孤独な王女様、滅びを誘う魔女の結末。
「他人の機微に疎く、自らの行いのみが正しかった。
周りの言うことを聴いて、教科書通りの結果を出せばそれでよかった。
なのに、どうしてみんなは私のことを認めてはくれないのですか?」
真っ黒な夜を思わせるドレスを身にまとい、玉座に座り、長い黒髪をなびかせる彼女は静かに問いただしています。
彼女はとある国の天才王女。また、自らの国を落とした魔女でした。
彼女はとても才能にあふれ、王女としてとても静粛であり、誰もが理想とする完璧な王女様でした。
周りに慕われ、幼いころから遺憾なくその才能を発揮し、国の発展にとても貢献してきました。
彼女が15歳になるころには、王太子を差し置いて、『彼女こそが民を導く王になるべきだ!』と声を挙げて、王もそれに賛同しました。
……けれど、16歳になると、彼女は国民から非難されるようになりました。
曰く――「この国は変わらなければならない。このままでは国が滅んでしまう」と言い出し、誰も彼もに厳しい成果を課すようになるのです。
国のために尽力してきた王女が暴君に成り果てた――誰もがそう思い、けれど彼女の政策は紛れもなく生活を豊かにし、誰もが一定の学力を有し、生活水準は格段に上昇していたのは事実。
そうして誰も逆らうことができず、天才が組み立てた理論を実現すべく、毎日毎日働くこととなり……以前の緩く、平和だった国が恋しくなるものは少なくなかったのでした。
しかしそこで、妹君であらせられる『第二王女』が進言をするのです。
――どうして民を苦しめるのですか? と。
しかし、王女は無慈悲にも、「そのような考えだから、この国は滅ぶのです!」と第二王女を叱責し、王城から出られぬように謹慎処分を言い渡したという。
心優しく民を思う第二王女を慕う者は多く、第二王女の慈悲や施しにより幾度となく救われてわれてきた国民はその行為に怒り、同志を募り革命を引き起こすのです。
貴族の中にも天才王女の政策に不満を持つ者は多く、「これでは平民そのものではないか!」という者や「このままでは民が潰れてしまう」といった思惑を持つ者たちが賛同し、天才王女は国を滅ぼす魔女とされてしまうのでした。
……けれど、天才王女は国に裏切られようとも、まったくもって意に介さず、その手腕を持ってして一部の味方だけで革命軍を諫めてしまうのです。
そのことに恐怖し、抗う者はいなくなった――かに思えたが、第二王女と、その仲間たちで王城内部から天才王女を囲い、追い詰めるのでした。
正確に言えば、天才王女に従う者たちを味方につけ、孤立させることに成功し、
これにより、王女はたった一人となり……今まさに玉座にいる天才王女を追い詰めたのです。
……その場にいるのは、天才王女の他に、第二王女、そして彼女と縁を結んだ者たち。
中には第二王女を好いている者もおり、第二王女の隣に立つ鋭い目つきをした平民の男は騎士のように彼女を支えており、革命軍の中でもかなり慕われている様子です。
「第一王女! これまでの行いの清算をしてもらう!」
そうして舞台は、天才王女の独白に戻り……
「私はこの身を削り、多くの正しいことを為してきました。その私をどうして認めてはくれないのでしょう」
決して言いつけは破らず、誰もが思う理想の姿から外れず、皆が望むことを体現してきたのに何を清算しなければならないのか。
天才王女は理解ができませんでした。
「認めてくれだと? ふざけるな! 誰が認めるものか! 民を虐げ、この国に尽くしてきたものをあっさりと切り捨て、自らが正しいとばかりにふざけた政策ばかりを並べる貴様のどこに認められる要素があるのだ!」
第二王女の隣に立つ平民の男は声を荒げる。
そうだそうだ! 貴様の行いを振り返れ! どうしてここまでされて自分が正しいと思えるんだ!
