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短編・中編集(ジャンルいろいろ)

どうしても桜の木で撲殺されたことにしたい

掲載日:2022/05/12

 閑静な住宅街に悲鳴。

 他殺体が発見されたのだ。


 通報によって駆けつける警察官。

 現場の状況から殺人事件と断定。

 早速、捜査が開始される。


 凶器は……傍に落ちていた桜の木。






「いや、おかしいでしょ」


 新米の林が言う。


「桜の木で殴り殺すなんて、どう考えても変ですよ」

「しかし……他に凶器らしいものが落ちてないからなぁ」


 周囲を見渡しながら矢作が言う。


 殺人現場は住宅街の交差点。

 被害者は40代半ばの中年男性。

 彼の傍らには何処からか引っこ抜かれてきた桜の木が落ちていた。


「だから……桜の木が傍に落ちてたからって、

 なんでそれで殴り殺されたことになるんすか。

 絶対におかしいですよ」

「でもなぁ……」

「でもじゃなくて……はぁ」


 どうしても桜の木を凶器としたい矢作。

 林は呆れながらため息をつく。


「じゃぁ……聞きますけど。

 どうやってこの桜の木で被害者を殴り殺したんです?」

「それは……何処からか引っこ抜いて……」

「桜の木を引っこ抜いて?!

 考えられませんよ!

 そもそもどうやって引っこ抜くんですか?!」

「気合で頑張る」

「頑張っても無理ですよ!

 人力じゃ無理ですから!」

「人力じゃ……無理……か。なるほど」


 矢作、何かに気づく。


「そうか……分かったぞ。

 犯人は建設関係の人間だ。

 きっと重機か何かで桜の木を引っこ抜いて、

 そのまま被害者を桜の木で……」

「僕が犯人ならそのまま重機でひき殺しますよ!

 なんでそんな手間をかけて殺さないといけないんですか!」

「操作をかく乱するためだ、きっと」

「他にも方法なんていくらでもあるでしょうが!」


 矢作は桜の木を凶器とすることにこだわり続ける。

 そんな彼に林はいら立ちを隠せない。


「重機を使って桜の木を振り回したとして、

 どうやって被害者にぶつけるんですか?!

 すぐに逃げられちゃうと思いますけど⁉」

「ううむ……困ったな」

「でしょうね! 困りましたね!」

「そうだ、ひらめいたぞ!

