表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
映し鏡  作者: 馬刺しの良し悪し
第二章
7/14

第六話「入荷・2」


 空が、遥か遠くまで続いている。雲一つない、冬らしく微かに霞んだ青色の空だ。

 ベンチに横たわって天を仰ぐと、一面に広がる青色に吸い込まれるような感覚がする。あたかも自身が大空に落ちていくかのようだ。

 朝の冷たい空気を肺いっぱいに満たし、ゆっくりと熱を吐き出す。青空を巻くように白い雲が浮かび、しかしすぐに風に流されて消えていった。


「さてと……、早速駄目だったな」



 この人身売買組織では、商品の健康状態の維持・向上のため、週に二、三度、商品には運動の時間が設けられている。倉庫の北側にある運動場でスポーツや体操を行う時間だ。

 倉庫の西壁には、職員棟へと続く扉の他に屋外へと繋がる扉があり、運動場はその先にある。倉庫に接している箇所以外を、高さ十メートル程の鉄製のフェンスに囲まれたそこは、一辺あたり五十メートルはありそうな、広い、土のグラウンドだ。

 商品が柵をよじ登って脱走する可能性を減らすためか、運動場には、あちこちに集められている雪以外に余計なものは何も置かれておらず、殺風景な印象を受ける。監視用のすら建っていないものだから正直驚いた。

 そのだだっ広い場所でも、商品全員を同時に運動させることは出来ないらしく、商品達は、別々の時間帯に運動場を使う二グループ(A,B)に等分されている。

 ちなみに、宗二はグループAだ。

 宗二が倉庫に連れてこられた翌日。早速、その日の午前中がグループAの運動の時間だった。

 宗二はとあることを遂行すべく、集合時間より随分と早くに運動場へ向かった。昨夜に看守から頂いたダークグレーのダウンジャケットに身を包み、朝の冷たい風を切って進む。その先にいるのは、平均的な身長、しかし精悍な顔付きの厳ついフォーティス男だ。


「あの」

「あ?」


 不興を買わぬように腰を低くし、精一杯の愛想笑いを貼り付けて尋ねたが、不機嫌そうに眉を顰められた。


「俺、昨日ここに来たばかりなので、まだ知り合いがいなくてですね……、良ければ――」

「は? 誰がお前と」

「……はい。すみません」


 宗二は背中を小さくして頭を下げて、踵を返す。ちぇっと舌打ちをしたのはどちらだろう。

 宗二のひとまずの目標は、平たく言えば他の商品達と仲良くなることだ。

 ここから脱走するには、まず情報と人手が不可欠。しかし、知り合いがいないことには何も始まらないだろう。だからまず交流を持つべく、運動場にいる商品達に、種族も性別も関係なく、片っ端から声を掛けているのだ。

