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11. クラウスの始まり

 ふわふわ揺れるストロベリーブロンドの髪と、少し目尻の下がった、まるい大きなルビーの瞳。

 その眼差しから伝わる純真さは、権謀術数渦巻く城の中で育ったクラウスには酷く新鮮に映った。

 怯えを隠せない様子の彼女と目が合った次の瞬間には、自分が守らねばならない、という使命感を覚えた。

 

 自分にはティアナが『救世の乙女』であるとわかる、と言ったのは、その場しのぎの嘘だった。

 そう言わなければ、クラウスの前から去ってしまいそうで。

 実際彼女はその肩書に相応しい実力を身に付けたし、今では神官長のお墨付きだ。

 

 自分は何も間違っていなかった。

 

 三年の月日が立ち、ティアナは美しく成長した。

 少女から大人の女性へと変わる途中のティアナには、あどけなさの中にどこが暗い影が有り、それが彼女を魅力的に見せていた。

 

 ティアナのことを愛していたし、美しく強い彼女が自分のものだと思うと、強い優越感を覚えた。

 ただ、自分の側から離れてほしくなかった。

 それだけだった筈なのに。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ティアナが単身魔王に挑み初めて、何日たっただろうか。

 朝出ていって、夜にはぼろぼろの体を引きずって帰ってくる。

 それがここ暫くのルーティンだった。

 

 もう夜更けだ。いつもならとっくに戻ってきてもおかしくない時間なのに、ティアナは戻ってこない。

 クラウスが苛々していると、ユーリアが隣に座り、しなだれかかってきた。

 

「ティアナさんのことが心配なんですの? 彼女は生きている筈ですよ。彼女、命が失われれば、ティアナさんに渡している指輪と対になっているクラウス様の指輪が砕けますもの」

「そんなことはわかっている。……ティアナが戻ってこないのは、君が虐めすぎたからではないのか」

「あら、私、ティアナさんには親切にしてさしあげてますのに」


 くすくすとユーリアが笑う。

 それが嘘だということを、クラウスは知っていた。

 ユーリアがクラウスに好意を寄せているのは、城の誰もが知ることだ。

 

 クラウスに近づく女は、全てユーリアが追い出してきた。

 こんな毒蛇のような女と共になる気は更々なかったが、鬱陶しい女を排除してくれるのは便利だったので好きにさせていた。

 

 ティアナに嫌がらせしているのも勿論知っていたが、ティアナが『救世の乙女』である以上、命を奪うことは無いだろうと思い、放っていた。

 それに、ユーリアがティアナを嫌えば、ティアナは城で孤立する。

 誰も頼れない中、不安そうにクラウスに縋り付くティアナが愛おしかったのだ。

 

 もうティアナはクラウスの元へ戻ってこないのかもしれない。

 そう思うとたまらず、クラウスは強く拳を握りしめた。

 

「ティアナはどこにも行かない。戻ってくる筈だ。ティアナは、私のことを愛しているのだから」


 そう呟き、クラウスは窓の外に目をやる。

 

「私はティアナを待つから、気にせず寝るといい」

「それでは、おやすみなさい」


 ユーリアは淑やかに言ったが、内心は黒い気持ちで一杯だった。

 

(あの女、さっさと死んでくれればいいのに。クラウス様の腕なら、もっと早く一人でも魔王を倒せる筈。私も一緒に戦ってクラウス様を癒やせば、あの女なんて居なくてもなんとかなるのに)

 

 実際のところ、クラウスは腕が立つと言っても『救世の乙女』であるティアナには遠く及ばないが、ユーリアはティアナの戦闘を見ているのにも関わらずそれに気付いていなかった。

 所詮田舎の小娘だと、今になってもティアナを侮っていた。

 

 クラウスもまた、身勝手な思いを巡らせていた。

 

(ティアナもそろそろ反省した頃だろう。彼女が謝るなら、一緒に魔王の元へ行ってやってもいい。はやく、意地を張るのを止めればいいのに)


 ティアナは意地を張っている訳ではなく、王子としてクラウスが下した命令に従っているだけだった。

 身分を盾にして命じれば、平民であるティアナが逆らえる筈がない。

 そのことにクラウスは気付いていなかった。

 

 

 結局それ以降、ティアナは戻ってくることなく、赤い月は満ち、スタンピードは発生した。

 暫く戦闘に参加していなかったクラウスとユーリアは為すすべなく死んだ。

 

 それが始まりだった。

 

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