それに同調し、誰もが彼女を指をさす。
けれど天才王女、いや魔女は――
「普段の行いが周囲の評価に影響するというのなら、どうして正しくあろうとしている私が指を指されるのでしょうか?」
しん、と静かに言葉を返すのみ。
さも間違いなんてありませんと、そんな態度を取っていました。
「ふ、ふざけるな!」
それに反抗するのは、とある貴族の領主。
「貴様ほどの才を以てすれば、これがどれだけ愚かなことか理解できぬはずがないだろう!? 国を支配し、そこまで愚かになったか!」
「はあ……?」
その言葉にため息を漏らし、まるで違う国の言葉でも聞いているかのような反応だった。
天才王女――魔女は言葉を重ねていきます。
「いつも清く正しく、間違えることのない私がほんの少しでも道を外すと、周りがどう思われるでしょう?」
魔女はうんざりした様子で続ける。
「すると途端に周囲は『天才だから調子に乗ってる』だの『少し厳しくしないと』と息抜きの暇すら与えられず」
誰よりもこの場で目立ち、この場にいる全員を黙らせる。
「間違えただけで『もっと頑張りなさい。あなたはできる子なんだから』と重い期待を背負わされて、間違いを認めさせてもくれず、正しさで私を縛り付けようとしてくる」
一人芝居のように自らの境遇を語り、静謐な空間を魔女一人で支配してしまいました。
「過ちを認めてくれる人も、分かち合う人もいない。私には間違いを正すことしか求められない。それが『持てるものの宿命』だと勝手に押し付けてしまうのです」
その言葉に息を詰まらせたのは、後ろのほうに控える彼女の父とその臣下たちだった。
「……分かるかしら? いいえ、分かるはずがないでしょう」
……確かに、その才能に期待するあまり厳しい教育や指導を施したのは事実。
けれど、だからといって、
「いくらなんでも横暴だ……」
誰かが小さく呟きます。
革命軍の誰かでしょう。
静まり返った空間では、よく響きました。
「横暴、ですか。ですが、それはこの国、ひいてはあなた方のためでもあるのですよ?」
その言葉を魔女は逃さない。
なんと言われようとも、自分の正しさは揺るがないと胸を張るのです。
「ならばなぜだ? 民を苦しめることは正しいことなのか?」
第二王女の隣に立つ平民の男は、それが最後の質問であるように尋ねるのでした。
民を苦しめる圧政者は確かに悪でしょう。
それは誰もが思っていることです。
……しかし。
「それが、必要とあらば」
魔女の答えは変わりませんでした。
「っ! 正しい行いをしていると言うのなら、今すぐ民を苦しめるようなことはやめるべきなのに! どうしてそこまで頑ななんだ!」
「それが、正しいことです」
「~~っ!!」
話が通じない、と顔を真っ赤にして領主は後ろに下がると、それに付随して、第二王女が前に出てきました。
「……お姉さま」
「なんでしょう」
「……一年前の、事件を覚えていますでしょうか」
「もちろんです。あなたが無暗やたらに王族の地位を利用し、下町の人間に施しを与えたときのことでしょう。あの時、どれだけ私が苦労したと思っているのです?」
それは天才王女が魔女に堕ちる前の話。
第二王女は苦しむ民を見ていられず、施しを民に与えたのです。
人口の増加に伴って、住むところや働くところもない者が増え、明日の食事に困るものが続出していた。
そこへ王族である第二王女が率先し、騎士や従者を動かして炊き出しを行った。
……けれど、それは。
「貴族が管理すべき民の問題に王族が割り込み、対処していた貴族が責任問題として追い出され、さらに生活が荒れてしまいましたね」
本来、そこを管理する貴族の領主の仕事に割り込むのは問題になる……しかし、それを行ったのが、第二王女であったため、王族を優先し貴族に責任追求し領主の任を解くことで解決させた。
「ですが! 私は間違ったことはしてないと思っているのです!」
「ええ、それは認めましょう」
正しさにこだわる魔女は第二王女の行為をあっさりと認めます。
「ただし、あなたはやり方を過った。もう少し、自分の価値と重要性を理解すべきでしたね」
「……っ」
「密かに、細々とやる分には構いません。ですがあなたは国の騎士を動かし、王族の名前を持ち出した」
淡々と第二王女の問題点を連ねる魔女。次第に第二王女の言葉数が少なくなっていく。
「あなたはもっと、王族としての地位を理解すべきでした」
「ですが!」
「それ以外にも目を配るべきですよ。……あの時、外から流れてきた者が多く、本来なら慎重に見極める必要があったというのに」
身元の確認など、他国の間者でないか確かめる必要があったというのに第二王女は可哀想だからと、ただそれだけで助けてしまった。
