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登城

人より力が強かった。

人より魔法が強かった。

何より、親父が英雄だった。

そう聞かされていただけで、実際に会ったことは無い。

だが、母親は誇らしげだった。


城下町に生まれた俺は、周りのみんなからこう呼ばれていた。


『勇者』


それがお前の名前だと言わんばかりに。

母親は普通の人間。

祖父も、多少痴呆症が進行しているものの、自分の息子である英雄を誇り、その息子である俺を、さも当然であるかのごとく勇者として讃え、そしてその責務を強要した。


同年代の子からは、その特異さから恐れられ避けられ、大人からも気味悪がられ、だが敬称だけは立派ないびつな存在。

それが俺だと認識していた。


それでいいと思っていた。


当たり前だと思っていた。


だからこそ、その日はとても憂鬱だった。


15歳の誕生日、その国の王は俺を呼び出した。

勇者の旅立ちだと。

望んでもいないのに、実質の追放宣言。

何を言うのか。

決まっている。

『魔王を倒せ』

それだけだ。


この国では、やれ魔王が恐ろしい、魔王が居るから世界が平和にならない。

そんな事が一般常識になっている。

だが、俺は知っていた。

この国の経済状況、食料事情、国の運営を維持していくためには最早国を広げるしかない。

そこに居るのは魔物。

魔物達が何かしてきたということは無い。

うっかり彼らの領域に侵入してきた迷い人を追い払うことをしても、積極的に彼らが人を襲うことは無い。

実際に行ってみて確かめたから確かだ。

だが、王たちは喧伝する。

魔物達は良くないものだと。

決して言わないのだ。

『侵略するために邪魔だから滅ぼせ』とは。

国々の協定により、隣国に攻め込むことは厳禁とされていた。

それが例え魔物の国でも、自らの不利益にならない限り、自国の領土でやりくりするというのが、世界の絶対的ルールとなっていた。

それが煩わしくなっていたのだろう、我が国の王は。


その尖兵にするのだ。

勇者と奉った、たかだか15歳の俺を。


「粗相の無いようにするのよ。これが最後の別れじゃないんだから、いつ帰ってきてもいいからね」


優しげな言葉をかけてくる母親。

だが、その目から涙は溢れない。

手にはずっしりと思いずた袋。

その中には金貨がぎっしり詰まっていることだろう。

露骨すぎるので、申し越し隠して欲しかったと思わなくもない。


「行ってきます」


心ない返事をするが、母親はそれで満足したのだろう。

王城の門が閉じる前に、彼女は去っていった。

最早どうでもいい。


登城すると、一直線に王の元へ向かう。

違う、それ以外の所には行けないよう、兵士にガードされた。

王城に居る兵士達は、キラキラと輝く武具や武器を持っており、

まだ子供だと若干恥じるものの、羨望の眼差しで見つめてしまった。


「よく来た勇者よ」


王の眼前でひざまつく。

初めて見た王は、肖像画と異なり、油ぎっており、1.5倍ぐらい横に太かった。

威厳というもの薄く、糸引いている口からは不潔さすら感じた。

こんなものかと言うのが第一印象だった。


「英雄の息子よ、お前も旅立つ時がやってきた」


勝手に決めるなと思った。

俺はできれば、八百屋とかの商売がしたかった。


「見事魔王を殺し、世界に平和をもたらすのだ」


魔王を倒しではなく、殺しになっている。

建前ですらない。

共存するつもりも一切無いのだ。

それが世界の非常識なっていても指摘するものは居ない。

どうせ責められたらこう答えるだけなのだ。

『勇者が勝手にやったこと』だと。


「旅立つお前に選別だ。受け取るが良い」


俺の前に並べられた装備一式と、母親が持っていたものと同様のずた袋。

だが、その装備は、王の周りに居る兵士とは比べ物にならないほど粗末なもの。

粗悪な鉄製の剣と、同様の素材で作られた盾。

鎧は簡単な皮鎧と、ずた袋から見えるのは金貨等ではなく、悪銭と言われる銅貨。

これを持って勇者と名乗れと?

これを持って魔王を倒せと?


「期待しておるぞ」


言葉とは裏腹に一切期待などしていない。

むしろ、俺が死ぬことを望んでいる。

俺が死ぬことで『勇者が魔物に殺された』という大義名分が出来る。

それによって挙兵し、隣国を攻めることが出来、魔物の領地に踏み込むことが出来る。

王の狙いはそれだった。

毛頭、魔王を殺せる等思っていない。殺されては多少困るほどだ。


「身命を尽くします」


心にも無い言葉を良い、下賜された物を受け取りその場を辞する。

王の周りの居る兵士達の嘲笑される言葉が聞こえる。

侮蔑を含んだ目線を感じる。

だが全てがどうでもいい。


「この街の酒場に腕利きの者達が居る。その者達を旅の共とし、旅立つが良い」


あのゴロツキしか居ない酒場の連中とつるめと?

足の引っ張りあいしか無い。

俺はその言葉を無視して、旅立つ。

一度たりとも後ろを振り返ることはしなかった。

正直、別の国で落ち着けるならば、そこで旅を辞めようと考えていた。

とにかく国を出たかった。

勇者の旅立ちなんて言うとかっこいいが、ようは俺は逃げ出しただけだ。

旅立ちなどではない。

それが最善だと信じて、俺は前に進んだ。

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