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金魚わらしと水の街  作者: せせり
2.金魚わらし
3/22

 そもそも、このお屋敷は大正時代に建てられたものらしい。

凪子さんいわく、もともとは平屋だったのだけど、あとから建て増しされた二階部分には洋風のテイストがとりいれられているんだそうだ。言われてみれば、長方形じゃなくって上の部分だけかまぼこみたいに丸くなっている両開きの窓とか、天井から吊り下げられた、すずらんみたいなかたちのランプみたいな灯りとか。モダンで、日に焼けた畳にふしぎにマッチしている。

あたしの部屋と凪子さんの作業場を仕切るのは、ドアじゃなくってすりガラスのはめ込まれた格子戸だ。

 明るい光のさしこむ窓から、さらりとした風が入ってくる。外でかしましく鳴く蝉の声が、どこか遠い国のものに思える。

 あたしの荷物は少ないから、片づけ作業はすぐに終わった。本やテキストはこじんまりしたこげ茶色の飾り棚に収まったし、洋服もそんなに持ってないから、冬物まで仕舞っても、箪笥のひきだしがまるまる一個分あまった。勉強机もちいさな座卓でじゅうぶんだし。

 勉強、か。あたらしい教科書もこれからもらわなきゃいけないし、ママが来たら制服の採寸にも行かなきゃいけない。

ママが来たら。二学期から通う中学校へ、あいさつに行く。

 あたしは、一年生の三学期からほとんど学校に行っていない。勉強の遅れを取り戻すために週一で家庭教師の先生に教えてもらっていた。もともと得意だった文系科目はそれでなんとかなってるけど、苦手だった数学はどうしてもわからない。

 あたらしい学校の勉強、前の学校よりも進んでないといいけど。

 おーいと、凪子さんが階下からあたしを呼んだ。はあいと返事をして、軋む階段を降りた。


 きょうは日曜日で、きのうから引き続き「しらたま屋」を開いている日。数量・メニュー限定だから、なじみのお客さんが一気に訪れて、開店は10時だけどお昼すぎにはあらかた売り切れてしまうんだそうだ。

凪子さんは、

「あたしががんばれば、もうちょっと数増やせるんだけどさ。本業にさしさわりがあるといかんからね」

 なんて言う。

 いちおう、ランチメニューもあるみたい。冷やしそうめんオンリーだけど。

「水がいいからさ、うまいんだよ。そうめんもこの近くの製麺所で作ってるやつだし。ま、主に観光客向けメニューだけどな。わざわざ外行ってそうめん頼むかよ、ふつー」

 ぶつぶつ言いながら、あたしの目の前でそうめんをすすっているのは、楓くん。

「なんで、いるの……?」

「部活終わってちょっと寄ったらさ。ちょうど清良がメシ食うとこだから一緒にどうかって」

「…………」

 凪子さんったら、また勝手にそんなこと。

「元気なくね? 清良」

 楓くんが箸を置いてあたしの顔をのぞきこんだ。お客さんはもうあとひと組を残すのみ、きのうしらたまを食べたのと同じお座敷で、あたしたちはそうめんを食べている。

 きんと冷えたつゆは、お出汁の風味を生かしたうす味で、市販のものより色もうすくて、なんだか上品だ。

「おいしい」

 元気ないなんてこと、ない。そうめんだって、のど越しが気持ち良くて、つるつるといくらでも食べられちゃう。柚子胡椒をほんのすこしおつゆに入れて、たっぷりのねぎといっしょにいただく。