そういう事情も相まって、第二王女の行動は問題視されるようになり、王族としての責を問われます。
結果、第二王女はその事件をきっかけに貴族の間からは『平民に媚を売り、自ら権力を手放す愚かな王女』というレッテルを張られ、王族としての地位を失うことになりました。
事実上、王族から追放され、慎ましい生活を強いられることとなるのです。
「私のことなんてどうでもいいのです! 王族として生まれたからにはその身を削り、民に尽くすべきです!」
「愚かですね妹よ。王族であるならその身を第一とし、自らの力を高めるべきです」
「それでは民が救われません!」
「ですから、民を救うために力を求めよと言っているのです」
「――それで、今の民や国がどうなろうとも、ですか?」
「はい。むしろ、このままではいずれ滅ぶでしょう」
それはあなたのせいで――という言葉を第二王女は呑み込みます。
「滅びを回避するためにこのようなことを行ったと?」
「はい。この国の問題は、その意識の低さと見通しの甘さ――そして何より、誰もが使えない木偶の坊であったことです。誰かひとりに責任を押し付け、自分は甘い夢に浸るだけ。そんな国は滅ぶに決まっています」
魔女は語ります。
この国は、いずれ他国に攻め落とされ、ひどい仕打ちを受けるだろう、と。
むしろ他国の侵攻は始まっているのです。
一年前――他国の間者が、浮浪者のふりをして国に潜り込み、心優しい王族をたぶらかしてその権力を利用して国を切り落とそうと画策していること。
そのことに気付かず、国のためだと誰も彼もが愚かなことに時間を費やす。
「ただ、私はそのことに気付き国を守るため、その愚かな行為をやめさせただけ。あなたがたが、民を虐げる王女だ。理性的な王女が乱心したと騒ぎ立てただけのことでしょう」
「……なにを、言って……」
それは、第二王女の行いが国を破滅に導いていると、この場にいる全員を疑っていると言っているようなものでした。
誰もがそんな話、噂でも聞いたことがないも否定しますが……魔女は聞く耳を持ちません。
「そのために下町を燃やしました。苦肉の策でしたね、あれは」
むしろ、自分の行いを正当化する発言をし、苦しい言い訳をしてるかのようです。
そこで、第二王女は言葉を失う。
ここまで――愚かで自己保身に走る姉を見たことがなかった。
いもしない脅威を恐れ、民を犠牲にしたと認めつつ、自分に非はないと理屈づける。
……そうして、第二王女は諦めました。
この魔女を諭すことを。
「お姉さまは、私が騙されたと? ふざけないでください! 私が今まで出会ってきた方々は誰もが必死に生きるばかりで、自分の身を切り詰めてまで優しくしてくださった! お姉さまとは違うのです!」
誰もがその言葉に涙した。
ここまで我々のことを信じ、導いてくれる第二王女にいっそうの信頼を寄せる。
そうして、自らのことばかりを考える愚かな魔女を罵った。
それを愚かだと、魔女は見下すだけ。
「今のいままで過ごしてきましたが、他国からの侵略なんてそんな兆候はありません。結局、お姉さまはありもしないものに怯え、我が身可愛さに国を混乱に貶めただけじゃないですか」
「その通りだ! 他者を思いやる心を忘れた魔女よ!」
そんな魔女に真っ向から否定する第二王女と、隣に立つ平民の男に。
「何を当たり前なことを」
魔女は悪びれることはなかった。
「私は誰もが認める天才で、優秀な存在です。その私が国に尽くせば、それはとても素敵な国になるでしょう。誰もがそれを理解できないです。なにより――」
魔女はそこで初めて、声を荒げた。
「どうして自分のために生きてはいけないのですか? 私ばかりが見知らぬ誰かのために尽力しなければいけないのでしょう? 正しさだけを求められて、自分のことを慰めることすら咎められる人生で……どうして、『みんなのためにその力をお使いください』なんて勝手なことが言えるのかしら?」
魔女は続ける。自らの不満をぶつけるように。
「無神経で無能で、適当で笑って誤魔化して、そのくせ人の痛いところを突くしかできないあなたが周りから愛されているの? 私はこんなにも身を削って、心を押し殺してきたのに!」
第二王女のことを罵り、
「間違っているほうが認められるなんて、間違っている!」
敵対する彼女らを間違いだと切り捨てる。
「困っている人がいれば助けてあげた! 言われたことは全部こなしてきた! 失敗なんて数えたことしかしてこなかった! なのに、どうして誰も私を認めてはくれないのです? 寄って集って、私のことを利用しようとするものばかり。愛してくれる人なんてそれこそいなかった!」
