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短編・中編集(ジャンルいろいろ)

どうしても桜の木で撲殺されたことにしたい

 閑静な住宅街に悲鳴。

 他殺体が発見されたのだ。


 通報によって駆けつける警察官。

 現場の状況から殺人事件と断定。

 早速、捜査が開始される。


 凶器は……傍に落ちていた桜の木。






「いや、おかしいでしょ」


 新米の林が言う。


「桜の木で殴り殺すなんて、どう考えても変ですよ」

「しかし……他に凶器らしいものが落ちてないからなぁ」


 周囲を見渡しながら矢作が言う。


 殺人現場は住宅街の交差点。

 被害者は40代半ばの中年男性。

 彼の傍らには何処からか引っこ抜かれてきた桜の木が落ちていた。


「だから……桜の木が傍に落ちてたからって、

 なんでそれで殴り殺されたことになるんすか。

 絶対におかしいですよ」

「でもなぁ……」

「でもじゃなくて……はぁ」


 どうしても桜の木を凶器としたい矢作。

 林は呆れながらため息をつく。


「じゃぁ……聞きますけど。

 どうやってこの桜の木で被害者を殴り殺したんです?」

「それは……何処からか引っこ抜いて……」

「桜の木を引っこ抜いて?!

 考えられませんよ!

 そもそもどうやって引っこ抜くんですか?!」

「気合で頑張る」

「頑張っても無理ですよ!

 人力じゃ無理ですから!」

「人力じゃ……無理……か。なるほど」


 矢作、何かに気づく。


「そうか……分かったぞ。

 犯人は建設関係の人間だ。

 きっと重機か何かで桜の木を引っこ抜いて、

 そのまま被害者を桜の木で……」

「僕が犯人ならそのまま重機でひき殺しますよ!

 なんでそんな手間をかけて殺さないといけないんですか!」

「操作をかく乱するためだ、きっと」

「他にも方法なんていくらでもあるでしょうが!」


 矢作は桜の木を凶器とすることにこだわり続ける。

 そんな彼に林はいら立ちを隠せない。


「重機を使って桜の木を振り回したとして、

 どうやって被害者にぶつけるんですか?!

 すぐに逃げられちゃうと思いますけど⁉」

「ううむ……困ったな」

「でしょうね! 困りましたね!」

「そうだ、ひらめいたぞ!

