ある日森の中
最初のレベルアップから2時間が経過した。戦果はゼロだった。俺には筋肉がなかった。俺は罠を張ることにした。今までの感覚からして俺が打てるのは不意打ちか罠にはめるの2択だ。しかし獣は警戒心が強いし鼻が利く。不意打ちなんて到底できやしない。俺は苦渋の決断であった。誉のある戦いはどうしたのかと聞かれた気がした。しかし生き物が経験値にしか見えない俺はいまさらだったことに気が付いたので浜死にをキャンセルして喜々として罠を張り巡らす。
今までとは違う。ちょーっと止まってもらうだけの罠だ。そこら辺の草木で作れる。ちょちょいのちょいと作るが、俺は出来に感心しなかった。俺にはプライドがあった。この程度の罠が俺の全力だと獣といえど思われたくなかったのだ。誉はここに合った。俺は理解してしまった。泣きたくなるくらいのこの気持ちを胸に、俺は罠つくりを始める……
ヒャッハー!虐殺じゃあ!!
今宵経験値に飢えた俺は罠に掛かった獲物をスパスパ切っていた。剣も嬉しそうに経験値をすするため俺も嬉しくなっていた。俺はどうやら甲斐性のある男だったようでいっぱい食べるこいつをいつか満腹にしたいと欲が出始めているのだ。
そして欲が出ると死神も出てくるものだ。この森で4番目にヤバいやつ……狼が俺の前に立ちはだかった。
剣を構えるか?いや、ただでさえ離れている狼の速度から更に離されるのは不味い。剣を使わないか?無理だ。俺の腕力ではなまくらで皮の鎧を切ることは不可能……絶体絶命だった。俺は悲しい気持ちを狼に投げるが見事に躱された。舌打ちをする。その挙動でやつの俊敏さを理解したからだ。
狼は持久力に優れていると聞いたことがある。する気もないが持久戦は不可能、そもそも牙と爪の2つの攻撃択が存在しているんだ。俺はあれらに触れたら終わる。
汗が口に入った。その塩分がどうにも心地良い。俺は口を三日月にして舌なめずりをする。
随分と俺にお熱なんダナ?うれしいぜ
俺は笑ってしまった。自分の言葉にだ。狼よりも俺の方が狼にお熱だった。その皮を撫でるように見ているし、殺意のこもった眼を俺のギラギラ光る眼で見返す。黒い爪もその肉も牙も全部俺のものだ。逆立つ尻尾で機微を読み取る。俺の純粋な感情に気おされたように一歩下がる。
傷つくな……心はオトメなんだぜ?
昨日のイノシシから、いや随分と前から分かってはいたが俺はギャンブルが好きなタイプだ。罠に掛かっていた獲物は経験値としか見れなかった。俺が害される可能性が少ないからだ。考えるに俺は追い詰められたいんだと思う。今俺はギラギラ光ってるのが分かる。心臓もバクバクと音を立てて体中から蒸気が溢れる。
剣から何かを感じ取る。大丈夫かって?大丈夫に決まってる。今の俺は最高潮だった。人間って体から蒸気が出るのかって?俺は愕然とした。ワンピースを読んでいたからだ。つまり俺はいまギア2と行ったところか……不味いな、自分でも何考えてるか分かんなくなってきた。
カウンターか……俺は無理やり話を戻した。厳しい。そういわざるを得ない。あの速さで来られたら合わせる自信がないが……
いや、違うな……今の俺は最高潮の絶好調だ。自信がない?甘ちゃんになってたな。俺の上位互換と居て牙が抜かれていたか……狼のストレスが最高潮になったようだ。犬歯が向き出ている。その姿に俺は一種の美しさを感じた。だから俺も真似してもっと口を歪めた。タノシイナ?
一瞬だった。奴の踏み込む一瞬前、俺は隠していたなまくらナイフを投げる。認識した瞬間、やつの踏み込みが乱れた。こちらにかかってくるが速度が下がる、狙いも甘い。本来であれば俺の首に立てたであろう牙を俺に向けて襲い掛かる奴に俺の剣が襲い掛かる!奴の恐ろしい牙はしかし、遅い。あまりにそれが致命的だった。俺と狼の眼が交差する。
取った!
俺は確信した。すわフラグかと思ったが俺の剣は狼をぶった切っていた。俺は勝利の咆哮を挙げた。奴は俺を見てふっと笑いながら死んだような気がした。剣はレベルが上がったようでわーいと喜んでいた。俺も喜ぼう。わーい!
