赤い夕日に隠したもの 下
サクッと楽しんで下さいね。
クリスティーナに引っ張られていくランドールを見送ると、横から声がかかった。
「ヘンリエッタ嬢。クリスが、申し訳ない。」
「構いません。クリスティーナ様は、相変わらず愛らしい方ですね。」
「うーん…、生まれた頃から周りに甘やかされて、すっかり我が儘になってしまった…。まあ、今日は子守りに時間を費やすのかと思っていたが、おかげで貴女に会えた。」
にこりと笑むイリウスに、ヘンリエッタは困ったように笑った。
「妹がランドールを連れて行ったお詫びに、私を貴女の買い物に付き合わせてくれ。」
「え!?イリウス様に、そんな事させられません。」
「私の希望なんだ。勿論、貴女の許可が貰えればの話だが。」
「許可だなんて…。分かりました、お願いします。」
その言葉に、イリウスは再びにこりと笑んでヘンリエッタに手を差し出した。彼女は、その手をそっと取ると店の奥にある個室へと案内される。
ソファに並んで腰掛け、ヘンリエッタは出されたお茶を飲んでいれば、いつも担当してくれる店員とオーナーのトルガ現れた。
「イリウス殿下、ヘンリエッタ様、今日はお越し頂きありがとうございます。」
「急に来て、騒がせて悪かった。私は付き添いなんだ。ヘンリエッタ嬢を頼むよ。」
「はい、かしこまりました。舞踏会のドレスは只今作成中です。今日は、ドレスに合う靴のご注文だと伺っています。」
「ええ、そうです。」
「では、素材から選びましょう。」
トルガが言い終わると共に、店員達がぞろぞろと生地や装飾の入った箱を部屋に運んできた。
ヘンリエッタは、店員と話ながら一つ一つの素材を見て装飾を決める。靴のヒールは、細めだがあまり高くないものを選びヒールには付け根に石を埋め込むことにした。イリウスは、そんなヘンリエッタの様子を、ソファにゆったりと座ったまま眺めていた。
「イリウス様、お待たせ致しました。おかげで、納得のいく靴を注文することが出来ました。ありがとうございます。」
「いや。ヘンリエッタ嬢の買い物に付き合えて光栄だったよ。」
「男性には、そんなに楽しい時間では無いと思いますが…。」
「そんな事ないよ。この店には、貴女個人の足の木型があるんだね。」
「はい、このお店はお気に入りで、靴を作るならここと決めているんです。」
「へえ…。確かに、品のデザインの種類が豊富で、縫製も良い。良い店だ。」
イリウスの言葉に、トルガが和やかに会釈して退室していった。ヘンリエッタは、自分のお気に入りの店が褒められて嬉しかった。
彼と入れ替わりに、ランドールとクリスティーナが部屋に入ってくる。
「ヘンリエッタ、もう終わったの?」
「ええ、待たせてごめんなさい。」
「いや、…。」
気遣わしげなランドールの隣で、ご機嫌なクリスティーナが言う。
「私、気に入って三足買ったわ!またランドールと来たいな。」
「ランドールは、クリスの子守りじゃ無い。」
「何よ!お兄様は、ランドールといつも一緒だけど私はなかなか会えもしないのに!」
「俺達は仕事だ。」
「今は仕事じゃないから良いじゃない!ねえランドール、この後どうするの?」
「えっと、パティスリーガスパリオに行きます。」
「ガスパリオ!?私も行きたい!ねえ、お兄様良いでしょう?」
「クリスは、午後からピアノのレッスンと座学の家庭教師が来るだろう?」
「間に合う様に、お屋敷に帰れば良いでしょう?お願い、お兄様!」
「はあ…、ランドール、ヘンリエッタ嬢。同行しても良いだろうか?」
心配げなランドールと申し訳なさげなイリウス、期待を込めたクリスティーナの視線を受けたヘンリエッタは、苦笑いして頷いた。
「そうですね、行きましょうか。…皆で一緒に。」
「やったぁ!!」
無邪気に喜ぶクリスティーナに引っ張られて、ランドールは公爵家の馬車に向かう。その後を、イリウスとヘンリエッタが続いてトルガの店を出た。
「ヘンリエッタ嬢、ありがとう。クリスティーナの為に。」
イリウスがそっと囁くのに、ヘンリエッタは微笑んで首を振る。
その後、ヘンリエッタ一行はガスパリオのパティスリーに着いた。広くない店内は、急な公爵家の有名人達の来店で一時騒然としたが、お目当てのキャラメルや焼き菓子を幾つか買うとイリウスは颯爽と退店し馬車に戻る。
「では、我々はこの辺で。ランドール、ヘンリエッタ嬢、妹が無理言ってすまなかった。」
