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【休載中】剣嵐戦記 ~無名録~  作者: いくやみ
第一章 晩冬と大獄
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第八話

【二月二十八日 昼過ぎ 王都ルナティア 尋問場】


 この日の尋問は昼過ぎに始まった。

 朝から、疑いを掛けられた人物は吊るされ棒で何度も叩かれていた。

 昨日から一睡もしていないノーリの身体は、紫と真っ赤な部分しかなく、足は外皮が黒くなっていた。

 目の下にはひどい隈ができており、いつ気絶してもおかしくなかった。

 ノーリは「気を失えば死ぬ」という思いだけでどうにか耐えていたのである。


 司教がノーリの吊るされている場所の近くまで連れてこられてから尋問が始まった。


「他の者らは、聖籍が確認できた。だがお前だけは違う。聖籍はおろか戸籍さえ存在しない。お前は何者だ。痛い目を見る前に答えるか、痛い目を見て答えるか!」


 尋問官の問いに、ノーリは歯を食いしばることはしたが答えなかった。

 尋問官は司教の様子を確認して近づいた。


「どうなんです司教。小僧は一体何者ですか」


 司教が目を背けので、尋問官は部下の剣を抜き司教の喉元に突き付けた。

 牢のクドルムが「止めろ!」と声を上げるが、兵士に鞭を打たれた。


「何者かと聞いておるのだ!」


 尋問官は追及を止めないが、司教は一切口を開かず尋問官を睨みつけた。

 尋問官は大いに笑って剣を部下に返し、再びノーリのもとに戻った。


「吐かせるしかないな。小僧の足を炭火で炙り、鞭で傷みつけろ!」


「「はっ!」」


 鞭が打たれるごとに、尋問場にノーリの叫び声が響く。


「吐け。吐けば少しは楽になる。何者だ。何故トンバルーにいた?此度の反乱ではどういった役割だったのだ!」


 やがてノーリの足元に再び鉢が置かれ、ノーリは身体を震わせた。

 ノーリの悲鳴は聞くだけで、どのような惨さなのかが分かるほどだったと言う。



 別の尋問場では、村人の尋問が行われていた。

 一人の村人が、椅子に鎖で括り付けられ、胸に焼き鏝を当てられ震えていた。


「名は何と言う」


「マセと言います」


「村にはいつからいる」


「およそ七年前からです」


「その前は何をしていた」


 それまでどうにか答えていた村人が急に答えなくなったため、尋問官は焼き鏝を手に持ち再び押し当てようとした。


「待ってください!話します!話しますから!ブテーニュのレンスにいました!」


「レンス?」


 尋問官が部下に指名手配書を確認させると、村人と同じ似顔絵の男の手配書が見つかった。


「やはりそうか。七年前に自分の主を殺し、家族と共に夜逃げした奴隷ではないか!」


「あの男は主ではなく悪魔です!私から何もかも奪い取ったのです!女房を奪って、娘まで」


 男の言葉を遮るように尋問官が一喝した。


「いいか!すぐこやつの首をはねよ!」


「止めろ!このろくでなしめ!俺たち民に一体何の罪があるっていうんだ!」


 そう言いながら男は兵士に連れられて行った。



 その頃、ノーリの尋問場ではノーリの足元から鉢をどかすように尋問官が命令していた。


「もう一度聞く。お前は誰だ。親の名を言え。どんな罪を犯して聖堂に来た!」


 ノーリは苦悶の表情を浮かべるばかりで、一切口を開かなかった。


「このままでは埒があきそうもない。どいつもこいつも怪しい者ばかりだ。まとめて痛めつけるしかないようだ」


 吊るされている全員が尋問官の方を見た。


「こいつら全員の足をいっぺんに焼け!」


 あまりの惨さに司教は言葉を失い、クドルムは何もできない自分に歯がゆさを覚えた。

 足元に鉢が置かれると、全員が悲鳴を上げ苦しそうにもがいた。


 弟子たちの苦しむ表情に耐えかねた司教が、兵士の槍をどけて近づこうとしたが、すぐさま取り押さえられた。


