魔王様のお城紹介
私の役目を決めた魔王様は、大きな椅子から飛び降りた。
「そうとなったら、魔王軍を紹介するな!」
「魔王様自らですか」
「そうだ! 光栄に思えよ!」
手を掴まれて引っ張られる。子供がいたことは無いのだが、お嬢様の小さい頃から使えてきた私は、お嬢様の幼少期を思い出していた。せはすー、肩車ー、とねだってくるお嬢様の成長後に手を出して解雇されるとは、私も思っておりませんでした、お嬢様。
「……世蓮ごめん、泣くほど力強かったか?」
「いえ、全く。嬉し涙です」
涙を拭って、魔王様について行く。魔王様は暫く私を引っ張って、私の三倍の高さはあるかという扉まで来た。魔王様は片手で扉を開けて、薄暗い中を見せてくださる。
「ここが軍師がいっぱいいる部屋だ。ざっと500人くらいのはずだったんだが、増殖する奴がいたから今は600人だ」
「軍師ってそんなにいりますかね」
部屋、というか城全体がそうなのだが、薄暗くてジメジメしている。それでも軍師達が易々と本や書類を読んでいるようなのは、魔族特有か目が慣れているかのどちらなのだろうか。人数が多すぎるからか、床にちらほら死屍累々とかした軍師たちが見えた。
「まだまだ部屋はあるから、次に行くぞ」
魔王様が扉を閉めたことで、軍師達と隔絶された。今度はそこまで歩くことも無く、ハデハデしいピンクの扉の部屋に着く。この部屋は、人間と近しいサイズだった。
「ここは、サキュバスがいっぱいいる部屋だ」
「最高じゃないですか!!」
私の咄嗟に出た声を聞いてか聞かずか、魔王様は大きくため息をついた。
「正確には、いっぱいいた部屋だ。……皆人間と恋に落ちちゃって、100人くらいいたのが今三人くらいしかいないんだ……」
「どういう了見でそんなことをやらかしたんですか?」
魔王様がまた扉を開けないかと待っていたのだが、落ち込んだ魔王様は扉に手をついて落ち込みポーズを決めただけだった。
「ここはインキュバスがいっぱいいる部屋だ」
「なんで軍師→夢魔の流れなんですか?」
「部屋が隣接してるからだ。軍師と隣り合わせにしたせいで、あそこにいる軍師は100人くらい堕落しちゃった」
「増殖したぶん減らせて良かったですね」
元々が500人、増殖して600人、堕落して500人だ。質量保存の法則というやつだろうか。多分違うけれど。
「インキュバスは最近増えた」
「……なぜ?」
サキュバスが減ってインキュバスが増える。どういう原理だろう。インキュバスは逆に、人間をこちらに連れてきたりしたのだろうか。
「増殖するやつと結婚したやつの子供が増殖した」
「あ、軍師となんですね。いつか宇宙に打ち上げないと魔王城パンパンになりませんか?」
私がそれを言い切るより先に、真っ赤な扉の奥から大きな声がした。
「ぱ、パンパン!?」
その声を皮切りに、扉の奥が男子高校生並みの盛り上がりを見せている。
「世蓮、夢魔達は下ネタが大好きなんだ。迂闊なことを言うと襲われるぞ」
「それ、サキュバス部屋の前で言って欲しかったですね」
「サキュバス部屋の奴らは今全員失恋してるから、異常にテンションが低い」
みんな恋に落ちて、というのは、残った人も含めるらしい。97パーセントが成就していると考えると、サキュバスの力の程がわかる。それだけに、残された3人の落ち込みようも凄まじいのだろう。魔王様が扉を開け無かった理由がわかった。
「インキュバスは男も歓迎だぞ」
魔王様のお言葉だが、私の恋愛対象は女性だった。
「私、女性が好きなんですよ。男性が好きだったら飛び込みたいんですけどね」
そう言った瞬間、外側からではなく内側から扉が開く。中から覗いたのは、薄暗い中でも光を反射して輝くほどのつやつやした肌を持った、絶世の美男だった。男女という概念がどうでも良くなるレベルの顔面に、私の指向が打ち砕かれる。
「シアン、僕達はいつでも待ってるからね」
ちゅ、と投げキスを飛ばすと、絶世の美男は顔を赤らめて扉を閉めた。
「魔王様、私、男性も好きみたいです」
「入ると6分の1で駄目になるっていう統計が出てるから絶対入っちゃダメだ」
「……軍師、全員入ったんですね」