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境界線の先のパンドラ  作者: 琉生
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第1話 祥平視点




──パンドラの箱、それは開けてはいけない禁断の箱。



 ゴールデンウィークが明けてから数日、徐々に暑さを感じるようになり、運動部はインターハイに向けて士気を高めていた。

 宮越祥平(みやこししょうへい)が所属するバスケ部も例外ではなく、強豪校としての誇りを胸に、連日練習に励んでいた。


 体育館は二つあり、一つはテレビでも取り上げられるほど大きく、片面をバドミントン部、もう片面をバレー部など、他にも二つの部活が日替わりで練習を行っている。もう一つは、バスケ部専用の体育館で、大きさは一般的だが、シャワー室、ミーティング室、トレーニング室が完備されている。しかし、風通しが悪いため、バスケ部員たちはハードな練習で熱くなった体を冷ますために、入り口の風が通る場所で休憩するのが定番だった。


 校舎の方から、バスケ部の主将である有働純也(うどうじゅんや)とマネージャーの古淵朱音(こぶちあかね)が白い紙を持って歩いて来た。週末に控えるインターハイ予選のトーナメント表を、職員室にいる副顧問の斎藤先生から貰ってきたのだ。

 寝転んでいた部員はサッと立ち上がり、談笑していた部員たちは話をやめ、主将に体を向ける。主将は全員が静かになるまで待ってから週末のインターハイ予選についてと、この後の練習メニューについて簡潔に話した。話が終わると練習を再開するため、足早に体育館に戻る部員たち。


 そんな中、エースである宮越だけが古淵に引き止められる。


「宮越、ちょっといい?」

「なに?」


 早く練習に参加して体を動かしたい気持ちを抑えつつ、古淵に体を向ける。


「斎藤先生が練習終わりに職員室に寄るようにって」

「分かった」


 返事を簡潔に済ませ、足を体育館の方へ踏み出した時、もう一度古淵に止められる。


「あ、そういえば今日来た時に言おうと思ったんだけど、実和(みわ)のキーホルダーどこにやったの?」


 一瞬固まる。顔を上に向けるが思い出せない。


「その様子じゃいつ無くなったかも分からないんでしょ」


 古淵は、やっぱりねと言わんばかりに鼻で笑う。


「早く見つけないと実和に何されるか分からないよ?」


 古淵は言いたいことだけ言うと、体育館に入っていった。そんな古淵を目で追いながら、面倒なことになったと顔をしかめる。

 しかし、体育館の中でホイッスルの音がすると、さっきまでのしかめっ面が嘘のように切り替わり、体育館へと走り出した。悪いことは一瞬で忘れるのが得意技だった。





「お疲れ様でした!」


 練習も終わり、各自片付けを行なっていく。学年関係なく部員全員で片付けを行うのが、主将が決めたルールの一つだった。

 眞部航一(まなべこういち)と今日のプレイについて復習しながら、片付けを進めていく。


「そういえばお前が勧めてきた漫画さ、読んだら面白くて新刊まで買っちゃったよ」


 眞部に肩を強めに叩かれ、そのまま肩を組んでくる。眞部は、高校二年生の秋に転校してきてから初めて出来た友達だ。


「マジで?俺まだ新刊買ってない」

「帰りのコンビニとかで買えばいいじゃん、寄ってこうぜ」

「あ、ちょっと職員室だけ寄るわ」

「了解」


 二人は早々に片付けを終わらせ、着替え終わると体育館を後にした。





 翌日、朝練のため六時に起き、まだ誰も起きていない静まり返った家を出る。夜のうちに読み終わった漫画の感想を眞部に早く言いたくて、少し早足になる。二リットルの水筒が、教科書に当たるのが振動で伝わってくる。誰も歩いていない路地裏を、朝日を浴びながら歩くのが、転校してから最初に好きになったことだった。


 歩いて十分、T字路を右に曲がると裏門が見えてくる。二ヶ月前に、正門に行くより、裏門に行く方が体育館に五分早く着くことが分かった時は、思わず一人でガッツポーズをしてしまうほど嬉しかった。体育館の入り口まで行くと、ちょうど主将が職員室から体育館の鍵を持ってきて、鍵を開けるところだった。主将は「おはよう」と挨拶をし、ドアをガラガラガラと開けてから、地面に置いていた大きなバッグを持ち体育館へ入っていく。


 準備をしていると、続々と他の部員やマネージャーたちが体育館へと入ってくる。眞部の姿を見つけると、バスケットシューズの紐を結ばないまま走り出した。





 朝練も終わり、バスケ部以外の生徒たちが校舎に入ってくる音が、遠くの方から聞こえてきて、高校全体が盛り上がるような雰囲気が漂ってくる。放課後の練習とは違い、道具をあまり出していないので片付けも早く終わる。そのため朝のホームルームの時間ギリギリまで練習し、ダッシュで教室に向かう。最初のうちは主将や先生たちに怒られていたが、全く懲りないため、これもこの高校の伝統だと目を瞑っている。

 眞部とは同じクラスで、偶然にも席替えで席も近くなった。担任の島内先生が教室に入ってくると、騒がしかった教室が静かになる。普段は温厚だが、怒ると怖いことをこの高校で知らない生徒はいない。

 島内先生が教壇に立つと、今日の日直の掛け声と共に、普通の高校生としての一日が始まった。





 一時限目から四時限目が終わり、お昼の時間がやってくる。お弁当は朝、島内先生が教室に入ってくるまでか、授業と授業の間に食べきってしまう。そのため、昼ご飯は購買で調達する。

 財布を持ち、眞部とともに教室を出るが突然後ろから肩をバシッと叩かれる。


「ちょっと祥平。朱音からキーホルダー無くしたって聞いたんだけど、本当?」


 少し強気な口調で距離を詰めてくるのは、隣のクラスの牧瀬実和(まきせみわ)

 転校初日に猛アタックをしてきたツワモノ。その勢いに押されないように、のらりくらりとかわし続けている。牧瀬本人は、「完全否定してこないから実質彼女」と思っており、周りに宣伝しまくっていたそうだが、あまりにもしつこいので、いつからか「はいはい、いつものね」と躱されるようになっていた。

 キーホルダーを無くしたことを古淵から聞いたらしく、眉毛がつり上がっている。


「ちゃんと探して見つけたんだよね?」


 ぐいっと近づき、大きな目を見開く。キーホルダーは、試合に勝てるようにと、牧瀬が徹夜で作ったバスケットボール型のお守りで、背面には宮越と牧瀬のイニシャルが刺繍糸で縫われている。強引に渡されてからしばらく放置していたが、なんで身につけないんだと大勢の前で泣き叫ばれたので、それ以降はバッグにつけて外さないようにしていた。

 そんなキーホルダーが無くなったので、古淵から指摘された時はやってしまったという感情と一緒に、やっと解放されると安堵の思いもあった。自然に無くなったんじゃしょうがない。これもまた運命。そう思ってすっかり忘れていたつけが回ってきた。


「聞いた時はもう校舎も暗かったし、今日探そうと思ってたんだよ」

「今日?」

「そう、絶対見つけるから」

「分かった!」


 牧瀬は満面の笑みで自分の教室に帰っていった。少し後ろで見ていた眞部は「お疲れ」と肩を叩く。


「悪い、購買で俺の分まで買っといてくれない?」

「いいよ、いつもの?」


 財布を眞部に渡しながら頷くと、ひとまず体育館へと走り出した。




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