最初から最後の結末のお話。
『やめろ!!! やめてくれ!!!』
一切無傷、その場には相応しくない姿の彼は涙ながらにそう叫ぶ。
だが、その言葉に答えるものはなく、彼が手を広げ守ろうとしているものが背後に居るが、そこから聞こえてくるのは、叫び声、痛みを訴える声。
その声が聞こえてきた瞬間、彼は振り返る。
いっその事、俺を責めてくれと彼は思った。
俺のせいだと言って欲しかった。
だが、彼の思惑とは別に、そこに居る者たちは笑顔だった。
わかっている。
君のせいではない。
悪いのは君ではない。
誰も悪くない。
だからこそ、彼らは怒りを彼の眼の前に居る者たちにぶつける。
痛い痛いと、結果だけ叫ぶ。
未来は何も変わらない。
知っている。
だが、彼が、彼らのような人間が居ることだけを知れた。
今まで、憎み合うだけの相手が、実は自分達と同じだと知れた。
彼もまた、大いなる波に乗るしかなかったのだと理解しているから。
だからこそ、敵である自分は、彼らの迷惑にならないように、敵で居るしか無い。
少なくとも、彼らが帰る場所で待つ彼らに、我々の敬愛する彼らが、不利益を被る結果だけは避けなければならない。
だからこそ、彼らを巻き込みながら、奥に居るものに攻撃を放つ。
こんな攻撃、彼らには一切効かないことなどを知りながら。
そこには、信頼がある。
彼らならば、自分達を滅ぼしてくれると。
『駄目だ!駄目だ! こんな、こんなことのために、俺は勇者になったのではない!』
勇者と呼ばれる彼は、敵対している自分達に対して涙を流してくれている。
それだけで十分だった。
それ以上は駄目だった。
彼らの仲間も、勇者と呼ばれる彼と同様に感じているようだ。
中には、奥に居るものと同じ、邪悪な笑顔を浮かべているが。
きっと、そやつのせいなのだろう。
そやつが仕組んだことなのだろう。
だが、今は気にしても仕方ない。
結果はもう出ている。
もう駄目なのだ。
『俺は、俺は!!!』
彼は剣を抜き、振り返ろうとした。
だからこそ、もう限界だった。
『!!!!!』
剣を抜き、振り返ろうとした彼の首に、青白い腕がめり込むように打ち込まれる。
通常の彼ならば、この程度の攻撃で意識を刈り取れない。
わかっている。冷静では無いのだ。
だからこそ、この程度の攻撃を受ける。
振り抜いたその手と、もう片方の手をその両隣に居る女達に向け、魔力を込めた一撃を放つ。
その魔力の塊を受け、彼女達はこの戦場から吹き飛ばされる。
彼女らも、この程度、避けられないはずがない。
だが、悪意に飲まれていた。
それは、戦闘で培えるものではなく、初めて味わうものだったから、英雄と呼ばれる彼らでもどうすることも出来なかった。
『魔王!!!』
宙に浮いていた勇者の仲間二人が、迫ってくる。
無防備に。
だから、その腹に向けて、軽く、本当に軽く、拳を当てる。
意識を刈り取るには十分なほどの威力だが、通常、この程度では意識を刈り取ることは出来ない。
だが、受けるほうが望んでいれば別だ。
『感謝します。。。』
向かってきた二人は、そう言い残し気絶した。
思わずニヤける。
まさか、感謝されるとは思わなかった。
だが、気持ちはわかる。
純粋な彼に、これ以上背負わせたく無かったのだろう。
だが、無理だ。
結果は同じ。
だから、せめて、過程を見せることだけはやめたい。
そこは意見が一致していた。
だからこその感謝。
彼は、私が認めた彼は、最後の結果を見て、受け止めることが出来るだろうか。
私と同じように、馬鹿な真似はしないだろうか。
少なくとも、彼には光輝く未来があるはずだ。
それに背を向けてもいい。
だが少なくとも、選ばざるを得ない未来を選ぶことだけはやめて欲しい。