 犯人はクレーンで桜の木を持ち上げて、

 被害者に向けて落としたんだ!」

「よけい難易度上がってますよ!」


 次々と矢作が建てた仮説を否定する林。


「じゃぁ、どうやって殺したんだ!」

「普通に鈍器か何かで殴ったんじゃないでしょうか」

「それだとつまらんだろう」

「面白いかどうかの問題ですか?」


 どうやら矢作はどうしても桜の木で殺されたことにしたいらしい。

 いったい何故なのか。


「それにしても……この被害者。

 香ばしい匂いがするなぁ」


 クンクンと被害者の身体の匂いを嗅ぐ矢作。


「血の匂いが良い匂いですか?」

「いや、なにかおいしそうな匂いがする」

「うへぇ……マジですか」


 「おいしそう」なんて単語が殺人現場で思い浮かぶだろうか、普通。

 林は彼がサイコパスなのではと疑い始めている。


「あの……もしかしたら。

 この事件と桜は全くの無関係なのでは?」

「どうしてそう思う?」

「だって、桜をここまで運んできたのなら、

 絶対誰かが目撃しているはずです。

 道路沿いの監視カメラをチェックすれば、

 輸送したトラックの特定も難しくないでしょう。

 つまり……」

「…………」

「被害者を殺害するために桜を利用するメリットがない。

 わざわざ自分が犯人であると宣伝するようなものです。

 本件と桜は全くの無関係と考えるのが妥当でしょう」


 矢作はすっかり口を紡ぐ。

 反論の言葉が思い浮かばないらしい。


「じゃぁ……なんでここに桜が?」

「それは……」


 そもそも住宅街のどまんなかに桜の木を放置するのはなぜなのか。

 その理由が分からない。


「分かったぞ。

 犯人は操作をかく乱するために桜を用意したんだ」


 矢作が言う。


「どういうことですか?」

「あらかじめ桜の木をここへ運んでくるよう手配しておき、

 被害者を呼び出してここで殺害した。

 そうすれば、あたかも桜の木で殺害したかのように装える」

「いや……そんな風に思うのは矢作さんだけですよ」


 呆れ気味に林が言う。


「でも……確かに。

 桜の木を捜査かく乱のために用いるのは、

 考えられなくもないですね」

「ああ、桜の木の出所を追ったところで、

 犯人の特定につながるとは限らない。

 慎重になった方がいいだろう」

「…………」


 あれだけ桜の木を凶器にしたがっていた矢作の言葉には、説得力が皆無である。





 後日。

 被害者の死因は頭部打撲と判明した。

 皮膚からは桜の木の破片が見つかったという。


 また、交差点に放置されていた桜の木の幹からは、被害者の血液が採取された。


「ほら、俺の言った通り。

 桜の木が凶器だったじゃないか」


 デスクでふんぞり返った矢作が勝ち誇ったように言う。


「いや……おかしいですよ。

 桜の木で殴って殺すなんて……」

「殴ったんじゃなくて、突き飛ばして頭をぶつけさせたんだろう。

 よくあるだろ、二時間ドラマとかで」

「あの手のドラマって、

 決まったように後頭部をぶつけて死にますよね」


 そんなことはどうでもいい。


「でも……納得いかないなぁ」

「諦めが悪いな、お前も」

「いや、だっておかしいでしょう。

 桜の木をわざわざ用意して、それで殺すなんて……」

「だからそれは捜査かく乱のためだって言っただろ」


 林は納得がいかない。

 わざわざ頭部をぶつけさせて殺すなんて無理がある。

 被害者だって抵抗するだろうし、簡単にはいかないはずだ。


 それに……被害者の衣服には乱れがなかった。

 抵抗する相手の頭部を無理やり桜の木に打ち付けようとしたら、激しくもみ合いになるはずだ。

 背後から殴りつけることもできない。


「もしかしたら……犯人は桜の木ではなく、

 別の桜の木でこん棒のようなものを作って、

 それで殴り殺したのかもしれませんね」

「……なんだと?」


 矢作は眉を顰める。


「桜の木で被害者を殺害した後、

 犯行現場へ遺体を運んで桜の木に後頭部をぶつけ、

 その場で死んだように偽装したんじゃないでしょうか」

「なるほど……あり得るかもしれんな」

「凶器の桜は燃やしてしまえば証拠隠滅できますし、

 死体を運ぶだけならそう難しくないでしょう」

「つまり、犯行現場は別ってことか」

「そう考えればしっくりきます」


 矢作はやれやれと言った様子で立ち上がる。


「それなら、本当の犯行現場を見つけないといけないな。

 死体を運ぶにしても遠方からだと難しいだろう。

 真の犯行現場は割と近い場所かもしれない」

「もしかしたら、あの住宅街にある家かもしれませんね」

「被害者の身元も判明しているし、

 解決に時間はかからないかもな。

 そうと決まればさっそく聞き込みだ!」


 意気揚々と駆け出していく矢作。

 林はやれやれと言った様子で後に続く。





 それから数日後。

 あっさりと犯人が判明した。


 やはり二人の見立て通り、近所に住む者の犯行だった。

 被害者を自宅へ呼び出して桜の木で殴り殺し、死体発見現場へと運んだのだという。


 桜の木は業者を騙して運ばせたらしい。

 交差点で受け取るふりをして、そのままその場に放置。

 業者に罪を擦り付けるつもりだったようだ。


「なんとも浅はかな犯行でしたね」

「ああ……ばかばかしいにもほどがある」


 矢作の言葉に、林は心の中で「ばかばかしいのはアンタの脳みそだよ」とつぶやいた。


「それにしても……何で桜の木を凶器に選んだんでしょう?」

「犯人は自宅で燻製を作る趣味があったようだ。

 桜チップを作るための材料として自宅に保管しておいたらしい」

「ああ……なるほど」


 矢作の言うおいしそうな匂いというのは、どうやら燻製の匂いだったらしい。


「犯人はよく自宅に被害者を招いて、

 手作りの燻製料理をふるまっていたらしい。

 犯行当日はしこたま酒を飲ませて、

 被害者が抵抗できなくしていたようだ」

「かなり計画的ですね……動機は?」

「それはこれから直接聞く」


 犯人の身柄は確保したが、事件の詳細についてはこれから聞き出すらしい。


「そう言えば、どうして犯人は犯行を認めたんです?

 血液反応が見つかったのも、

 身柄を確保して自宅を捜索してからですよね?」

「ああ……それはな」


 矢作がにやりと笑う。


「俺が直接会いに行って事件の話をしたんだ。

 あの事件の凶器は現場にあった桜の木で間違いないってな。

 そしたら、すっかり警戒心を解いて、

 饒舌にあれこれと話し出したんだ」

「何をです?」

「『桜の木に偶然頭をぶつけたんじゃないですか』ってな。

 そんな偶然あってたまるかよ」


 それをアンタが言うのかと林は心の中で突っ込む。


「んで、俺は素直に話を聞くふりをして、

 当日のこととか色々と探りを入れたんだ。

 そしたら被害者を自宅に招いたと認めたんで、

 詳細を詰めていくうちにどんどん矛盾し始めてな。

 最終的に自分から犯行を認めたよ」

「あっさり過ぎません⁉」

「バカが、かなり粘ったんだぞ。

 丸一日居座ったからな」

「うわぁ……」


 矢作の大胆な行動に言葉を失う林。

 決してマネできない芸当だ。


「というわけで一件落着だ」

「はぁ……良かったですね」


 林はうんざりした様子で肩を落とし、ため息をつく。





 こうして奇妙な事件は見事解決。


 少しして『電線に逆さづりにされた他殺体』が発見されるのだが、これはまた別のお話。

 二人の活躍にご期待ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 馬鹿馬鹿しいけど、ちゃんと正統的な推理ミステリーで、楽しませて貰いました 犯人を追いつめる下りが良かったです。
[良い点] 刑事コロンボのように、口車で犯人を追い詰めたんですね。 [一言] 今回の企画の他の方で小説で桜の木の燻製ネタがあったので、まさかのクロスオーバー?かと思いました。
[良い点] 二人の軽妙なやり取りが読んでいて面白かったです! なんだかんだで解決してしまう矢作さんがすごい!
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