「どうしてそこまで惨いことを、それでも人間かッ!」


 尋問官は司教の方は見ずににやりと笑っていた。


「もうやめてくれぇ!お話しします。全てお話します!」


 あまりの辛さに耐えられなかったキサイが折れた。

 キサイの発言を聞いた司教やクドルムは驚き、ノーリは震えながらもキサイを見た。

 尋問官は部下に鉢をどかすように命令した。


「その通りです。ノーリは聖職者でも平民でもありません!」


 クドルムが止めようと言葉を発しようとするが兵士に止められた。


「ノーリは、脱走した奴隷の子供なのです!」


 その言葉に一番驚いていたのは、他でもないノーリであった。

 ノーリは目を見開いてキサイを見た。


「奴隷の息子?」


「はいそうです。ノーリは陛下の奴隷の息子です!脱走した奴隷の息子だと聞きましたぁ!」


 あまりの内容に、ノーリは混乱していた。

 これまでの十三年という月日の中で、一番の衝撃だったと言っても過言でなかった。


「何?こいつが?驚いたな。陛下の奴隷だそうだ」


 尋問官は愉快そうに笑い、司教は観念したかのように尋問官に向き直った。


「こうなったからには、私から話す!」


 司教は立ち上がって、ノーリを見た。


「聞いての通り、その者は、陛下にお仕えした『バルト』という奴隷の、息子なのです」


 師匠の次に信用していた人物からの衝撃的な発言は、これまで拷問に耐えてボロボロになったノーリの心に大きな傷を与えた。


「バルト?聞き覚えがあるな。そうだ、何をした奴か思い出した。そいつは『立夏の乱』を主導した者たちの一人です」


 部下が尋問官に報告すると、尋問官は司教にバルトの居場所を聞いた。


「とうの昔に死にました。十三年ほど前に、赤ん坊だったノーリを連れて聖堂に来ました」


 ノーリは知らなかった自分の出自を、このような状況で聞いたため相当な衝撃を受けていた。


「その時にすべてを聞きました。自分は奴隷の反乱を企てた者の一人であると」


 ノーリの目からは涙があふれていた。尋問官は司教の話を鼻で笑った。


「ならばこいつは、脱走した奴隷として処罰すべきだなぁ!」


 尋問官の発言に、司教は身を乗り出して怒ったが、兵士に取り押さえられてしまった。


「まずは奴隷の名簿で確認せねばならんだろう。ましてや陛下の奴隷ならば、至急確認せよ!」


「承知しました」


 ノーリは力なく顔を下に向け、司教は頭を抱えた。


「よしこれで一人片付いた。お前らもさっさと白状するんだな!」


「前線に総司令として出陣しているアドルフ元帥を知っておるだろう。返事はどうした!」


 ノーリは尋問官の方を見て、徐々に眉間にしわを寄せ歯を食いしばった。



【同刻 王都ルナティア 王宮】


 王宮の玉座の間に、四人の男がいた。

 玉座に腰を掛けているのがフラドル王。その両脇にいるのが、マーレグとイルテである。

 フラドル王への謁見を果たしている男性は、聖皇カール・ログトルである。


 フラドル王は気だるそう聖皇を見て、髭を触った。


「陛下、単刀直入に申し上げさせていただきます。もうこれ以上、聖職者を殺さないでくださいませ」


 聖皇の言葉に、フラドル王は大きくため息をついた。


「このわたくしが聞いたところ、これまで殺された聖職者の数は八〇〇を超えたとのことだそうです」


 フラドル王は依然として髭を触り、気だるそうにしていた。


「国の歴史を振り返っても、このようにたくさんの聖職者が殺されたなどという例は、どこにも見当たりません」


 聖皇の言葉を遮るようにマーレグが口をはさんだ。


「陛下が理由無く、聖職者を殺していると思いますか。奴らは剣や槍を持ってロリマリアに攻め入り、陛下のお命を狙ったのですよ!」


「よろしいか、マーレグ・ダッグナー」


 少々感情的なマーレグに対し、聖皇は冷静な口調でマーレグをじっと見つめていた。


