王族であるが故
読みに来て下さり、ありがとうございます。
カイエンは、当時のハロルド公爵家の三男に生を受けた。
優秀で快活な長男、独特な魅力を持ち周りを魅了する次男、愛らしく欺く周りを惹きつける妹の中で至極平凡だった。要するに、長男の様な優秀さは無く、次男程の魅力が無く、妹の様な愛らしさや欺さも無い…。
ハロルド家に産まれていなければ、誇示できる事が何も無い三男…。
そんな周りの評価を、幼少期の彼はに耳にする。
温かく、仲が良い家族達は「そんな事は無いよ。」と口々に言う。
けれど、カイエンの小さな心は傷付き逃げ場も無かった。それ故に彼は、自分を取り巻く世界を少し斜に構えたまま成長していく。
だが成長と共に、世界の有り様は体にのし掛かるような重荷となっていく。
淡い恋心を抱いたご令嬢もいたが、彼女が別の相手と婚約した事が分かると自然と気持ちは冷めてしまった。
十五になった彼は、堪らなくなって祖国を出た。海外留学という名を借りた、逃げるような旅立ちだった。
そんなカイエンが、留学を終えてメルトンに帰国してきたのは先月の事だ。
◇◇◇◇◇
留学していた五年の間、カイエンはオーバルの結婚式の出席以外は祖国へ帰国していない。イリウスの婚約破棄は留学中に知り、そしてハローティでの結婚式に参加する。
メルトンで幸せそうだった兄は、式の間終始ぼんやりとしていて、美しく着飾った新婦のマリアナが色々と話しかけているのに心ここに在らずと言った具合。
国を守るためだったとはいえ、イリウスが完全に納得した結婚ではない事は見て取れる。 そして結婚を決めたイリウスが、帰国して来なかったというのも不自然な話だった。
(まぁ、政略結婚なら不自然さがある事はよくある話だけど。それより気に掛かるのは…。)
ハローティの参列者の多くが、密かに防護服を着用している事。式服の下だから一目では分かり辛いが…。警備の兵士も多い事と、関係があるのだろうか。
イリウスが席を立ち、一人になった時を見計らいカイエンは兄を追う。そのまま身を隠すように、バルコニーへ出て端の方に俯いて座るイリウスを見付けた。
「イリウス兄さん…。」
カイエンの声に、イリウスは弾かれるように顔を上げた。そして、笑う。
「カイエン、留学中にすまなかったな。来てくれて、ありがとう。」
だがその弱々しい微笑みに、カイエンは言葉を失った。化粧が施されて上手く隠しているが、深い窶れが見て取れた。
(あの、イリウス兄さんが…。)
「いや、いいんだ。父さんや母さんに、久しぶりに会えたし。まぁ、ハローティで会うとは思っていなかったけど。」
オーバルは体調不良という体で欠席、クリスティーナも長旅に不慣れという体で欠席している。そして警護を増やし、防護服の着用。
婚姻関係を結んだにも関わらず、ハロルド家も出来うる最大限の警戒態勢なのだ。
「ごめんな…。」
謝るイリウスを前に、カイエンは目を丸くして固まった。
イリウスが誰かに謝るなど、これまでには有り得なかったからだ。
彼は、巧みに周りを動かして問題をすり抜ける様に生きていた。だから、誰かに謝らせる事はあっても、自分から誰かに謝る状況を絶対に作らなかった人だ。
「イリウス兄さんがした事は、王族として尊敬に値する行いだけど、家族として心配だよ。」
イリウスは、首を振る。
「心配要らないさ、安全も尊厳も保障された不自由の無い生活だ。」
「そう…。」
「食事の好みも、合わせてくれる。時期に、慣れるさ。」
「じゃあ、何で兄さんは弱っているのさ?結婚式に皆が防護服を着ているのは、何で?」
カイエンの言葉に、イリウスは顔を上げて目を丸くする。そして直ぐに苦笑いして言った。
「流石、カイエンだな。」
「父さん達も、兄さんを心配しているよ。きちんと話せそうに無いから、母さんは余計にね。」
「そうだな…。」
重い沈黙が二人を包む。
カイエンが、静かに言った。
「…ヘンリエッタ嬢の事は、出来る限り俺も気に掛けておくよ。まぁ、卒業して帰国するまで出来ることは無いし、クリスティーナ達もいるけどさ。」
イリウスは両手で顔を覆い、指先に触れた前髪を握り込んだ。美しく固められた髪の乱れを、一切気にしていない。
そして、大きな溜め息を付くと顔を上げてカイエンに微笑んだ。
「ありがとう、カイエン。彼女は、…。」
〝稀有な存在だ。〟
「え…?」
イリウスがそう言った所で、廊下からイリウスを探す声が聞こえる。
彼は、弟の肩をポンッと叩くとその声の方へと歩いて行った。
イリウスの結婚式から半年を経たずして、ハローティの統治者はマリアナの異母兄のタティンに代替わりした。
そして、ハローティとサバナは戦争に入る事になる。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
次回投稿は明日20時です。