ナマクラと悲しい気持ちを回収すると日が落ち始めたことを感じる。そして俺の前にある数匹の死骸、俺は考えていた……これらを降ろすことはできないと。断面が綺麗すぎる。ババアに俺の手を見せる理由が1ミリも存在しない。しかし流石に捨てるのもどうかと考える……俺は義憤に燃えた。しかし燃えると下手人の俺に怒りの矛先が向くので剣の強化方法がこんな風になっている世界に憤った。おんどらぁ!!俺は義憤に身を任せて口から火を吐いた。義憤に燃えた己の炎はめらめらと目の前の肉を綺麗に焼いてくれた。やったぁ!今夜は焼肉だぁ!
俺は久々に出来た御馳走に舌鼓を打つと転がった。流石に全部は喰えんと思ったんだが成長期で栄養の足りてない俺は全て頂くことができたのだろう。お味の方はまあうん……俺は無性に前世のステーキが食べたくなった。今日も雲一つない夜空の下で俺の顔に雨が降った。その後普通に森で寝た。
____夢の中____
俺は俺の剣と向き合っていた。俺は悲しい気持ちになった。俺の剣は美少女ではなかったからだ。
「マスター、ありがとうございます」
俺は感謝された。よくわからなかったが頷いておいた。ところで美少女になれない?
「先ほどの狼との戦いにて私のレベルが4に上がりました。マスターとこうしてお話しできているのはその時解放されたスキルによるものです」
なるほど。俺はそんなことよりも美少女になれないかを聞きたいんだが。声は女性っぽいし真の姿とかがあるんだろ?俺は美少女になってくれるなら剣でも全然ウェルカムな男だった。いや、寧ろ……俺は自身の性癖に愕然とした。いや別にそこまでおかしいことじゃないわ。ロボットに恋するようなもんだわ。俺は正常だと理解した。
「スキル双思双愛、これによって夢の中で私の使い方を教えることができます。また、現実世界でも意見の交換が可能です」
おんどらぁ!
俺は剣を投げた。こいつ全然話聞かねえ!なーにが相思相愛じゃこんなところにいられるか!俺は夢の世界に戻らせてもらうぜ!
しかし帰り道が分からなかったので俺は速攻で剣に土下座して返して貰うように懇願した。
「この空間から出る方法はマスターが夢から覚めることです。私のレベルが上がりスキルをもっと操作できることができればこの空間を自在に操ることが可能になります」
それはつまり俺が起きるまでこの白い空間で剣と一緒にいるだけと……?俺はレベル上げをもっとするべきだと悟った。自在に操ることができる。その意味を瞬時に理解したからだ。
「それでは私、剣のスキルとマスターの戦闘センス向上のためにマスターが起きるまで練習をして貰います」
俺は逃げた。練習をしたくなかったからだ。いつもそうだ。ゲームをやる時も勉強するときも俺はきついところから逃げるのだった。でも……俺はそんな俺が実は好きだ。逃げたっていいじゃないか。人生だもの。生きるための逃げはありだって校長も言っていた。銀の匙ね。
俺は今晴れやかな気持ちだった。この空間では体力を消費しない。目的地がない。周りは何もなく俺はただひたすらに自由だった。誰にも見られず何にも縛られず、ただ全力で長距離を走る。これだけで俺は解放された気分になった。そうか、人生とは……世界とは……
俺がゲッター線に触れようとした瞬間、俺の目の前に剣が表れた。
おんどらぁ!
俺はすかさずに投げたが残念だが直ぐに戻ってきた。朝に俺のそばにあった謎能力か……俺は舌打ちした。やっぱり練習はしたくなかったのだ。
「因みに私には人間の姿になる機能が存在します」
美少女ですか?
「人の美醜は私にはわかりませんが女性体であることは間違いありません」
俺は一緒に練習した。俺くらいの使い手になると剣が女性体と確定した時点で剣のことを人間の女性として見れるからだ。俺は美少女と一緒に剣を習ったり美人な師匠に剣を習いたかった。なので妄想を繰り広げて起きるまで練習した。条件として俺を甘やかしてもらうがナ?
____現実世界____
朝、森で1夜過ごした俺はクワッと目を見開いた。レベリングじゃああああ!!!