 それをしながら気づいたことは、商品達の大多数がフォーティスであることだ。その点から、おそらくここが南政府との国境からある程度距離のある場所だということが窺える。

 サピエンスは今のところ一人だけ見つけたが、精神的に壊れてしまっているようだったため、話し掛けるのはやめておいた。

 それはともかく、次の人は――


「あの、俺昨日ここに来たばかりで――」

「話し掛けないで『女狐』。汚らしい」

「はい……」


 取り付く島もない。こちらに顔を向けすらしない。

 宗二と変わらぬ身長のフォーティス女だったが、交友を結べられる可能性を微塵も感じ取れなかった。

 次だ。


「あの、俺昨日ここに来たばかりで、まだ知り合いがいなくて……」

「――――」

「良ければ仲良くして貰えたらなぁ……、なんて」

「――――」

「なので、あのぉ……」


 ガン無視。

 次だ。


「あの、俺昨日――」

「臭い」



 と、この有様だ。

 こんなことが連続し、結局誰一人と近しくなれなかかった。

 順調にいかないなどという表現では足りなさすぎる。全てが駄目駄目だ。

 そのことに苛立ちが爆発しそうになった宗二は、感情を落ち着かせるために、倉庫の外壁に沿って置かれた、運動場唯一のベンチに寝転がって空を眺めていたのだ。

 だが――


「ああッ! 思い出すだけでイライラする!」


 初めからフォーティスと交友関係になるなど無理なことだとわかっていたが、実際こうもぞんざいに突っぱねられると本当に腹が立つ。


「どいつもこいつも、こっちが下手に出てやってるのに、羽虫を払い除けるみたいな扱いッ、しやがって」


 ぶつぶつと文句を垂れなからベンチに肘打ちする。腹の虫が全くおさまらない。足を高く上げ、ぶんと振り下ろす勢いで上体を起こし、湿っぽく柔らかい地面を踏み付けて立ち上がる。溶けかけたシャビシャビの雪に足跡が残る。


「それになんだよ、臭いって。ふざけるな」


 ペッとつばを吐き捨て、苛立ちを隠さずにドスドスと歩き出す。怒りを何かにぶつけたくて、一歩一歩足をつく度に地面を踏み躙る。雪の染み込んだ泥のような土を踵で抉る。

 足元に視線を落としたままそうやって進んでいき、蟻を発見すればぐりぐりと踏み潰し、雑草を発見すれば葉を蹴散らした。すると、いつの間にか夢中でやっていて、周囲に注意を払っていなかった。

 見事な前方不注意。その所為で目前の障害物に気付かず、不意に頭から何か柔らかいものにぶつかってしまった。ボヨンと頭が揺れる。


「おっ……どけよ邪魔」


 顔をしかめて、そう吐き捨てながら顔を上げる。


「ぁ――」


 だが、自分のぶつかったものを視認して、宗二はようやく我に返った。

 それは、胸だった。身長百八十センチ程の、少しふっくらとした体型のフォーティス……『男』のだが。

 短く刈り上げた濃緑色の髪、糸のように細い目には丸縁の眼鏡。丸い顔は、脂肪が多い所為で皮膚がピンと張っていて年齢がわかりにくいが、おそらくは二十代だろうか。

 彼は細い目を驚いたように開いてこちらに向ける。その瞳は褪せたような灰色だった。


「あっと、ごめんね」

「いや、すみません! 俺が前を見ていなかった所為です」


 宗二は一瞬で表情を取り繕った。申し訳無さそうなそれを貼り付けてペコペコと頭を下げる。

 だが、実際は相当に引き攣った顔をしていたはずだ。内心では、折角の機会を、無意味な私情で棒に振ったかもしれないことに肝を冷やしていたからだ。

 ところが――


「いやいや、気にしなくてもいいよ」


 返ってきたのは穏やかな声。宗二は繰り返していたお辞儀を止め、驚きに開いた目で男の灰瞳を覗き込む。宗二の目に宿っていたのは驚きだけではない。期待もだ。

 この人ならもしかしたら……


「そうですか。ありがとうございます。あの、図々しいのはわかってるのですが、お名前を伺っても?」

「名前? うん。僕はだよ」


 若干ぎこちなくはあるが、いつにない手応えだ。宗二は複雑に入り交じる胸中を、笑顔の仮面で覆い隠して続ける。


「勝さん、ですね」

「呼び捨てでいいよ。それで、君の名前は?」


 一瞬、言っても良いのだろうかと迷ったが、偽名を使う利点も本名を名乗る欠点も見つからなかった。


「宗二です。常田宗二」

「宗二くんねぇ」

「はい。俺、実は昨日ここに来たばかりで知り合いがいなくて、良ければ仲良くしていただけますか」

「うん、いいけど……。それならその前に条件を一つ呑んで?」

「条件、ですか」


 何だろうかと眉を上げる宗二に勝は深刻そうに深く頷き、しかし変わらぬ軽い調子で言う。


「――その空々しい笑顔と敬語をやめて?」

「なッ……」


 首筋に冷たい刃物を突き付けられたような気がした。

 ――この短い会話で、自分の言動が慇懃無礼だとバレた。

 全身の汗腺という汗腺からドッと汗が吹き出す。思考は一瞬で真っ白に飛んだ。

 冷静に考えれば、ぶつかった時に悪態をついたのだから、今の恭しい態度が中身のないものだとわかるのは当然。だが、半ばパニックに陥っている宗二に、見透かされた理由を糺す余裕などなく、内心は只管に、今の窮地をどのように脱するかのみを考えていた。