「わかった。さては母ちゃんが恋しいんだろ。ママぁーっ、清良さびしいっ」

 楓くんがそんなことを言ってあたしを茶化したから、むすっとふくれた。

「そんなことないし。ただ、ちょっとへんな夢をみて、よく眠れなかっただけだから」

「夢?」

「へんな女の子の出てくる夢。きれいな朱いもようの浴衣を着てるんだ」

 ゆうべは、ちょうどこの場所に布団を敷いて、蚊帳をはってもらって、眠った。夕暮れにみたまぼろしの女の子が夢にも出てきて、あたしはなんども起きてしまった。

 そのたびに、水のはねる音がした。

「ふーん。じゃ、ぐっすり眠れるように、凪子に添い寝してもらえば?」

「ええっ? やだよ、寝相悪そうだもん。蹴られそう」

「いびきもうるさそう」

「へんな寝言もいいそう」

「おっと悪口はそこまでだ」 

 えんじいろの作務衣姿の凪子さんが、楓くんの背後で仁王立ちしてる。調子に乗りすぎてしまった、ごめんなさい。

「凪子さんて、いつもそんなかっこしてるの?」

「ああ。これはしらたま屋のユニフォーム。雰囲気出るじゃん。お客さんはさ、ここの雰囲気を味わいに来るんだから。盛り上げないとさあ」

「そうそう。普段はもっとゆるーい感じだよな。ジャージみたいなのとか」

 楓くんが口をはさむ。

「ていうか、楓くんってそんなにしょっちゅうここに来てるの?」

「落ち着くんだもん、この家」

 うん、まあ。それはわかる。湧水の泉も、庭木の緑も。ふるい木やたたみのにおいも。ここに来てから、時間がゆったり過ぎていく感じがする。

 最後のお客さんが席をたった。ごちそうさまです、と口元にレースのハンカチを添えたおばさんが会釈する。

「絵、見せてもらっていいかしら」

「どうぞっ!」

 凪子さんはぱあっと顔を輝かせて、しっぽを振ってる犬みたいにうれしそうにおばさんを案内しはじめた。

 お座敷の一角が、凪子さんの絵を飾ったギャラリーになっている。凪子さんの描くのは、水彩画。時々、観光パンフレットのイラストを依頼されて描いたりもしてるらしい。週三回、カルチャーセンターで絵も教えている。

 ごちそうさまをして食器を片づけて。お客さんのぶんも片づけてから、あたしも凪子さんの絵をじっくり見せてもらうことにした。

 凪子さんは、縁側に吊り下げた「しらたま屋」の旗を仕舞っている。

「清良にまじまじ見られんの、恥ずかしいんじゃね?」

 楓くんがこっそりささやいて、いたずらっぽくわらった。

 セットになったポストカードや、小さな額に入った絵。水町の風景をえがいたものが半分、残りの半分は、ちょっとふしぎな雰囲気のもの。

 星の河を泳ぐ魚たちの絵とか。赤いワンピースをまとった女の子の絵とか。色づかいも、風景画の淡い繊細な感じとはちょっとちがう。透明だけど鮮やかな色がまじりあった、幻想的なグラデーション。

「あ、」

 この絵、ゆうべの女の子、そのまんまだ。着ているのは金魚の柄の浴衣で、あたしが会った女の子のものとはちがうけど。でも、たしかに似てる。おかっぱの頭とか、大きな、妖艶な目とか。

「清良も、会った?」

 いつの間にか近くまで来ていた凪子さんが、あたしにそっと、ささやいた。

「金魚わらしだよ、その子」

「金魚、わらし……?」

 座敷わらしじゃなくって?

「さらさ、って。言ってたけど。じぶんのこと」

「ああ、そうなんだ」

 凪子さんは、ふうわりと、わらった。だいじななにかを、包みからほどくように。

「更紗って名前は、むかし、わたしがつけた。白に朱の、更紗もようの琉金だから」

「りゅうきん?」

「金魚の種類のひとつ。画を観るかぎり、あの子は琉金だね」

 なに言ってるの? 凪子さん。

「おい、ふたりでなにこそこそ話してんだよ」

 ふくれっ面した楓くんが割って入って、凪子さんはひとさしゆびを口にあててあたしに片目をつぶってみせた。

「なんだよ凪子? おれの悪口か?」

「いいえーっ。清良に、楓には彼女はいないよって教えてやってただけー」

「はああーっ?」

 くすくすわらうと、凪子さんは

「わたし、片づけが終わったら昼寝するから。あんたらはどっか行ってきな」

 と。しっしっ、と、のら猫を追い払うみたいに手を振った。



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