魔王と呼ばれる自分が、敵対する勇者の幸せを願うなど、馬鹿げていると思うが、そんな考えを持てた自分がとても嬉しい。
たった短い邂逅だったが十分だった。
私が大事に思えるものが増えた。
それで十分だ。
あの人から与えてもらった、とてもとても大切なものが失われた時から、最終的にこうなることはわかっていた。
だからこそ、その代わりでは無いが、大切なものの、大切なものぐらいは守って見せよう。
それが、私の最後の使命だ。
道連れにする者たちには申し訳ないが、彼らは気のいい奴らだ。
生かさなければならない者たちは安全な所に逃した。
もう憂いは無い。
さぁ、少しでも、嫌いな奴らを滅するため、前に進もう。
勇者は目覚めた。
自分が地面に顔をつけ、横になっていることに絶望していた。
雨が降っている。
身体が冷たい。
泥に塗れた身体のまま、身体を起こす。
首が痛む。
頭がズキズキと痛む。
だが、そんなことは関係なかった。
そこには何も無かった。
否、守りたいと思ったものが何も無かった。
過去、守らねばならないと、キラキラと光っていたものが、どす黒く、そこに鎮座しているだけだった。
『ようやく目覚めたか、お前が寝ている間に我が軍が全て片付けたわ。役立たずのお前など最早不要。さっさとその宝具を置いて自害せよ。敵を守ろうとするなど言語道断。最後の眠りを妨げなかっただけ慈悲だと思え』
王と呼ばれる人間がそこに居た。
人間なのだ。
だが、勇者にはその者が人間だとは思えなかった。
彼の横には台が置いてあり、そこには首が並んでいる。
勇者が敵だと思い、色々あり、話が出来、守りたいと思えた者たちがそこに居た。
当然魔王と呼ばれるものもそこに居た。
そして、その横には、彼が最も守りたかった者が居た。
この場には居ないはず。
そこに並べるためだけに、おそらく、そういうことをしたのだと、彼はわかった。
『これで、我が国は盤石となった。善き哉、善き哉。あとはこのまま前進し、残るトカゲや、他の世界も我のものにしてみせる!!!』
高笑いしながら、王と呼ばれる人間は汚く酒を飲む。
ただのワインなのだが、光景からそれは血にしか見えなかった。
そして、気づかなかったが、断続的に王の後ろから叫び声が聞こえてきている。
勇者が視線をあげると、そこには、幼い魔物が、一体ずつ、丁寧に処理されていた。
『まったく、忌々しい生き物だ。我らの視界に入るだけでも汚らわしい。さっさとキレイな世界にするためにも駆逐しろ』
『はっ!』
命じられた兵士は、下卑た笑みを浮かべながら一体ずつ殺していく。
勇者はその光景を、見つめる。
その目は、垂れた前髪で、他の者には見えない。
勇者は、周りに彼の仲間が居ることも気づけない。
「もういい。もうわかった」
『あー?』
勇者は、ぼそっと呟く。
すると、自らの剣を抜く。
『今更抜刀するか腰抜けが、魔王すら倒せなかったお前のような弱者が、我が軍に叶うわけなかろう! まぁいい、そのまま死ぬがいい!!』
王が命令すると、周りに居た兵が一斉に斬りかかる。
勇者の仲間達がとっさに構えを取ったが、勇者は大上段に振りかぶる。
すると、いつもなら光輝くはずのその剣は、真っ黒に光り、そのまま振り下ろされる。
雲すら切り裂き、振り下ろされたその後、轟音と共に目の前から生き物が一切消えた。
見える範囲は全て蒸発し、勇者が立っている地面から人一人分、見渡す限り段になっている。
なぜか、生きている魔物には一切傷一つ無かった。
「人も魔物も関係ない。悪いのは心が悪い奴だ。悪いやつの区別がつかないなら、善悪の区別のつかない子供だけ残して、全て殺すしかない」
その日、一夜にして、勇者と呼ばれるものは、子供以外全て殺す世界の的となった。
世界の的となった彼らは、その殺し方から、大昔の古典より引用し、『ピーター』と呼ばれるようになった。