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18. ヴァーリの諦念

 この日々を何周したかわからないが、初めてティアナと出会ってから、日数的には数ヶ月経った頃だった。

 幾度となく訪れるクラウスを殺めたが、最近はここに来ずにどこかで死んでいるようで、不規則に時間が巻き戻るようになっていた。

 

 ヴァーリは別に永遠にこの生活が続いたって構わなかった。

 同じ生活を繰り返していても一向に飽きないし、そもそも長命なエルフは人間では考えられないほど気が長い。

 愛する人と送る日々は、幸せだった。

 

 

 ティアナは、雨の降る日はよく窓辺でぼんやりしていることが多かった。

 そういう時の彼女は、とても穏やかな顔をしていて、ああ、やはりエーファとは違うんだな、と思わされる。

 エーファは晴れが好きで、天気が悪いと一日機嫌が悪かったから。

 

 ぼんやりしているティアナに、蜂蜜をたっぷり入れた温かい紅茶を持っていくと、本当に嬉しそうに顔を綻ばせお礼を言う。

 出来ればずっとその顔を見ていたかったけれど、ヴァーリには終わりが近いことが分かっていた。

 

 

 見計らったように、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。

 

「はーい! ……誰かな? ちょっと出てきますね」

 

 慌ててティアナが立ち上がり、来訪者を迎えに行く。

 ――彼が、ノックをするのは初めてだった。

 

「ティアナ、久しぶりだな」

「クラウス……」


 ティアナは、怯えたように少し後ずさる。

 それを見たクラウスは、ひどく傷ついたように、その端正な顔を歪ませた。

 

「ティアナ、君は……。私と、ユーリアとの距離が近いから嫌だったのか? それが辛くて、寂しい思いをさせてしまったから、私の元に帰ってこなくなってしまったのか?」

「……違う、違うよ、クラウス……」


 どこかズレたクラウスの問いかけに、ティアナが絞りだすように答えた。

 その声音には、微かに怒りが滲んでいる。


「確かに、ユーリア様のことは苦手。だけど、私が辛かったのは……貴方の、そういうところだよ、クラウス」

「……そういうところ?」

「貴方は、私を手元に置きたがるだけで、私のことを分かろうともしなかった。……私に興味が無いんだよ」

「そんなことはない!」

「そうだよ、だって」


 ティアナはヴァーリの方を一瞬見て、それからクラウスに向き直った。

 

「ねえ、クラウス、私はね、星空を見上げるのが好きなの」

「……」


 面食らったようにクラウスが黙り込むが、ティアナは構わずに続けた。

 

「窓辺で雨音を聞くのが好き。小さな花が好き。蜂蜜をたっぷり入れた紅茶が好き。大きな音と、真っ暗な闇が苦手。……クラウスは、知ってた?」

 

 何が言いたいのかが理解できないクラウスは、ただ首を振った。

 ティアナは少し寂しそうに笑う。

 

「私も自分では気付いてなかった物もあるんだけどね。……ねえ、何が好きかで何が嫌いかにも気付かない相手のこと、興味があるって、好きだって言えるのかな?」

「それは……」


 クラウスはそれ以上言葉が出てこないようで、悔しそうな表情で黙った。

 

「ただ側に居ることと、寄り添うこととは違うんだよ。ヴァーリと過ごして、それが分かった。貴方は私を思い通りにしたいだけだった。……私は貴方が側にいても、ずっと孤独だったんだって」

「ティアナ……」

「……でもね、貴方がこうやって歩み寄ってくれたことは、嬉しいと思ってる。だから、私も、逃げるのはやめるね」


 そう言ってティアナはヴァーリの方を向いた。

 強い意思が表れたルビーの瞳は、キラキラと輝いていて、ヴァーリは思わずどきりと胸が鳴るのを感じる。

 

「私はやっぱり、世界を救いたいみたい。……ヴァーリも手伝ってくれますよね?」


 ティアナがそう言うなら是非もない。

 それはこの生活の終わりを意味していた。

 多少はクラウスも成長したようだし、潮時だろう。

 ……もしかしたら、ティアナはクラウスの元へ戻ってしまうかもしれないけど、でも、それも仕方ないことだ。

 

 一息ついて、ヴァーリは演技がかった口調で言った。

 

「勿論。賢者ヴァーリが助力するんだ。絶対負けることは無いさ」

  

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ティアナとクラウス、そしてヴァーリが力を合わせれば、魔王は苦戦していたのが嘘のように倒すことが出来た。

 エーファは仲間を守る際に普段の何倍も力を発揮する戦士だった。

 クラウスが直接戦闘の役に立ったようには見えなかったが、居るだけでも効果はあったのだろう。

 

 魔王を倒すと同時に魔王城は音を立てて崩れ落ち、急いで脱出すればそこにはただ平穏な草原が広がるばかりだった。

 こうして世界に平和は訪れたのだ。

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