俺は修羅になった。夢の中でキャッキャウフフしたかった。明晰夢というものがある。男なら誰しもが一度は文字通り夢見て諦めたものだろう。俺は今そんな夢を掴みかけている。いいぜ、俺は笑った。もとより強化し続けるつもりだったんだ。更に御膳立てされてできませんでしたじゃ恰好が付かない。俺は片目が$に、もう片目がハートマークになった。
狼以上だ。俺は強者を求めている。俺の嗅覚が強者の匂いを感じ取った。バッとそちらを見ると少し遠くにクマがいたので俺はそそくさと逃げた。
やべーやつランキング1位、熊であった。
大分離れると獲物を見つけた。イノシシの群れだ。一昨日会ったアイツより2周りくらい小さいイノシシが5匹もいた。俺は舌なめずりが止められなかった。豪馳走だ。狼に勝って、新しい力を手に入れ調子に乗っていた俺はゆっくりと近づく。勿論こんなもんで隠れられると思ってねえ……ただ、俺を見つけたイノシシはどう出てくるかな?
見つかった。一昨日と同じように奴らは俺とやる気のようだ。やっぱりな。この森には雑魚な人間しかこねえ……そんな奴らを倒してた連中からしたら俺なんてボーナスステージだ。昨日と同じならな?
不思議だった。俺は全く滾らなかった。昨日の狼と今のイノシシ5匹……脅威度ならイノシシ5匹の方が数倍上のはずだった。だが、俺には奴らはもう経験値にしか見えない。現状最上級のフルコースだ。
突っ込んできた5匹に向けて俺は剣をふるう。スパンと5匹とも上下に綺麗に分かれた。4大魔法のスキルで風の斬撃を出した。俺はもうこの程度に苦戦するようなタマではなかった。少し、悲しい気持ちになった。それは序盤で苦戦したボスモンスターが中盤に雑魚的として登場したような気持だった。俺だけ先に行ってしまった。あの時の感覚、高揚感はもう味わえない。俺の気質では手加減してのギリギリの戦いなど唾棄すべきものだからだ。
剣からレベルが上がったと報告があった。やったぁ!
炎を出して朝飯として5匹のイノシシを平らげた俺は指をぺろりと舐めた。
「うん、俺ちょっと強いかも」
俺はイキった。ハンターね。
首尾よくレベルを上げた俺は元々行こうとしていた場所に行く。ゴブリンの巣だ。この世界は流石ファンタジーというべきかファンタジーの代表であるゴブリンが存在している。やべーやつランキングは堂々の2位だ。奴らは基本5人以上で群れるし指揮も執る。戦闘力はさほどらしいが遠距離攻撃をしてくる。道具を使う。狡猾である。これでこの森の上位に位置する正真正銘の捕食者、生態系のトップだ。因みに熊には全く効かずに巣ごと蹂躙される。やべーやつランキング1位と2位には悲しくなるほどの差があった……
俺は消化不良だった。ゴブリンがあまりにもあっけなかったためである。人間は雑魚だ。こんなとこに来る人間なんて浮浪者で体力もなく力もない、ろくな装備もしてない。イノシシに突撃されて死ぬし鹿にも殺されるし何ならリスにも殺されてた。やだ、人間雑魚すぎ……そんなこんなでアホほど舐められた俺はゴブリンをスパスパ殺して巣に入ったが金目のもは……ッチ湿気てやがる。
俺はレベルアップのためとはいえ作業はやりたくなかった。というか剣が重いからあんまり振りたくも動きたくもない。俺は今日の日のうちに【双思双愛】を如何にかしたかった。夢の中でイチャイチャしたいって気持ちもあるが寝るたびにあんな空間に投げ込まれたくなかった。目安はレベル10らしいが……
「ただ今のレベルは9です。やはり魔物の経験値は野生動物と比べて抜けていますね。マスター、もうそろそろイノシシでは経験値になりえなくなってきています」
この剣、融通が利かなすぎるだろ。この剣は序盤の草むらでレベル100にするなんてことは出来なかった。相手と自分の強さの差が大きくなると経験値が入らなくなるシステムらしい。クソが、俺は毒づいた。ただゴブリンなら経験値になる。そこらへんにまだあったはずだ。日はまだ高いので余裕はある……あるが、探し出せるか?こっから先は俺が知ってるルートじゃなくなる。今までは俺が3年間で歩いてきたルートだったが……いや、帰れなくても問題はないはずだ。
この森で外敵をほとんど恐れることなく暮らせるし食料もなんとかなるが……あのババアが心配だな。俺が死んだとなれば100%ここに新しい浮浪者を、そうだな7人。7人は送ってくる。そこで俺の姿が見られれば……あのババアマジで邪魔だな……殺すか?無理だ。
俺はいったん物騒な考えをやめるべく殺意をにゅっと取り除いた。落ち着け、そもそも俺はここを出ていく。美少女とイチャイチャしたいからだ。なら必要なのは情報、地図だ。買う……駄目だ、匂わせた瞬間に粛清隊が動く。……いや、ある。あのババアを完璧に上回れる一手が!