「お兄様ったら!」
イリウスの言葉に、クリスティーナは剥れる。彼は持っていた紙袋から、キャラメルの小箱と焼き菓子の箱をヘンリエッタに渡した。
「今日はありがとう、ヘンリエッタ嬢。有意義な時間だった。」
「いいえ、こちらこそ。」
「ランドールも、子守りをさせて悪かった。」
「いいえ。」
「ランドール、また私とお出掛けして下さる?」
「はい、お時間が合えば。」
「じゃあな、ランドール。ヘンリエッタ嬢、気をつけて。」
そうして二人は、遠ざかっていく公爵家の馬車を見送り歩き出した。
「さあ、私達も帰りましょうか。」
「いや、買い物に付き合えなかったお詫びに、ランチをしていかない?今から屋敷に帰っても、ランチは過ぎてしまうよ?」
「そうね…、分かったわ。そうしましょう。」
「じゃあ、決まりだね。良い店を知っているんだ。」
ランドールは嬉しそうにヘンリエッタに微笑んだ。
二人は、ほど近い洋食店に入った。一階は大衆食堂的だが、二階は個室になっていてその内の一室に案内される。窓からは、通りの馬車や行き交う人々が見えた。
「ここのお勧めは、牛肉の煮込み料理なんだ。」
「じゃあ、それにするわ。」
注文した料理を待つ間、まどから道を行き交う人々を眺めていれば、正面に座るランドールから声が掛かる。
「ねぇ、ヘンリエッタ。イリウス様は、どうだった?」
「どうって、…優しい方だわ。」
「優しい、か…。あのさ、急にいなくなって、他の男と二人きりになるのは心配だよ。言ってくれなきゃ。」
「いなくなってって、同じ店内にいたわ。それに他の男って、イリウス様でしょう?貴方の上司よ。」
「そうだけれど、駄目だよ。」
「駄目って…。貴方は、クリスティーナ様と一緒に離れて行ってしまったでしょう?」
「まぁ、そうなんだけど…。」
ランドールにしては、珍しく歯切れが悪い話し方だ。ヘンリエッタは、眉根を寄せて言う。
「何故、貴方がそんな事を言うの。私は買い物の為に、あのお店に行ったわ。離れていった、貴方のお伺いが必要なの?」
「そうじゃなくて、…。」
そこまで言った所で、ドアがノックされ料理を持った給仕が現れた。二人は、会話を中断して運ばれてくる前菜を見る。
(今でなければ、凄く美味しく食べられるのだろうけど…。)
食欲を失ったヘンリエッタは、運ばれてきた料理を前に小さく溜め息を付いた。
◇◇◇◇◇
静かなランチが終わり、馬車に戻ろうとするヘンリエッタをランドールは止めた。
「このまま、帰りたくない。仲直りしたい。」
すっかりしょげているランドールに、ヘンリエッタは頷いた。
二人は並んで歩き、近くの公園に入る。空いていたベンチに並んで座り、暫く無言で過ごす。
「さっきは、ごめんね。喧嘩するつもりは無かったんだ。ただ、君がイリウス様と二人きりになるのが心配だったから。」
「心配?」
「うん、だってヘンリエッタはイリウス様から手紙と花を貰ったでしょ?」
「そうだけど、それだけよ。」
「本当に?」
「お礼がしたいと書いてあったけれど、お断りしたの。私には必要無いし、イリウス様はお忙しい方でしょう?」
「そうかも、しれないけど…。」
そう言って、ランドールはまた黙ってしまった。ヘンリエッタは、そんな彼を眺める。
「ヘンリエッタ、僕達は婚約者がいない。」
「そうね。」
「でも、いつかは婚約して結婚する必要がある地位にいる。」
「そうだけれど、…まだ先の話じゃない?」
「近い未来の話だよ。」
母親がいれば、その手の話はもっと急かされるのかもしれない。けれど、ヘンリエッタにはそういう世話を焼く身内がいない。
その為に、他のご令嬢達ほど結婚や社交をこなす熱心さが無いまま今に至っている。
「ハドソン公爵家が…。否、イリウス様が君に求婚してきたらどうする?」
「ええ!?そんな事、あり得るかしら!?」
目を丸くして驚くヘンリエッタに、落ち着いているランドールは言った。
「無いとは、言い切れないでしょ?」
「そう、かしら…?うーん、そうね…。お父様やお兄様の異論が無ければ、受け入れると思うわ。」
「ええぇ!!?」
叫ぶランドールに、ヘンリエッタは驚き固まる。だが、ぽつぽつと話し出した。
「え…。だって、貴族の結婚なんてそういう物でしょう?相手の地位が上で、財産が多ければ、領地や家は安泰。妻は、夫を支え子どもを産み、社交をこなして領地を守る。女は、結婚しなければ行き遅れとか言われて、社交界で噂されるのだわ…。」
