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ヘンリエッタの思い 

読みに来て下さり、ありがとうございます。


 王宮から屋敷に戻ったヘンリエッタは、そのまま屋敷には入らず庭園へと回った。日が傾いた時分の庭園は静かで、涼しい風が優しく吹き抜けていく。

 ヘンリエッタは、手入れされた庭の花々を眺めながらゆっくりと歩を進める。


『ヘンリエッタ、イリウスお兄様が帰国なさるの。』


 かつての婚約者、イリウス・ロン・ハドソン。


(もっと、狼狽えるかと思ってた…。)


 名前だけだったから、何ともなかったのか。


(顔を見たら、話をしたら、正気ではいられなくなるかしら…?)


 ヘンリエッタは考えて、僅かに首を振った。


 〝その時〟にならなければ、分からない。

 けれど、そんな事にはならないと思える自分がいる。


 何故かなんて、今のヘンリエッタは分かっている。

 養蚕業の拡大に伴い、彼女はあちこちと飛び回る内に様々な出会いがあった。その出会いの中で、自分が許されて生きてきた世界の狭さを痛感しているのだ。


 〝少しでも領地に利益のある、真面な相手と結婚し、子を産み生きるしかない〟という、()()()()()未来しかないと思っていた。

 けれど、それは果たして本当だろうか…、と。


 カイエンの存在は、結婚には最上位の形だろう。

 だが、彼の手紙はドラメント伯爵家にとって急ぎでも重要でも無い扱いだった。


『会ってお話がしたいので、貴女の時間をくれませんか。』


 お伺いのような文面であったとしても、王族からの申し出にヘンリエッタから拒否は出来ない。

 

 とにかく、彼とは会って話すしか無いのだ。


 ◇◇◇◇◇

 

「お帰りなさい、リタさん。」


 ヘンリエッタはハッとして声のした方を見れば、リュシウォンがこちらに歩いてきていた。追従していたアルマに、「自分が一緒にいるから。」と下がらせると笑って彼女の所まで来る。


「王宮に呼ばれていたと、聞いたよ。新しい仕事の話?」

「それもあったけれど、…。」


 ヘンリエッタは言い淀んで、言葉を切った。


 ヘンリエッタがイリウスと婚約している頃、リュシウォンはイリウスを始めハドソン家の人々と仲が良く懐いていた。

 だが婚約が無くなると、子どもながらに大人の事情を汲み取ったのか、彼等の事は一切口にしなくなったのだ。


 リュシウォンは、ヘンリエッタを見詰めて首を傾げている。


「けれど?」


 リュシウォンは、誰彼構わず噂話を広げる愚か者では無い。それに今隠しても、いずれ皆に知れ渡ることだ。


 ヘンリエッタはリュシウォンを見上げると言った。


「…イリウスが、帰国するのですって。」


 リュシウォンは、僅かに目を見開いた。ヘンリエッタは、構わず話を進める。


「今度の舞踏会に合わせて、家族を連れて帰るみたい。」

「そう、なんだ。」


 リュシウォンは、それだけしか言わなかった。言ったヘンリエッタの方が、何故か気持ちがサワザワして歩き出そうと足を踏み出す。


 その彼女の右手を、リュシウォンが取った。


「え。」

「リタさんは、大丈夫?」


 振り向いたヘンリエッタの前に、心配そうに見詰めてくるリュシウォンの顔があった。ヘンリエッタは、自身の居心地の悪さに思わず目を逸らす。


「ええ、大丈夫よ。」

「本当に?」

「本当よ。」

「全く?」

「ええ、全く。」

「なら、どうして僕から目を逸らすの!?」

「それは…。」


 ヘンリエッタは、リュシウォンを見上げた。


「貴方が、近いからよ!」


 ヘンリエッタに、詰め寄るようにしていたリュシウォンは、にこりと笑った。そして、一歩下がると言った。


「リタさんが大丈夫なら、僕は何も問題はないよ。」


 そう言うと、取ったままの右手を握り直してご機嫌に歩き出す。


「東の方の庭、コスモスが咲き出したよ。せっかくだから、見に行こう?」

「…よく知っているわね。」

「最近では、リタさんより僕の方が王都の屋敷(ここ)に長くいるからね。リタさんが帰ってきたら、一緒に見に行こうと思っていたんだ。」


 そう嬉しそうに言いながら、ヘンリエッタの歩調に合わせてゆっくりと歩いて行く。その気遣いが嬉しくて、リュシウォンを見上げるヘンリエッタの口元も緩んだ。


 リュシウォンにカイエンの事は聞かれないし、ヘンリエッタも言わなかった。


(あっという間に、大人になってしまった…。これからは、私も言動に気を付けなくてはいけないわね。)


 ヘンリエッタはそんな風に自分を戒めながらも、今は二人で庭を見に行く事を楽しむことにした。





最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

次回投稿は明日20時です。

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