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3. ティアナの才能

 次の日からティアナの訓練が始まった。

 住んでいた森に出る魔物は角ウサギや魔鹿がせいぜいで、まともに剣を握るのも、戦闘魔法を学ぶのも初めてだった。

 

 剣の教師としてつけられたのは一人の下級騎士だった。

 平民上がりだという彼がティアナにつけられたのは、腕が立つということもあるが、他に誰も引き受ける人間がいないからだった。

 

 ティアナは年齢の割に小柄で体が薄く、魔術に精通している訳でもない。

 ユーリアの言葉がなくても、ティアナが魔王を倒せるなどとは誰も信じておらず、身分あるものは皆貧乏くじを引くのを嫌がった。

 表面上はクラウスの酔狂にあわせるが、それ以上関わりたくないというのが共通の見解だった。

 

 彼もただ、上からの命令で仕方なくティアナの指導を行うことになったのだ。

 よってその態度はお世辞にもいいとは言えなかった。

 初めてティアナと会ったとき、彼は馬鹿にしたように鼻で笑った。

 

「おいおい、こんなちっこいのが魔王を倒せる訳ねえだろ。殿下はこういうのが趣味なのか?」


 ティアナは何も言い返さず、ただ、よろしくお願いします、とだけ言って頭を下げた。

 彼の言うことは最もだ。やるだけやってみるが、クラウスの期待に応えられるとは自分でも思っていない。

 

 兵士は、ティアナに訓練用の模擬剣を渡した、

 

「ほら、構えろ。じゃあ、適当に打ち込むから。動けなくなったら終わりだ」

「え? そんな……。私、剣の経験なくて」

「いいから。打ち合ってればそのうち覚えるだろ。無理だと思ったら諦めて帰りな」

 

 兵士は真面目に教える気などなかった。

 適当に打ちのめして終わりにすれば良いと思っていた。

 無理なものは無理なんだとわからせて、さっさと元いた場所に帰らせる。

 それが自分の仕事だと思っていたし、周りからもそう思われていた。

 

 兵士は軽く振りかぶり、ティアナに向かって剣を振り下ろす。

 小娘を痛めつけるのはさすがに気が引け、急所は外し力も抜く。

 とはいえ普通の娘に避けられる筈もないのだが――。


 思いがけず剣から衝撃が伝わり、兵士は驚いた。

 ティアナが防いだのだ。

 ティアナ自身も防げるとは思っておらず、ただ唖然とした。

 

「……お前、剣の経験ないんじゃなかったのか?」

「無いです……。けど、なんか反射的に……」


 兵士は気を取り直して再び打ち込むが、やはりティアナはそれを防いだ。

 何度やっても同じことだった。

 兵士はだんだんと余裕をなくし、いつしか本気でティアナを倒そうとし始めた。

 

 彼は焦っていた。

 何故こんな娘が、こんな細い腕で、自分の剣を止めることができるのか。

 

 ティアナの方も驚いていた。

 反射的に体が動くし、それに慣れると頭もついてくるようになる。

 

 段々と動きが洗練されていくのを感じた。

 まるで、一度習得したことを思い出すかのように。

 体が慣れると、兵士の動きもよく見えるようになる。

 

(あ、隙が――)


 ティアナは思わず斬りかかった。

 

 次の瞬間、兵士は倒れ伏していた。彼には何が起こったのかわからなかった。

 兵士の中でも腕が立つ方だった彼は、訓練で倒れることなど、新兵時代を除きほぼ無い。

 多少油断していたとはいえ、自分がこんな少女に負けるなんて。そんな馬鹿な。

 

 兵士はただ、目の前の少女の底知らぬ力を感じ震えた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 魔術も同じことだった。

 初めは初歩の精霊魔法である《火矢》さえ覚束なかったが、それも一瞬。

 一月のうちに魔道士を名乗れるほどの実力を身に着けた。

 回復魔法にはそこまで適正がなかったようで、簡単に傷を塞ぐ程度のことしか出来なかったが、そもそも攻撃魔法も回復魔法も両方扱えること自体が稀だ。

 

 ティアナは驚異的な才能を持ちながらもそれに驕らず、ひたむきに努力を重ねた。

 

 そんなティアナを細かくサポートしてくれたのがクラウスだった。

 何か困っていることは無いかと気にかけ、疲れているようであれば無理やり休ませる。

 ときには城下町に連れ出し、休暇を楽しませることもあった。

 

 半年経つ頃には、ティアナは誰よりもクラウスを信頼するようになっていた。

 

「殿下が気にかけてくれて、すごく有り難いです。私、殿下がいなければ、きっと頑張れなかった。こんなに殿下に良くしてもらえるなら、『救世の乙女』も悪くないかなって、ちょっと思っちゃうんです」


 ティアナはそう言ってはにかんだ。

 

「……私が君を気にかけるのは、君が『救世の乙女』だから、ではない。いや、初めはそうだった、しかし――」


 いつもはっきりと物を言うクラウスにしては珍しく口ごもった。

 

「多分、私は……君に惹かれているのだと思う。その純真さに、ひたむきさに……」

「殿下……嬉しいです」

「……名前で呼んでくれないか、クラウス、と」

 

 

 そうして二人は恋人になった。

 甘い雰囲気の二人の関係は、すぐに城の人々の知るところとなる。

 

 しかし、それを歓迎しないものがいた。

 聖女ユーリアだった。

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