 勝は不思議そうな表情で首を傾げている。だが、その顔の下に何を思っているかは推し量れない。慇懃無礼を責め立てられるかもしれないし、怒りに任せて殴られないとも限らない。

 そうなる前に逃げよう。とにかくこの場を即刻脱しよう。

 そう思った瞬間だった。


「ああ、ごめんね! 責めたかった訳じゃなくて……。ただ、普通に接してほしかったというか。それとももしかして、無意識でそのわざとらしい態度取ってたりした?」


 肩透かしを食らったような気分に、宗二は呆然と口を半開きにする。

 何を言い出すかと思ったら、想像もしていなかったような内容だった。


「いや、違いますけど……。本当に普通の態度で接しても、いいんですか?」


 零れた疑念は掛け値のない本心だった。

 今まで出会ってきたフォーティスどもは、尽くクソ野郎だった。皆、サピエンスをサピエンスだからという理由だけで蔑み、迫害し、踏み付けにしてきた。

 唯一サピエンスを平等に扱った駿も、宗二から信頼を買って、その果てに宗二を苦しめるためだけに、それをしていた。あの駿ですら、サピエンスを蔑んでいたのだ。

 宗二はその経験から帰納して、サピエンスを自らと同等以上と見做しているフォーティスなど存在しないと結論付けていた。

 なのに――


「うん。むしろそうしてほしいんだ。だって、本心を取り繕ったり、隠したりして人と接するのって息苦しいでしょ?」


 目の前の男は、名前を呼び捨てにしろと、敬語をやめろと、本音を隠さず素直に振る舞え言う。

 つまるところ、対等な関係を望んでいるということになる。

 俺を対等に見ている? ――いや、有り得ない。

 ならばと、宗二は推測する。

 勝の本当の顔は、おそらく次の二つうちのどちらかだろう。

 一つは、サピエンス趣味の酔狂。奇妙な趣味を持った人間は種族を問わず多く存在する。彼もそういった手合の一人なのだろう。

 もう一つは、駿と同様――宗二を欺いている。

 打算的な意図があるか、或いはただの愉快犯か、考えても仕方のないことだが、とにかく何かしらの目的があって、表面上宗二との友好的な接触を図っている。

 こちらのほうが可能性が高そうだ。

 この推論を思考の前提に置いてから、宗二は勝の要望通り、取り繕った表情を、声を、綺麗さっぱり取り除く。そして、何も気取らない、素の態度で言う。


「わかった。敬語も使わないし呼び捨てにする。これでいいか」

「うん、助かるよ!」


 宗二が根負けしたように両手を挙げるとと、勝は飾り気のない笑みを浮かべた。その笑みがあまりに自然で、宗二は困惑した。だが、その戸惑いも湧き上がった別の感慨に押し退けられてしまった。

