第一話
とある海域にて一隻の海賊船が漂っていた。全体の色は黒く、大きな帆に描かれている髑髏の額には十字傷のようなものが刻まれている。
この海賊旗は、この西の海では名が知れている海賊ジルドンのものだ。船長であるジルドンの額には髑髏にもある十字傷が額にあり、総勢百五十人もの船員を誇る海賊だ。性格は、慎重かつ残虐。念入りな作戦を練って後で行動する見た目が強面にも関わらず頭脳派。
「せせせ船長! 大変でさぁ!!」
そんなジルドン海賊団の船内にて、一人の船員が血相をかいて作戦室へと飛び込んでくる。
「なんだ騒々しい! 今は作戦会議中だぞ!!」
ジルドンは何よりも作戦を練っているのを邪魔されるのが大嫌いだ。船員もそのことは重々承知しているはずだ。それにもかかわらず、船員が飛び込んできた。
これには相当な理由があると考えたジルドンは、椅子にどっかりと座り込み冷静さを保つ。
「で? なんだってんだよ。俺様の作戦会議を邪魔する理由ってのは。……もし、くだらねぇことだったら打ち首だ」
ギロリと睨みつけ、立てかけていたカットラスの柄を握り締める。船員は、その威圧にごくりと唾を飲み込みその場に立つ。
「ほ、報告します!! 先ほど信じられない事態が起こりました!!」
「信じられない事態?」
「で」
船員も本当に信じられない事態だったのか、再び呼吸を整え声を張り上げ発言した。
「デビルクラーケンにかけていた魔法の信号の色が白に変わりました!!!」
「なんだと!?」
「おいおい、冗談はよせよ」
「そんなことがありえるのか?」
これにはジルドンと共に作戦を練っていた船員達も動揺を隠せない。静寂に包まれていた会議室内にあっという間に船員達の声が響き渡った。
ジルドンも報告に驚きはしたが、冷静に報告をした船員へと問いかける。
「おい。嘘じゃねぇだろうな?」
「へ、へい! 間違いありやせん! 魔法をかけた数人の船員達が動揺しつつも感じた確かなものです!!」
何かを追う時や、出会うのを避けるためにそれを知る魔法をかける。その魔法は、色によって様々な意味がある。
青は正常、黄色は興奮状態、赤は命に関わるほどの危険、そして白は……死を表す。ちなみに、その様子はかけた魔法使いだけが感じることができるのだ。
「ちっ、まさかあの化け物が死ぬとはな。誰だ、倒したのは……この辺りに居る海賊どもで奴を倒せる奴なんていねぇはずだ。おい、傭兵の嬢ちゃん。てめぇはどう思うよ?」
皆が動揺している中、一人だけ平然とチョコを口にしていた眼帯の少女。明るい桃色のセミロングヘアーに胸の谷間を強調し、へそを出す服装。ホットパンツと膝辺りまであるブーツの間にある鍛え上げられた太もも。
ぺろりと指を舐め、そうですねぇっと首を傾げる。
「ぶっちゃけ興味ないですね」
「んなこと聞いてねぇよ。傭兵家業であちこち旅をしてんなら、あの化け物を倒せそうな猛者とか居ねぇのかって聞いてんだ」
「おー、そういうことだったんですね。だったら、そう言ってくれないと。ふむ……あっ、うちの隊長とかだったらいけるかも!」
「あの猫野郎が? ふざけて言ってんじゃねぇだろうな」
ジルドンの言い分には船員達も同意のようだ。彼女の名は、エスティーネ・エスデル。ジルドンには腕のいい傭兵として雇われている。
そして、ジルドンが言う猫野郎とはエスティーネと共に傭兵家業を生業としている亜人族。見た目は、完全に二足歩行をする白猫だが、普通の猫よりも一回り大きくその小柄な体と亜人族の身体能力で数々の猛者達を倒してきたのだが、ジルドンはどうやらまだ彼の実力を目にしていないため疑っているようだ。
「ふざけてませんよー、まあでもうちの隊長は今頃甲板辺りで日向ぼっこ中だと思いますから。今回のこととは無関係でしょうけど」
そう言って、テーブルにかけていた片刃の剣を腰に装備し部屋から出て行こうとする。
「おい! どこに行くんだ!」
「なんだか作戦会議って雰囲気じゃないので、あたしはこれにて失礼しますよー。ではではー」
どこまでも自由な彼女の行動にジルドンは舌打ちをする。
「ちっ! 実力があるから雇ったが、自由過ぎて扱い難いったらありゃあしねぇ」
「そ、それでどうしやす? 船長」
「……放置だ。もし本当にデビルクラーケンが死んだんだったら、まだその辺りに倒した奴が居るはずだ」