その言葉に誰もが怒りを覚えた。
――誰よりも心に寄り添わなかった貴様が言うな、と。
「誰か、私を認めてください。誰か私を愛してください。……そんなことすら望んではいけないのですか? 『甘えるな』って私のことを叱るの? 寄りかかるくらい、認めさせてくださいな……」
魔女は荒々しい態度から途端に弱々しくなり、泣き出しそうな表情になる。
「傲慢だって、持つものにしか分からない苦労だって、見放すの? 遠ざけないでしっかり見てください!」
そうして一息、間をおいて……
「私のことを誰か見て!」
その独白に、第二王女の隣に立つ平民の男は――
「そうして、最後は自分のことばかりか。愚かな王女」
魔女に剣を突き立てる。
黒いドレスは血にまみれ、長い黒髪が舞い、仰向けに倒れる魔女を誰もが当然の報いだと受け入れた。
……魔女は息も絶え絶えで、けれどニィと唇の端を釣り上げて、
「後悔なさい。この先、この国は地獄に落ちるでしょう。……あなた方の言う魔女が、滅びを誘ったと絶望しなさい」
「そんなことにはさせない。彼女が――あの誰よりも心優しい、王女が治める国は平和にあふれた国になるだろう」
「…………う……き」
最期に小さく呟いたが、その言葉は近くにいた男にしか届かなかった。
――そうして魔女は死に、心優しき王女が王となり国に平和が訪れ――ほどなくして、滅びるのでした。
心優しき王女は最後に「誰も彼もが自分のことばかり。なんて愚かな国なのでしょう」と誰よりも信頼していたみんなからの期待に押しつぶされ、姉の絶望を理解する。
平和になれば誰もが保身と権力に群がり、希望ばかりを連ねて大変なことはすべて自らが慕う希望に投げつけるばかり。
初めは手を取り合い、なんとかしてきた。
けれど、理想を一つ叶えることができなくなるたびに民や貴族は「どういうことだ!」と不満をぶつけてくる。
……姉の偉大さを理解した王女は、自分の無能さを呪いました。
そしてそんな愚かな王女は……
「すまない、第二王女よ。でもこれが仕事なのでな」
誰よりも信頼を置いていた男に裏切られ、捕虜として他国に売られてしまうのでした。
誰も信じることができなくなった第二王女は、荒れ果て、他人を遠ざけ傷つけるようになり……慕うものは離れていきました。
――これは魔女の罰だ。
「この、うそつき」
「ああ。お前の姉も同じことを言っていたよ」
枷をかけられ、連れていかれる中、空を見上げ、姉を思う。
――お姉さま、愚かな王女は私で、国を滅ぼした魔女は私でした。
――魔女は誰よりも賢く、そして人に愛され慕われるけれど、愚かな妹を守ろうとしていた。
愚かな妹は誰よりも深い愛を注ぐ魔女に気付かず、目の前にある綺麗な理想を求め、ドラマチックな恋を追っていた。
――第二王女はかどわかされ、権力を失い他国の間者に利用された。
それを知り、救おうと王女を手元に置き、他国に侵略されながらも気づかない無能な貴族、王族の再教育。指を刺されようと未来のために動いていた。
そして、誰よりも愛していた妹のために、初めて正しくない行いをした。
無垢な民を犠牲にした、他国の間者をあぶりだすための強硬策。
下町を切り捨て、焼いたのだ。
そのお陰で他国は攻めあぐねていた。
なにせ、あの国はお人好しで民を見捨てられない腑抜けた王の国だと侮られていたから。
しかし、周囲からの評価は地に落ち、そして魔女は吹っ切れた。
自分しかこの国を救えないと。
己のみですべてを管理し、他国に備えてきたのに。
妹が敵に回った。
魔女は絶望した。
どうして自分ばかりがと。
……最後の最後まで国を思い、尽くしてきたのに。
もう知らない。
こんな国、滅んでしまえ。
そう望んでしまった。
***
誰よりも優秀で多く者から頼られる姉が羨ましくて憧れていた。
だから私もみんなに慕われる人になりたくて、優しく在ろうとした。
民に施しを与えて、優しくして。
なのに、それは愚かな行いだった。
素性も知れない、ただ話に共感してくれて優しくしてくれた平民の男に恋をして、信じてきた。
ある日、「この国はこのままではよくない。一緒に変えよう」と言われた。
思えば、その言葉は怪しいものだった。
なにせただの平民のはずなのに、戦力を揃え指揮を取り、まるで教育を受けた貴族のような振る舞い。
けれど私は盲目になっていた。
恋をして、彼はとても素晴らしい人だと誇らしく、何一つ持っていなかった私を愛してくれていることがうれしくて。
……とても愚かだ。
誰よりも愛してくれた姉のことに気付きもしなかったのだから。