ある魔力の存在する世界
司会
それでは、第一回異世界探求倶楽部総会を開会したいと思います。
第一プログラム、部長挨拶です。
部長
えー、第一回ということで、主催者である私も気合を入れなおして頑張るよ。
さて、部長挨拶ということで、私は挨拶をしなければいけないわけだが、そこまでセンスに富んだ挨拶はできそうにないので、私からはこの倶楽部を設立するきっかけとなった異世界に関するストーリーを寄せようと思う。
さて、異世界というとどんなものを想像するだろうか。
大方は、魔法と呼ばれる法則が世界を支配する、中世のような文明レベルのファンタジー世界であろう。
しかし、異世界というものはそのような種類だけだと考えるのは些かナンセンスではあるまいか。異世界、という言葉は、必ずしもそのようなものに囚われない自由な発想があってもよいとは思わないか。私は、このような異世界像を提唱したい。
まず、そこには魔法という概念が存在した。「魔力」と呼ばれる種類のエネルギーが存在し、人々はそれらのエネルギーを利用して生活していた。このとき、「魔力」を人間が利用できる形に変化させる行為を「魔術」と呼ぶ。また、「魔力」は生物が生きているエネルギーから精製することも可能である。古代、人類が初期に利用していた「魔術」は、人間自身が自らの生命から「魔力」を精製する、という手法のものであった。
おや、これは先ほど言ったありきたりなファンタジー世界そのものではないか。お前が言いたいのは魔法が存在するという概念を覆す異世界の在り方ではないのか。
確かにそうだ。これがありきたりなファンタジーの要素であることはよく判っている。しかし、この世界の話にはまだ続きがある。ここまでの話は、この世界で例えるならば、そうだな、古代ギリシャ、とかの時代にあたるものだ。だって、この世界だってそうだったろう?自然の力をうまく人間の生活に応用する前の話なのだから。さて、それでは続きと行こう。
生命から魔力を精製できるといっても、その量は、天才とか呼ばれる大魔法使いであっても、自然界に存在する量からすれば、もはや無にも等しいような存在である。そう、人類は自然界に普遍的に存在する魔力の存在に気付き、それを応用し始めたのである。といっても、最初期のそれは原始的なものであった。植物や、動物が持つ魔力を利用して、簡単に移動できる道具を作ったり、農耕に利用したり、といった具合だ。そのような時代はかなり長く続いたらしい。およそ、3万年程度。この時代が、ありふれたファンタジーで題材とされるような時代である。
しかし、その時代にも、高度な魔力の抽出、利用方法は研究されていた。要は、世に出ていなかっただけなのである。それらの技術が一気に解放され、発達の速さが飛躍的に向上した時代があった。この世界における産業革命である。魔術史において、ここがもう一つの時代の区切りだとされている。
この後に爆発的に普及し始めたものの一つが、魔力をその中に溜め込み、外部に放出する、この世界で例えるならば電池にあたるものだ。そこでは、「スフィア」と呼ばれていた。初期のスフィアは、まったく使い物にならない程度、1.1Juほどであった。その発展は目覚ましいものがあった。最新のものでは、一つのスフィアで15ZZeもの魔力量を溜め込めるらしい。これは、それ一つで小さな町のエネルギーなら一年は賄える程度のものだ。
これらの技術の発達は莫大な魔力の供給を必要とした。そのため、自然からの魔力精製技術――魔力の抽出、純化、精製の過程を一般的に「魔抄」と呼ぶ――が飛躍的に向上したのだが、ここである難点が浮上した。それが、地上の魔力の枯渇である。いや、実際に枯渇はしなかったのだが、地上の魔力量は人類の継続した発展には少なすぎると、お偉い学者さんが判断したらしい。そこで、人類が目を付けたのは、地下であった。
