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1. ティアナの召喚


「っく、うう……」


 ティアナは苦痛に声を漏らすがそれを聞くものは誰もいない。

 瘴気の濃いこの場所で生きている人間など他にいる筈もなく、声と言えば時折、怪鳥の甲高い不気味な鳴き声が響くばかり。

 それもそうだろう。ここは敵の本丸、魔王城のほんの目と鼻の先なのだから。

 

 もう何回挑んだことだろう。

 何度も魔王に挑んでは命からがら逃げ延び、この森の中の泉――不思議と魔物が寄ってこない――まで戻っては動けるまで自身を回復させた。

 動けるようになったら、人類の最前線の街まで戻って仲間に「また駄目だった」と報告しなければならない。

 そしてまた呆れたように失笑されるのだ。

 

 ティアナは気が重かった。

「救世の乙女が聞いて呆れる」「予言が間違っていたんじゃないか」と罵倒されても謝ることしか出来ない。


 だって彼らの言う通りなのだから。

 魔王を倒して、世界を救うのが自分の役割なのに、それが出来ないなら生きてる価値なんてない。

 なんとか頑張らないと。

 それに、ティアナは仲間の一人である恋人のクラウスに見直してもらいたかった。

 彼は魔王領に隣接したユースティア王国の王子だ。ティアナが失敗すれば、彼の国は甚大な被害を受ける。

 

 ティアナは空を見上げた。

 魔王が復活してから赤く染まった月は、もうすぐ満ちようとしていた。

 神託では、あの月が満ちた時、魔物の氾濫――スタンピードが発生し、世界は蹂躙されるだろうと言われている。

 

 満月まで、後数日。もう時間がない。はやく魔王を倒さないと。

 そのためには、街まで戻って聖女ユーリアに完全に回復して貰わないといけない。

 彼女に回復してもらえるのは有り難いが、傷を負った時か、それ以上に激痛が走る。

 ティアナは何もかもに嫌気が差し、立ち上がる気力もなくその場に倒れ伏した。

 

 そして思い出す。全ての始まり――自分が『救世の乙女』だと告げられた三年前を。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 闇が世界を覆い、人類が絶望の淵に立たされた時、三人の勇士が立ち上がった。

 騎士クリストフ。賢者ヴァーリ。そして、勇者エーファである。

 三人は力を合わせ闇を打ち破り、世界に平和をもたらした。

 ヴァーリは何処かに姿を消したが、愛し合っていたクリストフとエーファは結ばれ、ユースティア王国を建国し初代国王と王妃となった。

 晩年、エーファは病で息を引き取る前、ある予言を残した。

 

「世界が再び闇に覆われる時、私は生まれ変わって再びこの国を救うでしょう」と。


 子供でも知っているおとぎ話だ。おとぎ話の筈だった。

 

 ある日、ティアナが突然王宮の広間に召喚されるまでは。

 

 

「おお! 貴女が『救世の乙女』……!」

「まさか、本当に召喚が成功するなんて……。予言は本当だったのか!?」


 口々に喜びを囁きあう人々に囲まれ、ティアナは何が起こったのかわからなかった。

 今のいままで自分の家にいた筈なのに、似ても似つかぬ立派な部屋で、見るからに身分の高そうな人間たちに囲まれている。

 中でも目立つのは、闇夜の様な黒髪にアイスブルーの瞳を持つ青年と、神々しい銀の髪に菫色の瞳の神官服を纏った少女。

 

 青年は、その端正な顔に僅かに笑みを浮かべながら、床――よく見ると魔法陣の上だ――に座り込むティアナに歩み寄る。

 

「君が『救世の乙女』だね? 私はクラウス。このユースティアの第三王子だ。魔王討伐の旅に出る際は私も一緒に行くことになってる。……よろしく頼むよ」

「……ここは、ユースティアなんですか? それに、『救世の乙女』って、あの、おとぎ話の……? え、魔王討伐?」

「そう。三年後、魔王は復活すると信託が下った。君が居るその魔法陣は、建国当初からこの城に設置されているものだ。世界に危機が迫った際に勇者の末裔――王族の血を垂らせば、勇者の生まれ変わりである『救世の乙女』が召喚されると言い伝えられていた。伝承通りに儀式を行い、君が召喚されたという訳だ」


 あまりに突然色んなことが起こり、ティアナはほぼ錯乱していた。

 ユースティアはティアナの住んでいた国の隣に位置する大国だ。

 何故大国の王子が、隣国の片田舎に住んでいた自分を召喚し、『救世の乙女』だなんて、そんな有り得ないことを言うのか。


(まともに戦ったこともない私が、魔王を倒す『救世の乙女』なんて……)


 黒髪の青年――クラウスが、その手をティアナに差し伸べる。

 とりあえず、彼らの話を聞く必要があるだろう。

 ティアナがその手を取り、立ち上がろうとした瞬間、鈴を転がすような声が響いた。

 

「この子が『救世の乙女』? おかしいわ。『救世の乙女』は瘴気に対抗しうる光の力を持つ筈なのに、わたくしは、この子からなんの力も感じ取れません……。本当に本物ですの?」


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