女騎士が地下牢にいるらしい
私の部屋に飛び込んできた魔王様は、その勢いのままベッドに飛び込んだ。角度も調節せずに走り込んだせいでベッドの柱に激突するかと思いきや、負けたのは柱の方だった。さすが魔王様、最強の存在だ。さようなら、私の快眠。
「世蓮、葉っぱなんか煮詰めて何してるんだ?」
今までキッチンを借りていたのだが、恐竜の尾で縄跳びしながら後ろから飛んでくる肉片と包丁を避け調理するのはさすがに体力を消耗するので、私の部屋にキッチンを増築してもらった。よく物語の序盤でで虐殺されているゴブリン達がトンテンカンテンと大工に励む様は、私の心を抉ってきた。
「私の部屋に突然ダージリンの茶葉が出現したので、紅茶を入れているんですよ」
「世蓮、拾い食いは危ないぞ……。」
「爆発するデンジャラスなクッキングよりは安全ですよ」
紅茶が入ったので、私は自分の分を注ぐ。ドン引きしている魔王様に差し出しても、更に引かれるだけだろう。
「世蓮、もっとコップの近くから注いだ方が跳ねないぞ」
「私技術だけはありますので、たとえ300m上空からでも一滴も跳ねさせませんよ」
「……どうしてそんなに高いところから注ぎたがるんだ?」
「紅茶とオリーブオイルは注がれる位置が高ければ高いほど美味しいんですよ」
これは、警察や天下のキッチンでも推奨している(していた)やり方だ。
「嘘だ……」
先程から私への不信が募っているらしい魔王様は、しょんぼりとしてベッドに顔を埋めてしまった。
気を取り直したのか、魔王様が起き上がってベッドに腰をかけ直す。
「世蓮がその拾い枯葉煮出し汁を飲み終わったら、地下牢を案内するな」
「魔王様、これは紅茶にございます」
「だから、早く紅茶を飲むんだ世蓮」
「魔王様、ルビがぱっつんぱっつんです」
魔王に紅茶を読ませることは諦めて、命令通り一気に飲み干す。品はないが、執事なので許されている。
この前のように魔王様に手を引かれて、私は地下牢にやってきた。地下牢に続く階段には二人の門番がいて、人間だからか過剰な程に心配された。確かに、城内からより暗くなる階段は不気味さがあった。しかし、私は執事として光が一切なくても音の反響で物の位置がわかるので、一切問題はない。
「ここが地下牢だ」
地下牢にはその名の通り牢獄が連なっていて、中には拘束するための鎖が垂れ下がっている。映画やなにかでしか見たことの無いような光景に、私は少し感動を覚えた。
「こここころろろろろろろせせせせせせえ」
遠くから聞こえてくるのは、黒板を引っ掻くような、人間が本能的に嫌悪感を感じると言われる音ににた、怨念じみた声だ。私は執事だから耐えられるが、魔王様は平気なのだろうか。
「……凄まじい音が響いておりますけれど、呪詛でもかかっているのですか?」
「かかってないぞ。捕らえた勇者パーティの女騎士が、捕まえてからずっとあの調子なんだ」
「こころろころころころころ」
「今まであってきたどの魔族より魔族らしい声でいらっしゃいますよ」
「魔族の喉はあそこまで強靭じゃない」
「せせせせせせせせ」
話の合間にも、反響を使った不協和音を織り交ぜた演奏が奏でられている。くっ殺女騎士も、極めるとここまで行くんだな。
「……他の牢屋は空っぽなんですね」
「女騎士の叫び声で他の人間の気が触れそうになってて可哀想だから、逃がしてやったんだ」
「女騎士を逃がすべきだったのではないでしょうか」
それは確かに可哀想だが、なぜ原因ではなく結果にアプローチしたのだろう。魔王様の癖なのか、話を聞いていると、そういう詰めの甘いところがちらほら出てくる。
「逃がそうと思ったんだけど、ここにいたみんな過労で血を吐いて倒れちゃったんだよ」
「血過労ってことですか? フフっ、ウケる」
「ウケないぞ、世蓮。それとな、近づきすぎると超音波で服が全部破れるんだ。だから、私は近寄れないんだ」
「そんなことってあるんですね、フフ、なんて不思議なんでしょう! アハハ!」
「ほらな、他の人間を逃がすしか無かったんだ」
……地下牢の途中から記憶が飛んでいるのだが、私は魔王様と何をしていたのだったか。