その世界の地下深くには、「地脈」と呼ばれる巨大な魔力の流れが存在した。その魔力量は莫大なものであったが、それゆえ、そこから任意の量の魔力を抽出するのは困難を極めた。しかし、その問題は技術の発達により克服されたのだ。人類は、地底に眠る禁忌たる狂暴なる悪竜を利用し始めた。
それから、魔術の発展は爆発的に加速した。そう、加速し続けたのだ。止まるところを知らずに。
ある時から、技術革新はピタリとなくなった。停滞の時代がやって来たのだ。あれだけ魔術で栄華を極めた人類は、目の前に用意された飯を貪り食うだけの愚鈍なる人形に堕ちた。
原因は、簡単なことだ。技術開発の上限であった。人類は、完全な技術を手に入れてしまったのだ。それ以上の高みなど存在しない、究極を。
私が言いたいのは、ここだ。つまり、いくらファンタジーだと言っても、技術革新はあるはずだし、いつまでも中世のような世界観の時代とは限らないのだ。もし、異世界転生やら異世界転移やらが実際に起こるのであれば、そこまで技術が発達が発達する前の段階も、当然、そのあとの段階も存在するはずだ。それはもしかしたら、魔術を極めた末に訪れる停滞の時代になるのかもしれない。そんな時代を生きる異世界人は一体何を考えているのだろうか。もし、そんな時代の異世界に転移したら私はどうするのか。
実は、ここまではまだ前置きだったりする。
設定を作ろう。
行き先は、そう、前述した行き詰まりを見せる魔法世界だ。私は、現実に疲れこの世界に絶望する――女子高校生。何かおかしいか⁈私だって、今は自堕落な生活を送るもうすぐ30代……まだ20代なのだが!私だって高校生の時代があったんだ。なんらおかしいことはないだろ?……で、学校の帰り道、溜息をつきながら俯いて近道だった路地裏を歩いていた私は瞬間的に異世界に転移してしまう。転移する仕組みは、おおよそこのようなものだろう。……つまりは、テレポートと似たような仕組みを想定している。要は、私の身体を構成する素粒子が、世界の違いを超えて位置の交換を起こしたんだ。もし私の上半身だけが転移したら大変なことになる可能性もあるわけだな。私が転移した先の異世界には、この世界と同じように分類できる素粒子の体系が存在したんだろう。そのおかげか、転移したことによる二つの世界の粒子の混じりあいが起きても特に危険な反応は起こらなかった。……と、ここまでが異世界転移の現象そのものに関する設定だ。
転移した先に関する設定だが、まず、酸素があった。大気の組成は地球と同じようになっているらしい。日本語は通じた。奇跡的に日本語と同じように言語が発達したんだろう。そして、場所は、地下かな。地脈は地下深くにあるため、それに触るために地下に潜る必要があったわけだな。そして、地下の施設と地上をいちいち往来するのが面倒なため、地下には魔抄施設を中心とした工場群と、そこで働く者たちの街ができた。一日中薄暗い、地下深くの街だ。私はその街の、狭い、暗い、湿った路地裏に転移したわけだ。そして、彼と出会った。
当時まだ学生だった私は、異世界に転移して帰ることができるような希望がない、という状況をなかなか受け入れられず……何歳になってもそう簡単に受け入れられるようになっては堪らないのだが。そんな私の、異世界からやって来た、という説明を信じてくれたのが彼だった。
彼は、特にこれといった突出した特徴があるわけではなかった。まあ、強いて言えば、どちらかと言えばその顔立ちは美男子のほうで、その声は私に言わせれば美声……って設定だ!あくまでも!
