第三話
深夜の投稿なう
(だけど、デビル? 普通のクラーケンじゃないってことなのか?)
海兎の知っているのはただのクラーケンだ。クラーケンとは、簡単に言えば巨大なイカの化け物。海の化け物としては定番といえば定番の部類だ。
一説では、本当に存在したとか。
一説では、イカだかタコだかよくわからない生物とかなんとか。
(実際、こんな巨大なイカに遭遇すると……どうしよう)
普通のイカならばなんとかできるだろうが、今目の前に居るにはイカの化け物だ。一般人の海兎がどうにかできる相手ではない。しかし、このままでは船がバラバラにされてしまう。船がバラバラになってしまえば、次に襲われるのは確実に自分達だろう。
「なあ、だめもとで聞くけど。お前、戦えるか?」
男なのに、女の子に頼るのは情けないと思っている。思っているが、これしか選択肢がない。もし、彼女に戦う力があれば。
「戦えるわけないでしょ」
希望は一瞬にして断たれた。わかっていたことだ。もし彼女に戦うだけの力があるならば、最初に出会った時に海兎は攻撃をされていただろう。
(どうする……どうすればいい……! 逃げるか? いや、逃げたとしても逃げ切れるのか?)
一応、脱出用の小船はあった。
それを使えば、この巨大船を壊すのに集中しているデビルクラーケンから逃げることはできるかもしれない。
とはいえ、逃げ切れるかどうかだ。もし、船を破壊することに飽きたデビルクラーケンが逃げている最中の海兎達に気づき襲ってきたとしたら、一撃にて船ごと海の藻屑となるだろう。
「ちょ、ちょっと! なにぼーってしてるの!!」
「え?」
少女の叫び声に、ハッと顔を上げたところ。デビルクラーケンの太く巨大な足がこちら目掛けて振り下ろされようとしているではないか。
慌てて横に跳んで回避する海兎。
「あっぶ……ん?」
軽く跳んだはずだった。
本来ならば、十数メートル程度移動するだけのはずだった。
「あ、あなたすごいわね」
少女が驚くのも無理はない。軽く跳んだはずなのに、数十メートルもの上空へと浮遊しているのだから。
「……え?」
着地した海兎は、ありえない体験をしたことに硬直する。まるで、某赤帽子の髭キャラの如きジャンプ力だ。
「あなた、私に頼ってたけど本当は戦えるんでしょ! だったら、さっさとこいつを撃退してよ!!」
先ほどのジャンプ力を見て、海兎は戦う男だと判断したようだ。確かに、先ほどの光景を目の当たりにすればそう考えるのも頷けるが、海兎自身まだ戦えるとは思っていない。先ほどのジャンプ力は、異常だと思っている。
思っているが……それで戦えるかどうかは話が違う。
「けど、やれるなら!!」
再び巨大な足を振り下ろしてくるデビルクラーケン。海兎はぐっと両足に力を込めて、跳躍。容易に頭上をとった海は、ぎょろりと見開いている目と獲物を噛み砕く鋭い牙が見える巨大な口に一瞬身震いする。
当たり前だ。田舎のヤンキーとは違うのだ。鯨よりも大きく、鮫よりも凶暴。しかも海兎の考えが正しければここは異世界。いったい何が起こるのかわからない。もし、このまま攻撃したとしても効かないかもしれない。いや、その可能性のほうが高いだろう。
(マジこえぇ!? ありえないだろ! こんな化け物!? やべ……息詰まりそう……)
が、今やれるのは自分しかいない。このままでは、全滅をただ待つだけ。だったら、やれるだけのことをやってからやられたほうがよほどマシだ。
「男は度胸だよな! じいちゃん!!!」
今は亡き祖父の言葉を胸に、海兎はそのまま急降下。
あれほどの跳躍ができるほどの足腰だ。
落下の力も加えれば、相当な威力の蹴りが生まれるだろう。
「おらあっ!! くらえ! イカの化け物!!!」
まさに、弾丸。いや、大げさに言えば流星と言ったところ。
デビルクラーケンも、やられるもんかと反撃をしてくる。足と足のぶつかり合い。普通ならば、海兎が弾かれるはずだった。
「お?」
ぐにゅん。
一瞬、軟体生物特有の柔らかい弾力が足を襲ったと思いきや、そのまま蒸発するかのように極太の足を貫きデビルクラーケンの顔面目掛けて突き進んでいく。予想外の展開に、海兎自身も困惑するがそんな暇は無い。
「ぐっ!? なんだこれ!?」
あの極太な足すらも貫いたのだから、顔面もいけるんじゃないのか? そう思っていたが、何か薄い円形の膜が攻撃を阻害してくる。
診た事の無い文字が円状に刻まれ、何重にも重ねられている。
(これは、ファンタジー世界定番の魔方陣ってやつか? そうだ……足に攻撃した時も、何か薄い膜みたいなものがあったが、あれもこれと同じやつか!)