絶句しているランドールに、ヘンリエッタは首を傾げる。
「どうかしたの?」
「ヘンリエッタが、貴族の常識を説くなんて…。」
「おかしい?」
「いや、…凄く驚いただけ。ドラメント伯爵家は、そういう事とは無縁だと思っていたから。」
「まぁ、ドラメント伯爵家はそういう所が、少々ズレているわよね。」
ランドールの言葉に、ヘンリエッタは苦笑いして言う。
彼女自身も気にしていなかったというより、気にする余裕が無かった。それだけ、母親失い、十歳だった彼女がいきなり一人で領地経営をしていくのは大変だったのだ。
「じゃあ、僕が君に求婚したら受け入れるの?」
ランドールの言葉に、今度はヘンリエッタが絶句する。
けれど、ヘンリエッタは小さく首を振る。そんな彼女に、ランドールは激しく動揺した。
「どうして!?僕だって、さっきのヘンリエッタの言葉に当てはまるよ。」
「どうしてって、聞かれても上手く言えないけれど。…貴方とは、このままの関係でいたいわ。」
「このままでなんて、いられないよ!?」
「そうね、…悲しい事に。」
俯くヘンリエッタに、ランドールが言った。
「このままでいたいなら、僕を受け入れてよ。」
ヘンリエッタが顔を上げれば、彼女を見つめるランドールの姿があった。
「貴方は…、誰にでも優しいからそんな事を言うのよ。」
「そんな事無いよ。」
「そんな事有るわ。」
ヘンリエッタは、ランドールを見据える。
「貴方の優しさに、色々な条件が加わって女性は憧れる。貴方だって、気が付いているでしょう?」
「そうだけど、他のご令嬢達にこんな事は言わないし、今は関係ないよ。」
「有るわ。私が危険に曝されるかどうかが、掛かっているのよ。大学校の入学当初の様に。仲の良い幼なじみのままなら、私は安全でいられる。」
「ヘンリエッタ…。」
ヘンリエッタは、学生当時その事を受け流して過ごしたが、ランドールの親衛隊に目を付けられ揉めた彼女は、大学校で結局女友達という関係になれたご令嬢はいない。
そして、それは今も変わらない…。
「私は、貴方に守られているけれど、同時に周りから孤立しているわ。貴方が去れば、孤独になる。」
「僕は、君から去ることは無いよ。」
ランドールの言葉に、ヘンリエッタは顔を歪める。
「人は、縛れないでしょう?お父様やお兄様みたいに、行ってしまうのを止めることは出来ない…。」
そう、彼女は母を亡くしてから伯爵家を守るという責任の中でずっと独りだった。そして、ランドールが傍にいたから癒される部分もあったが、その分社交界では周囲からのやっかみや嫉妬で孤独を深めてしまった。
「僕の事を、君が縛ってくれても構わない。」
「私は、貴方を縛れない。周りも、貴方を放っておかない。…もう、この話は止めましょう。不毛だわ…。」
ヘンリエッタは、立ち上がると歩き出した。その腕を、ランドールが後ろから掴んで引き寄せる。
「ランドール、こんな場所で…!」
ヘンリエッタが彼を押せば、すんなりと彼の拘束は解かれた。
「ヘンリエッタには、僕の気持ちはそのまま受け取って欲しいと思ってる。他の人は、どう受け止めようがどうでも良いけれど。」
「貴方は、誰に対してもどうでも良いなんて風じゃないわ。」
「そんな事、無いよ。」
「私には、そんな風に見えるわ。だから、ご令嬢達が貴方に群がるのよ。」
言ってしまってから、ヘンリエッタは激しく後悔した。ランドールは眉間にしわ寄せ、黙ってしまった。そんな彼をヘンリエッタは眺める。
(私ったら、ランドールにこんな事を言うなんて。こんなの、…焼きもちだわ。)
そう思ったヘンリエッタは、目を丸くして口元を手で覆った。
(焼きもち!?私が!?)
「ヘンリエッタ…。」
彼から伸ばされた手を、ヘンリエッタは思わず避けた。ランドールの傷ついた様な顔色に、胸がざわざわと騒ぐ。
(でも…。)
赤く染まった夕日の光に、二人は照らされる。赤い光の中で、ランドールの青い瞳は揺れてヘンリエッタを見る。
「貴方の優しさは、周りを勘違いさせる。それは、貴方がそれを望まなくても。貴方を受け入れれば、女性達が勘違いしていく姿に私は苦しむの。そんな未来を、私は望まないわ。」
何とかそう言ったヘンリエッタは、願わずにはいられなかった。
私の顔色が、どうかこの夕焼けの光に隠されますように、と…。
次回投稿は明日20時です。




