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8.魔道具屋さん

 クレアの経営する魔道具屋は彼女一人で切り盛りしている店だと道すがらアクセルがチハルに語る。

 そのせいか、店はこじんまりとしていた。といっても、店内は所せましと魔道具が置かれているにも関わらず、雑然とした感じはしない。

 むしろ商品が見やすく手に取りやすいようになっている。

 これは、高さを上手く使っていることと、大きい魔道具と小さな魔道具を巧みに配置しているクレアの手腕によるところだ。

 吊り下げられたシャンデリアとカウンターに置かれたランプもいい雰囲気を出してる。


「いらっしゃい。あら、アクセル。チハルちゃんも」


 一方で良く通る声でチハルたちを迎え入れた店主クレアは黒い帽子を被った魔女……というわけではなく、クリーム色のエプロンを腰に巻いた朗らかな女性だった。

 30過ぎくらいの女性であるのだが、年齢より若く見える。

 明るい茶色の髪をした人懐っこい女性というのが他の人から見た感想らしい。

 

「ただいま」

「おじゃまします」

「くあ」


 お辞儀をするチハルに合わせ、カラスも嘴を上にあげてから下げる。


「ちょっと待っててね」


 パタパタとクレアが店の入り口扉まで移動して、ぶら下がっている木札をひっくり返す。

 ひっくり返した木札には「少し留守にします」と書かれていた。

 カウンターまで戻って来た彼女はチハルに目くばせし、カウンター奥にある扉を開ける。

 奥の部屋は休憩室となっていて、クレアが二人に紅茶とクッキーを用意してくれた。

 

「ミルクとハチミツは好きに使ってね」

「うん!」


 アクセルが紅茶にミルクとハチミツを入れる動きを真似するチハル。

 余程目を凝らして注視していたのか、彼の動きと彼女の動きはそっくりだった。


「チハルちゃん、ありがとうね。これがお礼よ」


 クレアは小さな袋を二つ、ぽすんと机の上に置く。

 一つはお金。もう一つはクッキーが入っていた。

 

「クッキーも。ありがとう、クレアさん」

「それはアクセルと仲良くしてくれたお礼よ。この子ったら」

「変なこと言うなよ。母ちゃん!」


 うふふと笑うクレアにアクセルが割って入る。

 ぶすっと唇を尖らせる彼だったが、チハルと目が合うとガリガリと頭をかいてそっぽを向いてしまった。

 そんな息子の様子に「あらあら」と口にしながら立ち上がったクレアは、鮮やかな青色の輝きを放つ石がはめ込まれたブローチを持ってもどってくる。

 このブローチは彼女が落としてしまい、チハルとアクセルが協力して拾ってきたものだ。

 光の角度によって輝きを変える石はラブラトライトによく似ている。もっとも、見た目だけという注釈が付く。

 チハルはぱあと顔を輝かせて、この石の名を口にする。

 

「魔晶石」

「そうよ。チハルちゃん、知っていたのね」

「うん! とても大事な物だよ」

「そうね。私にとっては希少な宝石より興味深いものよ。チハルちゃんも?」


 こくこくと頷くチハルにクレアが目を細める。柔らかな彼女の表情は慈母のようだった。

 二人だけ分かった風に会話をしていたことが気に入らなかったのか、アクセルがすかさず口を挟む。

 

「母ちゃん、魔晶石ってただの石だろ。綺麗は綺麗だけどラブラトライトの方が安いし、大きいものもあるんじゃないのか?」

「ただの石じゃないわ。魔石のことは分かる? アクセル?」

「もちろん! 俺だって魔道具屋の息子だぜ。魔道具を動かす時に使う奴だろ」

「そうね。じゃあ、質問よ。アクセル。魔道具を動かすにはどうしたらいいでしょうか?」

「へへ。任せろ。ちゃんと覚えてるぜ。自分の魔力を流すか、魔石の中にある魔力を使うんだろ?」

「正解、よくできました。クッキーを一つ、進呈」


 「はい」とクレアがアクセルの口の中にクッキーを突っ込んだ。

 魔石はその名の通り、魔力を含んだ石である。魔力を取り出すには特殊な技術が必要で、その仕組みを上手く利用し固定化したのが魔道具だ。

 この街(ザパン)では魔石が豊富に取れる。最大の供給源は大迷宮からだ。

 大迷宮のモンスターを倒すと魔石を落とす。そんな事情があり、迷宮都市ザパンは魔石の一大供給地で魔石を売ることによって潤っている。


 二人の話を聞いていたチハルは「ん?」と合点がいっていない様子。


「魔石?」

「チハルちゃんも何度も見たことがあるんじゃないかしら。赤とか青色の石」


 クレアが赤色の魔石を一つ手に取り、チハルの前に置く。

 チハルも「分かった」と両手をあげ、にこおっと微笑む。


「知ってるよ」

「でしょ。これが魔道具に使われるのよ。人によっては握って自分の魔力を回復させたりもできるのよ」

「おー」

「紅茶をもう一杯いかがかしら? アクセルがまだチハルちゃんとお話したいみたいよ」

「そうじゃねえ!」


 と叫んだアクセルだったが大きく口を開いていたことが災いした。クレアがもう一つクッキーを彼の口にぽいっと投げ入れてしまったからだ。

 むせるアクセルは紅茶をゴクゴクと飲み、大きく息を吐く。

 

「魔晶石のことかしら?」

「そうだよ! 魔晶石のことを聞いたら、魔石の話になっていたんだろ」

「魔晶石はね。魔力なの」

「魔石ってこと?」

「違うわ。石に魔力が入ったものが魔石。魔力そのものが結晶化したのが魔晶石よ」

「でもそれって、魔力を取り出して使える、ことは変わらないよな?」 

「ううん。魔晶石から魔力を取り出すことはできないわ。魔晶石はぎゅうううっとぎゅうううっとひたすらぎゅううっと魔力を圧縮して固まったものなの。どこをどうやったら目に見えない魔力がこんな塊になるのか一切不明。作り出すことなんてとてもできないわ」

「うーん。俺にはまだよくわからねえや」

「ふふ。そのうち分かるわよ」


 母子の会話をクッキーを食べながら静かに聞いているチハル。

 ずっと黙っていたので忘れられているかもしれないと考えたのか、ここにきてカラスが初めて「くああ」とやる気なく鳴いた。


『魔晶石なあ……』

「いっぱい、集めよう」

『魔晶石はなあ……』

「いっぱい!」

『……一個でも難儀するってのに、全くチハルは」

 

 カラスが言い切る前にチハルが発言する。

 チハルは魔晶石が集まった未来の姿を想像し、ごぼれ落ちんばかりに頬を緩めた。

 あれも、ううん、あっちから、でも、こっちもいいな。

 彼女の頭の中でいろんな「楽しいこと」が駆け巡る。

 

「ごめんなさいね。せっかくチハルちゃんが来ているというのにアクセルとばかり会話しちゃって」

「ううん。魔晶石は楽しいもの!」

「チハルちゃん、魔晶石が好きなの?」

「うん。綺麗だよ」


「そうね。とっても」


 そんなこんなで魔道具屋の小さなお茶会は終わりを告げたのだった。

 チハルといえば、「魔晶石を集めるぞー」と気合が入っていたそうな。

 

 クレアの魔道具屋を出たチハルは真っ直ぐ探索者ギルドに向かった。

 彼女が到着した時には既に魔法のリンゴは完売して、彼女は受付嬢にお礼を言って回ったという。


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