先ほどは容易に破ることができたが、さすがに体を守るものは強固のようだ。
「ちょ、ちょっと!! 後ろから来てるわよ!?」
「なにっ!?」
防御用の魔方陣に手間取っている間に、海兎を撃退せんと他の足が迫ってきていた。どうする? このまま引くか? いや、こんなチャンス二度とない。
いや、本心から言えば二度もやりたくない。
戦う力があるとわかったとはいえ、まだまだ海兎は戦いなど知らない一般人のようなもの。何度も挑むのは、度胸が必要だ。
(それに、こんなこと二度もやりたくねぇ!!!)
目の前にするだけで、身震いする化け物に挑む。
海兎にとっては、ドラゴンに挑む英雄のような心境なのだ。
「おおおおっ!!! 貫けえええええっ!!!」
後戻りはできない。このまま撃退したい。
そもそも、勢いを付けすぎた。
戻ろうにも戻れないというのが事実だ。気合いも十分、熱血アニメよろしく大声で叫びながら力を入れる。これで、本当に力が増大するのかはさなかではない。
しかしながら、今の海兎はどういうわけか普通の人間じゃなくなってしまっているようだ。もしかしたらと試してみたところ。
バキバキ!
魔方陣に亀裂が入ったではないか。
いける!
海兎は、背後から迫り来る巨大な足の恐怖から逃げるように更に気合と力を入れた。
「おっしゃああっ!!!」
やった。貫けた。今度は柔らかい感触はなく、当たる前にデビルクラーケンの体に穴が空いた。おそらく強烈な攻撃による衝撃波のようなもので空いたのだろう。
「って! そういえば海だったぁ!?」
ただただデビルクラーケンをどうにかしようというのに頭が一杯だったため、倒した後のことを考えていなかった。
このままでは、海に突っ込んでしまう。しかも、この勢いでは海面に衝突した時の衝撃は計り知れない。体へのダメージを避けるために気合を入れたのにこれでは意味が無い。
「…………ん?」
体に痛みが無いうえに、冷たくない。
どういうことだ? そっと目を開けると……まるで、大地に立っているかのように視界いっぱいの海面が映っていた。
すぐ足下を確認したところ、信じられない光景を目の当たりにする。
立っているのだ。
本来ならば、沈むはずなのに海の上に立っているのだ。
「そ、そうだ! デビルクラーケンは!?」
今の状況も木になるところだが、先ほど戦っていた海の化け物はどうなったのか? 勢いよく振り向くと。
「あ、あなた! すごいじゃない! まさか、デビルクラーケンを一撃で倒しちゃうなんて!!」
半壊している大船から叫ぶ少女と海面に倒れているデビルクラーケンの姿があった。
「倒した、のか。俺が……それに、結構離れてるな」
距離にして、四十メートルは確実に離れているだろう。
(それに、あの巨体が倒れたのに俺には何の被害もなかった? 普通、倒れた衝撃で波しぶきとかが俺を襲ってもおかしくないはずなのに。そんな感じもなかったよな……)
色々と気になること、考えることが多いが、ひとまずは命の危険は去った。海兎は、大きく息を漏らし海面に立ったまま天を仰いだ。