 倉庫に来て以来、初めてここまで純粋に嬉々とした笑顔を見たからだろうか、淀みのない笑顔が、まるで夏の太陽のように煌々と輝いて見えた。

 そして、その眩しさが酷く目にしみた。

 感慨に目を細める宗二を見やり、勝は少し胸を張る。


「ここのことで、まだわからないこと沢山あるでしょ? 僕が教えてあげるよ」

「本当か。それは助かる。じゃあまず――」


 運動の時間が始まるのはまだ先だ。

 それから暫く、美人だけど怒るとめっちゃ怖い看守がいるだとか、本や雑誌を頼めば貸してもらえるだとか、勝は倉庫での生活における様々な話を冗談交じりに語ってくれた。


「ここには風呂なんていう贅沢品はないから、運動の後に外でシャワーを浴びるのが唯一体を洗う機会なんだ。だからその時に髪とかまでちゃんと洗ったほうがいいよ」

「そうなのか」

「うん。もちろんシャワーは男女別だよ? 女の裸見れると思って期待しちゃった?」

「してないよ。あはは」


 空々しい笑い。無意識だった。

 内心では面白いと思ってもいないのに自ずと笑っていた。冗談に興じる気分にはなれないし、何より冗談の主がフォーティスだ。面白いと思えるはずがない。

 しかし――


「無理して笑わなくていいよ。笑わなかったぐらいで怒ったりはしないから」


 やはり、度量が大きい、ように見える。


「そう、か……」


 宗二は嘘つけ、と言いたい気持ちを押し込め、小さな声で答える。

 勝の真意は全く読み取れない。それがはっきりしない限り、彼が何処かの段階でこちらに危険を及ぼす可能性は拭えない。

 フォーティスと仲良くなるというひとまずの目標が達成され、安堵に肩の力を抜きたい気持ちは山々。だが勝は要警戒人物として、これからの動向を見て、付き合い方を慎重に見極めねばなるまい――と、そう考えていた時だった。


「すいませぇん」


 間延びした声が掛けられた。宗二と勝が声の方に振り向くと、そこには身長百六十センチ程しかない小柄のサピエンス男が立っていた。

 病的に白い肌。歳は宗二と変わらないだろう。だが顔は痩せこけていて黒色の髪もボサボサに散らかっている。つなぎのサイズが合っていなくてブカブカに着ているため、体型の詳細なところまではわからないが、露わになっている手は骨と皮のみの枝木ようなそれだった。碌に食事を取っていないだろうことが外見のあらゆるところから窺い知れる。

 彼は不気味にニヤついた顔をおっかなびっくり持ち上げると、勝……ではなく宗二を見上げた。


「僕とも、仲良くしてくれませんかぁ?」

「「え?」」


 彼が尋ねた相手が勝ではなく宗二だったことに、二人共驚きを隠せない。宗二が勝と目を合わせると、勝は嫌そうに顔をしかめて、首を横に振る。

 宗二としても同意見だった。

 サピエンス男からは、村にも何人かいた薬物中毒者を思わせる気配が滲み出ている。

 定まらない焦点、立っているだけでもふらついている足元。精神的にも蝕まれているのか、気味の悪い酔っぱらいのような笑みを浮かべている。

 有り体に言えば、関わらないほうがいい類の人間だ。彼と交流を持ったとて、脱走には何の役にも立たないだろう。

 同じサピエンスとして断るのは申し訳ないが、倉庫から逃げることが最優先事項だ。


「ごめんな。俺達ちょっと忙しくて。じゃあ」

「ちょっと待ってくださいぃ」


 苦し紛れの断り文句は、苦し紛れすぎた。サピエンス男は、手を挙げて足早に踵を返した宗二の腕を掴んで引き留める。


「ちょっと一つ聞かせてくださぁい」


 相変わらず締まりのない声で聞かれるが、宗二は振り返りもせず黙殺する。だが、サピエンス男はそれを了承と受け取った。口調に似合わず彼は緊張しているのか、微かに震える息を吸う。――そして、爆弾を落としていった。



「あなたぁ、両親はもう死んで……ッ!」



 言葉を最後まで言い切る前に、サピエンス男の息が止まった。

 刹那の間に振り返った宗二が、尋常ならざる黒い感情を籠めた目で彼を睥睨したからだ。

 内に孕むものは身を焦がす程熱いのに、向けられた方はその冷たさに、背筋に寒気が駆け抜けるような昏い瞳。サピエンス男は、宗二のその濁った瞳に目を奪われた。目が離せなかった。