まあ、私は彼に拾われたわけだ。優しい奴だった。まあ、誰に対しても優しすぎるのが玉に瑕ではあったんだがな。
彼は、街のことを一から説明してくれた。その説明はおおよそこのようなものだった。
この町にあるあの工場は「地脈」という巨大な魔力の循環から魔力を吸い取って稼働しているものである。しかし、ある話によるとこのまま地脈を利用し続けると、そのうち地脈の魔力が尽きるらしい。その猶予はあと数千年。と、彼は極秘情報じみた感じで伝えてくれたんだが、そんなことは実はみんな知っていて、しかし見て見ぬふりをしているだけじゃないのか、とも伝えてくれた。つまりは、資源問題はどこの世界も同じ、というわけだ。
彼はこんなことを言っていた。「気づいたって何もできないし、自分が天命を全うした後はどうなろうが知ったこっちゃない。」と。だから、私は言ってやったんだ。帰る方法がなさそうということで半ば自暴自棄になっていたのかもしれない。「私も協力するから一緒に世界をひっくり返そう」って。
もちろん、何を冗談を言っているんだって否定されたよ。でも、彼は優しい奴なんだ。最終的に彼が中心を担う形で動いてくれるようになった。
具体的に私たちが何をしたかというと、まあ、たいして力のない一般人だからね。最初のうちは、地脈に代わる新たなエネルギー確保の方法を探し始めた。具体的なネタがないと交渉も何もないからね。私の場合、その世界の魔力の法則を全く知らなかったし、彼も、まともに学校の授業を受けていなかったせいで使い物にならないし。まあ、二人してゼロから魔術を勉強する羽目になったよ。何しろ、ゼロから大学教授レベルの魔術理論を学ばなくてはいけないんだ。彼は私のことを養うために仕事の時間を増やさなければならなかったから、彼が出払っている間に私が勉強した内容を、帰ってきてから授業をするんだ。そんな生活が、1,2年くらい。
うれしい誤算だった。私を勉強に集中させるために毎日働き、かつ、高度な魔術知識を身に着けつつあった彼は、いつしか街のトップと呼ばれるレベルと対等に話し合えるまでに出世していたのだ。彼は、国のトップの元にまで出向いて資源問題について話すことになった。国の首都に向かうために、生まれて初めて地上に出た彼はこんなことを呟いていた。「こんなに明るくて広いのに魔力が足りないなんて信じられない。」と。
そして、彼と、その付き添いの私は、当時の国のトップ、日本で言うところの総理大臣と直接面会した。そこで言ったのは、おおよそこんな内容だ。
地脈の魔力が尽きる可能性がある、ということをもっと広く伝えるべきだ。
地脈に代わる魔力の供給方法を研究すべきだ。
彼は熱弁してくれた。私は彼の演説を誠心誠意サポートした。私たちのずっと後の世代にまで資源を残さなければいけない、豊かな資源に溢れた世界を見せてやるのが今を生きる私たちの役割だ、なんて堂々と話してる彼を後ろから見ていて、最初に会った時から彼も進歩したんだなって思ったよ。薄暗い街の片隅から上り詰めた男の大演説は、無事幕を閉じた。
……そう、それは大演説だった。首尾は上々だった。彼は完璧にやってのけたんだ。全く、素晴らしい功績だよ。彼は中継を通じて世界中の人々の心を動かした。限りある魔力資源を保護するという向きに、世界の流れを変えたんだ。
それは、しかし、「世界の意向」には逆行するものであった。
その次の日、首相は死んだんだ。突然死。死因は魔力暴走らしい。魔力暴走とは何か。その世界の人々の体内には、多かれ少なかれ、魔力がある。それは普通に生きている上では全く認知せずに済むものだ。しかし、とても低い確率で暴走を起こすことがあるらしい。体内の魔力が一度にエネルギーに変換され、身体がそのエネルギーに耐え切れなくなり――爆発する。その死体は酷いものらしい。突然の政治的空白に、大規模な混乱が発生した。そんな中で、彼の演説は徐々に忘れられていった。
そんな時だった。私たちは、彼が出世したおかげで引っ越したばかりだった綺麗な屋敷――もちろん、地下の街にある――でこれからどうなるんだろうね、なんてことを話し合っていた。そこに何か、人の形をしたモノが訪れた。
それは、ありきたりな感じの怪しい格好をしていた。全身を覆い隠す黒いマントで身を包み、黒いフードを目深に被り、靴に至っても真っ黒だった。私たち二人に用があるというので、とりあえずお茶を出した。それが伝えてくれたのは、驚くべき内容だった。
