充実しているよ。」
ヘンリエッタも、ランドールから教えて貰った事がある事を思い出す。
「貴方は勉強を教えるのが上手いから、生徒になった子は特ね。」
「そうなら嬉しい。」と言ったランドールは、少し目線を上げて呟く様に言った。
「僕はずっと、教職に就きたいと思っていたんだ。侯爵家の誰にも、望まれていなかったけれど。」
少し寂しげに笑うランドールに、ヘンリエッタは苦笑いするしか無い。彼女もランドールの夢を知らなかったけれど、それを口にしなかったという事は理解出来る。
「その、ご両親は…?」
ヘンリエッタの言葉に、ランドールは僅かに目を見開き止まったが落ち着いた声で話す。
「両親は領地にいるよ。母は煌びやかな世界から遠退いてしまった事に、非道く落ち込んでね、伏せってしまった。でも、僕の顔を見れば興奮して、手が付けられなくなるんだ。母とはもう、生前に顔を合わせることも無いだろうな。」
ヘンリエッタは、セニアル侯爵夫妻を思い出す。
自分の事は、良く思れていなかっただけに冷たい印象だが、ランドールの両親なだけあって、煌びやかな美男美女のお人形の様な二人だった。
ヘンリエッタが夫人と最後に会ったのは、怒り狂いドラメント伯爵家の屋敷に乗り込んで来た時。社交界の花と言われてきた彼女が、王都から去ることになったのは本人に取ってかなりの喪失感だろうと思う。
「大変だったのね。貴方に薄っぺらい事しか言えなくて、ごめんなさい…。」
話題の暗さと対象的に、穏やかなままのランドールは首を振りヘンリエッタを見る。
「大変だったけれど、君が助けてくれたから僕は生きている。意外な形ではあるけれど、夢も叶えた。感謝しかないよ。」
ランドールは、笑って言った。
「ありがとう、ヘンリエッタ。僕は今幸せだよ。」
「うぅ、ランドール様…。」
ヘンリエッタの後ろ、かつてランドールの護衛だったアルマがぼろぼろと涙を流していた。
ランドールは立ち上がり、アルマに近付くとハンカチを差し出した。アルマは弾かれたように顔を上げる。
「そんな、申し訳ありません。」
遠慮するアルマに、ランドールは首を振った。
「良いんだ。僕はもう、アルマの主では無いし、名ばかりの爵位だから。今は一教員として、生きている。アルマと、何ら変わりないんだよ。」
ランドールの隣で、ヘンリエッタも微笑んで頷く。それを見たアルマは、会釈してそっとハンカチを受け取った。
◇◇◇◇◇
ランドールは相手の心の機微、特に不安、不満、不足に気がついて、それに適切な対処をする能力に長けていた。それは、面倒見が良いとか八方美人でもあったが、それ以上に他人の心底に影響を与える事があるという意味で、だ。
加えて、当時の彼の華やかさと甘いマスクが加われば、ご令嬢達が次々と虜になっていったのは頷ける。
あの出来事は、長年ランドールを苦しめ蝕んでいた、精神的支配から彼を解き放った。
今のランドールは、その頃の肩書き、華やかさや美しさも影を潜めている。
けれど、彼は確かに自分の力で立って今を生きている。そんな姿が、ヘンリエッタにとっては嬉しく安堵し、そして眩しく見えた。
「今日、貴方に会えて良かった。」
ヘンリエッタの言葉に、ランドールは微笑んだ。
「僕に出来ることがあるなら、何でも言って。出来る限り、君の力になるから。」
「ありがとう、ランドール。心強いわ。」
そう言って、二人は握手を交わした。
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