俺は漏れ出る笑いを止められなかった。ゴブリンの巣で声は反響して不協和音を奏でる。クハハハハハ!おっと、高笑いはまだ上げるべきじゃあない。とりあえず見える戦果を、やっぱり狼だな。狼を狩れればぐっと近づく。俺は俺の殺意を飲み込む。
ククク……俺は絶好調になった。タイムリミットは明日までだが、今日に終わらせたい。俺はイキりながら狼を探しに巣を後にした。
そして熊さんに出会った。俺は悲しい気持ちになった。
ッスーゥ……勝てるか?多分だが剣本体を当てれば切れる。やっぱりカウンターか?いや、出来たところで死体の質量に殺されるな。首を断ち切る。しかし5m近くありそうな熊さんに物理的に届かねえ……4つんばいでも3mはあるぞ。無理ゲーの文字が頭をかすめた。どうしよっか。俺は剣に相談した。どうしましょうね。そう帰ってきた。俺はこいつはもう信用しないことにした。
「グルルル……!」
理性のない獣が唸り声をあげる。さっきの熊だ。俺は見覚えがあった。朝にあったあの熊、こんなところまで来たのか。不味いな、勝ちの眼が少なすぎてエンジンがかかんねえ。10%の確率で勝てると剣は言っていた。多分20~5の振れ幅はある。俺は剣を信用していなかった。クソ!ガチャよりも確率は……高いな。
俺は気づいてしまった。現代のガチャの闇に。排出率3%とか1%とかの闇に。恐れおののいた。しかし行けるとも思った。俺は微課金ユーザーだったから、ガチャは基本当たるだと思って生きている。天井交換なんてしたくなかった。運営に負けたと、敗北感があるから。全く、10%だって?そんな確率良いなんて……フェスでもやってるのかナ?俺に排出キャラを教えてくれヨ。
エンジンが掛る音がした。ポー!と俺の耳から蒸気が噴き出す。熊は音に驚いたようだった。狼の時とも違う。分が悪いなんてもんじゃない。だがそれでもいい。俺は単発大当たりが欲しいし何なら1回転目で大当たりに当たってほしい人種だった。それに比べたら……俺は口を三日月型にする。舌なめずりはしない。なんとも分の良い賭けだ。
感謝するゼ、お前をやってレベルも戦果も獲得する。……いや違うな。ダサいわ。俺は俺がダサいことだけは受け入れられなかった。楽しくやろうゼ~!熊公!
今の俺はフルスロットルだ。剣を持っても少しくらいならちゃんと動く。熊は俺が突然やってきて一瞬驚くが野生の力というか、即座に腕を俺に振り下ろす。やっぱ無理だな。合わせられねえ。俺は端から飛び掛る気はなく熊のレンジから離れた場所で風魔法の斬撃を行う。血は出た。しかしそれだけ。
「グオオオオ!!」
だが、今まで王様だったオマエはどうかな?痛みに慣れているのか?その答えは痛みで怒りと動揺をしている熊を見れば明らか。間髪入れるな。俺の勘を信じた。もう一度斬撃を。今度は首に狙いを定めて。命中。血がぶわっと俺にかかる。
だが、熊はどうやら攻撃に出るようだ。その巨体で俺をつぶそうとしてくる。爪で俺を引き裂こうとしてくる。牙で俺を噛み砕こうとしてくる。さあどっちだ?どちらでも俺は死ぬが……ノーガード、良い戦法だナ?そう、俺の斬撃では筋肉に届く程度、傷にはなるが障害にはならない程度……だから俺は舌なめずりをした。熊の血が俺の口に入る。刺激的な味ダナ?俺は熊を見た。巨体、そして光を感じさせない眼は口の盛り上がりと額の動きで怒っているのだと分かる。笑うという行為は本来攻撃的なものであるとシグルイで見た。俺も笑った。
俺は一挙手一投足を見逃さない。グアっと両前足を抱きつくように前に出し俺に襲い掛かってくる。俺をじっと見て。俺はそこで剣を熊に投げた。
ギョッとして剣を避けるように軌道を変えて横に着地する。そして俺をまたにらみつけると同時に、俺は熊の眼に向かってたった今投げた剣を持ち斬撃を放った。剣のアシストもあったのだろうそれは熊の眼に吸い込まれるように入った。熊が痛みに耐えきれず転がると同時に俺は熊を剣で切った。
剣はやはりよっぽど鋭いようで何の抵抗も見せずに熊を切り飛ばした。
俺は熊に勝った。ランキング1位に、生態系の頂点に上った。やったぁ!俺はぴょんと喜びの舞を踊り、剣もやったぁ!と喜んでいた。