 犯人はクレーンで桜の木を持ち上げて、

 被害者に向けて落としたんだ!」

「よけい難易度上がってますよ!」


 次々と矢作が建てた仮説を否定する林。


「じゃぁ、どうやって殺したんだ!」

「普通に鈍器か何かで殴ったんじゃないでしょうか」

「それだとつまらんだろう」

「面白いかどうかの問題ですか?」


 どうやら矢作はどうしても桜の木で殺されたことにしたいらしい。

 いったい何故なのか。


「それにしても……この被害者。

 香ばしい匂いがするなぁ」


 クンクンと被害者の身体の匂いを嗅ぐ矢作。


「血の匂いが良い匂いですか?」

「いや、なにかおいしそうな匂いがする」

「うへぇ……マジですか」


 「おいしそう」なんて単語が殺人現場で思い浮かぶだろうか、普通。

 林は彼がサイコパスなのではと疑い始めている。


「あの……もしかしたら。

 この事件と桜は全くの無関係なのでは?」

「どうしてそう思う?」

「だって、桜をここまで運んできたのなら、

 絶対誰かが目撃しているはずです。

 道路沿いの監視カメラをチェックすれば、

 輸送したトラックの特定も難しくないでしょう。

 つまり……」

「…………」

「被害者を殺害するために桜を利用するメリットがない。

 わざわざ自分が犯人であると宣伝するようなものです。

 本件と桜は全くの無関係と考えるのが妥当でしょう」


 矢作はすっかり口を紡ぐ。

 反論の言葉が思い浮かばないらしい。


「じゃぁ……なんでここに桜が?」

「それは……」


 そもそも住宅街のどまんなかに桜の木を放置するのはなぜなのか。

 その理由が分からない。


「分かったぞ。

 犯人は操作をかく乱するために桜を用意したんだ」


 矢作が言う。


「どういうことですか?」

「あらかじめ桜の木をここへ運んでくるよう手配しておき、

 被害者を呼び出してここで殺害した。

 そうすれば、あたかも桜の木で殺害したかのように装える」

「いや……そんな風に思うのは矢作さんだけですよ」


 呆れ気味に林が言う。


「でも……確かに。

 桜の木を捜査かく乱のために用いるのは、

 考えられなくもないですね」

「ああ、桜の木の出所を追ったところで、

 犯人の特定につながるとは限らない。

 慎重になった方がいいだろう」

「…………」


 あれだけ桜の木を凶器にしたがっていた矢作の言葉には、説得力が皆無である。





 後日。

 被害者の死因は頭部打撲と判明した。

 皮膚からは桜の木の破片が見つかったという。


 また、交差点に放置されていた桜の木の幹からは、被害者の血液が採取された。


「ほら、俺の言った通り。

 桜の木が凶器だったじゃないか」


 デスクでふんぞり返った矢作が勝ち誇ったように言う。


「いや……おかしいですよ。

 桜の木で殴って殺すなんて……」

「殴ったんじゃなくて、突き飛ばして頭をぶつけさせたんだろう。

 よくあるだろ、二時間ドラマとかで」

「あの手のドラマって、

 決まったように後頭部をぶつけて死にますよね」


 そんなことはどうでもいい。


「でも……納得いかないなぁ」

「諦めが悪いな、お前も」

「いや、だっておかしいでしょう。

 桜の木をわざわざ用意して、それで殺すなんて……」

「だからそれは捜査かく乱のためだって言っただろ」


 林は納得がいかない。

 わざわざ頭部をぶつけさせて殺すなんて無理がある。

 被害者だって抵抗するだろうし、簡単にはいかないはずだ。


 それに……被害者の衣服には乱れがなかった。

 抵抗する相手の頭部を無理やり桜の木に打ち付けようとしたら、激しくもみ合いになるはずだ。

 背後から殴りつけることもできない。


「もしかしたら……犯人は桜の木ではなく、

 別の桜の木でこん棒のようなものを作って、

 それで殴り殺したのかもしれませんね」

「……なんだと?」


 矢作は眉を顰める。


「桜の木で被害者を殺害した後、

 犯行現場へ遺体を運んで桜の木に後頭部をぶつけ、

 その場で死んだように偽装したんじゃないでしょうか」

「なるほど……あり得るかもしれんな」

「凶器の桜は燃やしてしまえば証拠隠滅できますし、

 死体を運ぶだけならそう難しくないでしょう」

「つまり、犯行現場は別ってことか」

「そう考えればしっくりきます」


 矢作はやれやれと言った様子で立ち上がる。


「それなら、本当の犯行現場を見つけないといけないな。

 死体を運ぶにしても遠方からだと難しいだろう。

 真の犯行現場は割と近い場所かもしれない」

「もしかしたら、あの住宅街にある家かもしれませんね」

「被害者の身元も判明しているし、

 解決に時間はかからないかもな。

 そうと決まればさっそく聞き込みだ!」


 意気揚々と駆け出していく矢作。

 林はやれやれと言った様子で後に続く。





 それから数日後。

 あっさりと犯人が判明した。


 やはり二人の見立て通り、近所に住む者の犯行だった。

 被害者を自宅へ呼び出して桜の木で殴り殺し、死体発見現場へと運んだのだという。


 桜の木は業者を騙して運ばせたらしい。

 交差点で受け取るふりをして、そのままその場に放置。

 業者に罪を擦り付けるつもりだったようだ。


「なんとも浅はかな犯行でしたね」

「ああ……ばかばかしいにもほどがある」


 矢作の言葉に、林は心の中で「ばかばかしいのはアンタの脳みそだよ」とつぶやいた。


「それにしても……何で桜の木を凶器に選んだんでしょう?」

「犯人は自宅で燻製を作る趣味があったようだ。

 桜チップを作るための材料として自宅に保管しておいたらしい」

「ああ……なるほど」


 矢作の言うおいしそうな匂いというのは、どうやら燻製の匂いだったらしい。


「犯人はよく自宅に被害者を招いて、

 手作りの燻製料理をふるまっていたらしい。

 犯行当日はしこたま酒を飲ませて、

 被害者が抵抗できなくしていたようだ」

「かなり計画的ですね……動機は?」

「それはこれから直接聞く」


 犯人の身柄は確保したが、事件の詳細についてはこれから聞き出すらしい。


「そう言えば、どうして犯人は犯行を認めたんです?

 血液反応が見つかったのも、

 身柄を確保して自宅を捜索してからですよね?」

「ああ……それはな」


 矢作がにやりと笑う。


「俺が直接会いに行って事件の話をしたんだ。

 あの事件の凶器は現場にあった桜の木で間違いないってな。

 そしたら、すっかり警戒心を解いて、

 饒舌にあれこれと話し出したんだ」

「何をです?」

「『桜の木に偶然頭をぶつけたんじゃないですか』ってな。

 そんな偶然あってたまるかよ」


 それをアンタが言うのかと林は心の中で突っ込む。


「んで、俺は素直に話を聞くふりをして、

 当日のこととか色々と探りを入れたんだ。

 そしたら被害者を自宅に招いたと認めたんで、

 詳細を詰めていくうちにどんどん矛盾し始めてな。

 最終的に自分から犯行を認めたよ」

「あっさり過ぎません⁉」

「バカが、かなり粘ったんだぞ。

 丸一日居座ったからな」

「うわぁ……」


 矢作の大胆な行動に言葉を失う林。

 決してマネできない芸当だ。


「というわけで一件落着だ」

「はぁ……良かったですね」


 林はうんざりした様子で肩を落とし、ため息をつく。





 こうして奇妙な事件は見事解決。


 少しして『電線に逆さづりにされた他殺体』が発見されるのだが、これはまた別のお話。

 二人の活躍にご期待ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 馬鹿馬鹿しいけど、ちゃんと正統的な推理ミステリーで、楽しませて貰いました 犯人を追いつめる下りが良かったです。
[良い点] 刑事コロンボのように、口車で犯人を追い詰めたんですね。 [一言] 今回の企画の他の方で小説で桜の木の燻製ネタがあったので、まさかのクロスオーバー?かと思いました。
[良い点] 二人の軽妙なやり取りが読んでいて面白かったです! なんだかんだで解決してしまう矢作さんがすごい!
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