 ブルッと震えた。男の小さな肩が、半開き口が、見開いた瞳が震えた。引き攣った喉がヒッと鳴った。

 そのことが、彼の抱いた怯えと、彼に向けられた感情の強さを如実に表している。

 ――投下された爆弾は、宗二の逆鱗を引っ剥がした。サピエンス男は、絶対に踏んではならない場所を見事に踏み抜いた。

 蛇に睨まれた蛙のような構図で動かない二人に、勝が声をかけようとしたのと同時だった。


「おい! 運動始めるぞ」


 職員棟から出てきた職員の男が声を張った。宗二と勝はそちらに振り向く。直後、空間を支配していた緊張は霧散した。

 宗二の視線から逃れたサピエンス男は、全身の力が抜けたようにたたらを踏み、少し離れた位置で無様に尻餅をつくと、水面から顔を出したように大きく息を吸った。そのまま地面に向かって荒い呼吸を繰り返していた。彼は想像以上に張り詰めていたらしい。

 宗二はそれを一瞥してから、勝に向き直る。


「悪い、ちょっと熱くなった」

「そ、そうか……」


 宗二と視線を交わすと、勝は途端に気圧されたように宗二の瞳から目を逸らし、眼鏡の位置を直すふりをする。

 それも仕方がないだろう。感情に呑まれているような、昏く濁った瞳を向けられれば、誰でもたじろがずにはいられまい。

 けれど、宗二は無意識でその目をしていたため、何故そんな反応をされたかわからず眉を上げる。


「どうした。早く行こう」

「う、うん」

「早く集合しろぉ!」


 示し合わせたようなタイミングで降り注ぐ職員の声。宗二は勝から視線を外し、憮然とした面持で職員の方へ向かう。勝は一呼吸付くと、その後を駆け足で追った。

 放置されたサピエンス男は、その後も暫くしゃがんだまま動けなかった。




 一時間ほどサッカーをし、貸出の運動靴を返却して、屋外のシャワーで体を洗ってから倉庫に戻った。勝の言う通り、女の裸は見られなかった。

 ともあれ、倉庫に裸足で踏み入った宗二は、自分の部屋に戻るまでの道中、看守に怪しまれない程度に倉庫の中を観察した。

 倉庫の建物自体は東西に長く、通路もその向きに走っている。通路は三本あり、宗二の部屋が面しているのは最も南の通路だ。

 そこを進みながら、顔は動かさずに高い位置に目線をやる。

 左右に並ぶブースのような形の部屋。その天井よりももっと高い位置にある、倉庫全体の天井付近は、学校の体育館のように鉄骨が入り組んだ構造になっている。

 壁の高い位置に並ぶ窓には、後付ではなく、壁に直接突き刺さっているような、或いは壁から生えているような形で鉄格子が嵌っていた。

 それを見ながら歩いていたら、いつの間にかもう自部屋の前だ。

 自部屋の両隣の部屋をちらっと覗くと、入居者はどちらもフォーティスの男が二人ずつ。通路を挟んで対面の部屋は空部屋。宗二の部屋側から見て、その右隣はフォーティスの女が二人、左隣はフォーティスの男とサピエンスの男が一人ずつ入っている部屋だった。

 左斜め前の部屋が気になりじっくりと見てみると、中にいるサピエンスの小柄な男が、その小さな背中を精一杯伸ばし、壁に向かって座禅を組んでいた。時折手を叩く音が響いてきた。まさかリズムに乗ってる訳ではあるまい。

 きっと、祈っている。

 どれだけ手を伸ばしても届きはしない、ずっと遠くに行ってしまった誰かの安寧を。

 後ろ姿だけで初めは気付かなかったが、すぐにわかった。小さな背中、散らかした髪、何よりその枝木のような手。


 彼は、朝のあのサピエンス男だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