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22.無事でよかったね

 ずぶ濡れの子供二人が地下に繋がる小さな穴から出てきたことで、道を歩く人たちは彼らに何事かとすぐに声をかけ人だかりができる。

 事件の香りしかしない状況に警備兵が駆け付け、事情を聞く前に彼らに毛布を被せた。

 その後、彼らに暖かい白湯を振る舞った警備兵の一人が二人に名前を尋ねる。

 

「ローラン」

「チハルです!」


 警備兵は「ローラン……」と少年の方の名を呟き、仲間の警備兵に何やら耳打ちした。


「ローラン。そいつはベルメールさんところのローランくんじゃないか?」

「やっぱりそうか! よく無事で。よかった。すぐにベルメールさんに連絡してもらえるか。俺は彼らを暖かい場所に連れて行く」


 コクコクと頷き合う警備兵らはそれぞれの役割をこなすことにした様子。


「ローランくん、お友達のチハルちゃんもすぐに着替えた方がいい。おじさんについて来てもらえるか?」

「うん!」


 ローランは無言で頷き、チハルはいつものように元気よく返事をする。

 近くにある警備兵の詰め所に連れていってもらった二人はそこで子供用の服を与えられ、一息つく。

 チハルの体調は全く持って正常だったが、ローランはそうではなかった。

 彼は濡れたままの服で一昼夜そのままだったこともあり、体が冷え切り、微熱もある。もし、もう一回夜を過ごしていたら命の危機に見舞われていたかもしれない、と警備兵が言っていた。


「ローランくん、もうすぐお父さんとお母さんが来てくれる。それまでここで待っててくれるかな?」

「うん」


 ローランはホットミルクにふーふーと息を吹きかけながら頷く。

 柔らかな表情を浮かべたまま、警備兵はチハルへ向き直る。子供に対する対応になれているのか、目線を彼女に合わせてから口を開いた。

 

「チハルちゃんは何ともないのかな?」

「うん。わたしはローランくんを探しに行っていたの」

「君が!?」

「クラーロがね、依頼書を持ってきてくれたんだよ」

「クラーロさん? 君の親御さんかな? 無茶なお願いを……」

「違うよ。クラーロはクラーロだよ」


 彼女についてきたカラスの嘴をちょんと指先で触れる。

 これには警備兵も呆気にとられたらしく、素の顔に戻ってしまった。

 

「チハルちゃんの使い魔なのかな?」

「ううん。クラーロはわたしのおともだちだよ」

「そうだったんだね。チハルちゃんもローランくん捜索依頼を受けてくれて、君が彼を連れ帰ってくれたわけか」

「ローランくんは地下にいたんだよ。わたしとビバくんとクラーロの三人で探したの」

「ローランくんが無事でよかった。君のおかげだよ!」

「クラーロとビバくんも、だよ」

「カラスくんとここにはいないビバくんにも感謝を」


 「こんな子供が」と疑うどころか、素直にチハルを労う警備兵に対し、彼女は笑顔で「うん」と返す。

 ずずずとチハルもホットミルクに口をつけていたら、俄かに外が騒がしくなってきた。

 

 すると、30代前半くらいの男女が息を切らせて詰め所に飛び込んでくる。


「ローラン!」

「パパ、ママ!」

 

 どうやら二人はローランの両親だったらしい。

 ローランがダダダっと母親の胸に飛び込んだ。彼の母親はぎゅっと彼を抱きしめ、「無事でよかった」と何度も口にする。

 父親の方は深々と警備兵に礼をし、続いてチハルの元にしゃがみ込む。

 

「ありがとう。チハルさん。あなたが息子を助け出してくれたと聞いています」

「えへへ。ワタシには頼らず、わたしとビバくんとクラーロで探したんだよ」

「報酬はすぐにでもお支払いさせていただきます! それと、チハルさんの服が汚れてしまったとか」

「ローランくんもだよ」

「チハルさんはどこまでも優しい人なんですね。自分の服よりローランの心配を……う、うう」


 ローランの父親は感激で涙を浮かべる。

 きょとんとするチハルに対し、彼は「すいません」と一言述べた後に言葉を続けた。

 

「汚れてしまった服の代わりにはなりませんが、是非、私の妻にチハルさんの服を仕立てさせていただけませんか?」

「うん?」

「私と妻はちょっとしたテイラーショップを営んでおりまして。よろしければ迎えを出させて頂けませんか?」

「お迎え?」

「はい。お店の場所が少し入り組んだところにありますので、案内させて頂きたく思ってます」

「ん。ギルドでいいかな?」

「探索者ギルドでしょうか。もちろんです」

「うん!」


 服を作ってくれるって。どんな服なのかな。

 自然とチハルの顔が綻ぶ。

 ザパンの街に来てから彼女は一着も服を購入したことがない。

 購入しようと思えば購入できるだけのお金は持っていたが、彼女は洗い替え用の服を含めて所持していたので新しく服を買うという発想がなかった。

 足りているのだから必要ない。彼女の考えは非常にシンプルである。

 年頃の女の子なら、おしゃれをしたいと思うところなのだが、チハルにその発想はなかった。

 

 でも、汚れた服も洗えば綺麗になるよね? 新しい服を作ってもらったら、一つ余っちゃう。

 どうしたらいいんだろう?

 疑問が浮かんだチハルだったが、「あ」といい事を思いつく。

 アマンダさんに聞いてみよう。アマンダさんならきっとこんな時どうすればいいのか知っていそう!

 「うんうん」と心の中で頷いたチハルであった。

 

「チハルさん。こちらが報酬になります。受け取ってください」


 チハルの一人百面相が終わる頃、ローランと抱擁を交わした彼の父親から小袋が置かれる。

 ズシリと重いその袋は依頼書に書かれていた額より多いように思われた。

 

「私たちの気持ちです」

「ありがとうございます!」


 しゅたっと立ち上がったチハルはペコリとお辞儀をする。

 両親と会い、ローラン少年も落ち着きを取り戻したらしく、ようやく笑顔を見せた。

 彼はチハルに握手を求め、「ありがとう」「ありがとう」と何度か繰り返し、深々と頭を下げる。

 

 

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