世界は神に創造されたものである。神は、極めて科学的な手法で解明できる物理法則からなる世界を無数に創り出した。そして、それぞれの世界に天使を遣わした。天使に任せられた役割は、世界を見守ることだった。しかし、この世界に遣わされた天使は、神の意志に反して暴走したのだ。すぐに天使は堕天使に堕とされ封印され、後継の天使が派遣された。それが私である。しかし、時すでに遅し、既に魔術という法則が完成した後であった。このため、魔力にはエネルギー保存の法則が通用しない。魔力は、堕天使が神によって封じられる前に世界中にばら撒いただけの量しか存在しないし、それが尽きれば魔術はこの世界から永久に姿を消す。魔力がなくなれば、その代わりに通常の物理法則におけるエネルギーに置き換えられる。私は人間が魔力を大消費するのを後押しすることで魔力をこの世界から失くそうとしている。健全な物理に支配された世界のために、私に協力しろ。
ざっとこんな感じか。もちろん、物理学なんて概念はその世界には存在しないから、それに代わる言葉で説明された。
私が驚いた点は、目の前の存在が天使ということでも、この世界にも通常の物理法則が存在することでも、神の存在でもなかった。嘘かもしれなかったし。私が驚いたのは、私が知っていた物理法則について言及されたことだった。エネルギー保存の法則。それはその世界にやってきてからすっかり忘れていた概念だった。魔力は減るものという前提で話がされるものだから。
考えてみればおかしいことだ。減る一方なら、そのうち世界は空っぽになってしまう。全てのエネルギーが魔力に支配されているなら、魔力が尽きたあとには何が残るのか、なんて必然とも思える問いに、なぜ今まで気づかなかったのだろう。こんな思考の制限も、天使の力か何かなのだろうか。天使はこう言っていた。あなたは異世界人だからなのか、能力が完璧に作用しない。だから、こうやって出向く必要があった。その気になれば、あなた自身は魔力を持っていないのでできないが、そこの彼なら人為的に魔力暴走を起こして殺害することも可能だ。変なことはしないように。フードの下の、まさに天使のような美しい顔を少しだけ覗かせ、私をじっと見つめながら、言ったのだ。
天使が去ったあと、私は彼にもう少しだけ手伝ってもらうよう頼んだ。彼は優しいからね。よく分かっていないまま了解してくれた。
今までの魔術研究は水の泡となった。私たちは、魔力を取り除かれた世界の研究を始めた。魔力を完全に追い出した空間を作り、そこでの物体の挙動を調べたのだ。私は、そこでの重力加速度等、片っ端から物理定数を調べ始めた。私は思い出した。物理学だけは得意だったこと。それだけはいつも自信を持っていたこと。高校物理程度の知識しかなかったが、独学で物理法則を見つけ、公式化した。簡単なことだ。なにしろ、一度全くのゼロから大学教授レベルまでの知識を身に着けたのだから。
魔術に代わり、科学を利用できるまでに独力で持っていかなければならない。彼は、私を誠心誠意サポートしてくれた。まあ、結果から言うと、成功した。彼の協力もあって、とても短い期間で物理学の存在を広めることができた。
ありえないよね、こんなの。ご都合主義だとか思われるだろう、こんなの。でも、本当にこうなったんだ。もしかしたら、魔術に対して潜在的に何か信じがたさを持っている人間が居たということかもしれない。
でも、突然だった。それは、唐突すぎた。想いを整理する隙を、少しも与えてくれなかった。彼が、死んだ。
はあ、……まだ、少し、辛いね。……想い人の死というのは、受け入れ難いものだよ。思い出すだけで、心の中に大きな影ができる。
彼の葬儀に、やはり、予想通り、天使は現れた。私は怒りをぶつけるほどの気力もなかった。天使は、一言、やりすぎだ、と言った。確かに、科学に乗り換えたら、魔力は減らなくなる。
私はぼんやりしたまま尋ねた。元の世界に帰る術はあるか、と。
天使は簡潔に言った。この世界のものを全て捨てるのならいいだろう、と。
その条件を呑んだ私は、瞬きをした直後、もとの世界、あの日の路地裏に、全裸で投げ出された。ただ、異世界で過ごしただけの時間は経過していたが。
とりあえず、すぐ横で無造作に散らかっていたあの日の制服と下着を身に着け、私は警察署に向かった。
これが、私が異世界探求倶楽部を設立することとなったきっかけの話の全容だ。私はあくまでも、ある架空の物語という体で話したが、真実だと取っても、やはり架空の話だと取ってもらっても構わない。まあ、3,4年ほど私は行方不明になっていたということになっているからな。矛盾はないだろう。
少し長かったが、これを第一回異世界探求倶楽部総会、部長挨拶とさせていただこう。
司会
……ええ、それでは、次は、異世界研究発表に移ります。……