「無闇に確かめに行けば、鉢合わせになってこちらがやられる可能性がある、ということですね? 船長」
「ああ。まあだが、気になるって言えば気になることだ。デビルクラーケンは、俺達海に生きる者達の天敵の一体だからな。……よし、いいことを思いついたぜ」
何かを思いついたジルドンは、にやりと笑みを浮かべた。
・・・・・
「やほー、隊長。今日も気持ち良さそうですね」
男臭い道を一人の少女が通り、辿り着いたところは船の一番端。そこで、一匹の大きな白猫が昼寝をしていた。冒険家風の服装をしており、彼の隣には体半分ほどの短剣が置かれている。温かな日差しを浴びながら人のように寝転がる彼の名は、アルヴィス。傭兵の間では名の知れた亜人の剣士だが、謎多き猫なのだ。
情報によれば、彼はかれこれ五十年以上も傭兵として活躍をしており、その当時から姿は変わっていないとのこと。であるならば、かなりの高齢であるがそんな様子はまったくない。好奇心旺盛で子供のようなところが多い。人と違って毛に覆われた猫。本当に老いているかなど見た目では判断できない。
「うーむ。だが、今日の天気は少し違うからぽかぽかではないね」
「そうですか? 私には、あんまり変わらないって思いますけど」
「にゃははは! エスティもまだまだだね。微妙な空気の違いや、潮の流れを感じればわかることだ」
「……」
そう教わったので、試しに感じて見るエスティーネだったが。
「全然わかりません」
彼女にはまだまだ早かったようだ。
「もう少し慣れればおのずとわかるはずだ。ところで、船の雰囲気が一変したようだが。なにかあったのかな?」
「あ、それがですね。デビルクラーケンとかっていう化け物がどうやら死んじゃったみたいなんですよ」
「こらこら、一応私達はそのデビルクラーケンと戦うために雇われた身だぞ。知らない風に言うのはよすんだ」
そうなのだ。彼らはデビルクラーケンと遭遇した時のために雇われたのだ。それゆえに、デビルクラーケンが死んだのであれば二人の役目はなくなったも当然。
「そうですねー。これで、せっかくのお金がおじゃんですねー。どうします?」
「そうだねぇ」
「おい、傭兵ども」
考えていると、一人の海賊が声をかけてきた。
「どうかしたかな?」
「お前達に仕事だ」
「え? でも、デビルクラーケンは倒されたんじゃなかったけ?」
二人の仕事はデビルクラーケンとの戦闘。確かに状況によって対処するのも仕事のうちだが。
「船長命令だ。これからそのデビルクラーケンのところに行ってもらう。そして、本当に死んでいるのかどうかを確かめてきてもらう」
「ほう? だが、かけたサーチ系の魔法で遠くからでも判断できるのでは?」
「ああ。だが、あのデビルクラーケンだ。もしかしたら、サーチ魔法をも騙す能力を持っている可能性が高い」
世界中には、そういう能力を持っている魔物も少なくは無い。ただデビルクラーケンがそういう能力を持っているということは聞いたことが無い。
「……了解した。それで、もし本当に死んでいたら」
「もちろん死体を持ち帰るんだ。デビルクラーケンの死体だ。科学者どもに売りつければ高く売れる。それに、俺達が倒したと流せば俺達のジルドン海賊団にはくがつく」
「人の手柄を自分のものにするってことですか。海の男なのにどうしようもないことしますね」
「俺達は薄汚い海賊だからな。うだうだ言ってねぇで、お前達傭兵は払った金の分しっかり働けばいいんだ! わかったな?」
言うだけ言って、海賊は去っていく。静かになったところで、エスティーネはアルヴィスに問いかける。
「で? どうします?」
「彼の言うように私達は傭兵。支払われたお金の分は、しっかり働かないとね。それに……」
身軽に立ち上がり、剣を腰に刺す。
「デビルクラーケンをも倒した猛者が居るのなら、一度手合わせしてみたいからね」
先ほどまでのほほんとしていた雰囲気から一変。
まるで、戦いを楽しむ戦士のような張り詰めたものになった。そんなアルヴィスを見たエスティーネは眉を顰める。
「相変わらずですね、隊長は」
「にゃははは! 君だって、戦うのは嫌いではないだろ?」
「まあ、そうですけど。ちょっとそのデビルクラーケン倒しに興味あります。船長さん達には、興味ないと言いましたけど」
「なら、決まりだね。さあ、行こうか」