「此度の反乱については、そなたが招いたようなものだ」


 マーレグはあからさまに動揺していた。


「聞いたところ、聖兵がロリマリアに入りいの一番に探した人物は、そなただったようですな」


 イルテは驚いたように伏せていた顔を上げ聖皇を見、フラドル王はその鋭い目でマーレグを見た。

 マーレグは聖皇の内容と、フラドル王からの鋭い視線にひどく動揺しながらも反論した。


「いや、そんなことは。なにを」


 動揺したマーレグに、聖皇は次々と言葉をぶつけていく。


「陛下のお傍におりながら正しく補佐もできず、でまかせばかりの甘言を吐き、黒魔術などというものを使いながらその邪悪な舌を駆使した結果が、聖兵たちの不満につながっていったのではありませんか」


 フラドル王は耳を触りながら聖皇を見て、マーレグはさらに感情的になっていた。


「何をおっしゃる!その言葉、聞き捨てなりません!無礼にもほどがあるというもの!失礼極まりないッ!」


「大声を出すな」


 マーレグの言葉をフラドル王が遮った。

 マーレグは謝するように一礼し、一歩退いた。

 フラドル王は玉座の手すりに寄っかかりながら、その鋭い視線を聖皇に向けた。


「実は、此度で二度目です。私は、二度も聖職者に殺されそうになったのです」


 聖皇は顔をしかめた。


「十数年前に王宮で殺されかけ」


 フラドル王は咳を混ぜながらも鼻で笑いながら続ける。


「此度は、千人以上の聖兵がやってきたのです」


「政を司る者というのは時に、誤解や不満を持たれるものでしょう。此度の事はもうこのあたりで、どうかお納めください」


 フラドル王は話を聞きながら、玉座にもたれかかった。


「どうしますかなぁ」

 

 フラドル王は再び前のめりになった。


「私が受けた報告によると、今聖皇がいらっしゃる聖都も、此度の乱に少なからず関与しているそうですな?」


 痛いところを突かれ、聖皇は一瞬目を下げた。


「それどころか、クレンモン=パルフェ、ティーローズ、モンポルオ、レンス、ブザルソ。むしろ反乱に関わっていない聖堂のある町や村を探す方が難しいほどです」


 聖皇は反論できず、ただフラドル王を見るしかできなかった。


「とにかく、この国には聖職者が多すぎるッ!」


「陛下」


 聖皇が弁解をしようと声を発するが、フラドル王の怒りは止まらなかった。


「お聞きしますが、聖職者たちが国のために何をしていると言うのですかッ!税も納めんッ!」


 かつて夜叉王と呼ばれていた頃の気迫が、この場にあった。


「国の人口は一六〇〇万ほどであるのに対し、聖職者だけで二十五万人を超えるそうですぞッ!」


 聖皇が興奮したフラドル王を落ち着かせるように、柔らかい声で話しかけた。


「ですが陛下、フラドルの歴史は建国以来絶えることなくリギス教と共に、歩んでまいりました」


 フラドル王は玉座にもたれながらも、その視線が聖皇から外れることはなかった。


「現政権になってから陛下の、リギス教に対する抑圧はあまりにも酷過ぎるように存じます」


 その言葉が、少し落ち着いて聞いていたフラドル王を怒らせた。


「抑圧だと!では言わせてもらおう」


 その声圧、周りの空気を一瞬で変える気迫に、流石の聖皇も冷や汗を流した。


「これまでの数々の、宗教の弊害をお考えになったかッ!過去の王朝を思い返してみられよ」


 フラドル王は、聖皇に指をさしながら気迫ある声をぶつける。


「いつの王朝でも、王子のうち一人は必ず聖堂に入って聖職者になってきた。王子のみならず、名家の子息も然り!必ず誰かが聖堂に入り俗世から離れた!」


 聖皇は唾をのみ込んでただ聞く事しかできなかった。


「だがそれも所詮立場ばかりにすぎぬこと。贅沢にならされた身に修行など染まりますまい!」


 脇で控えていたマーレグは、気迫に飲まれ震えていた。


「結局は私欲を満たすことしか頭になく、王室と政治に干渉し、むしろ民たちを苦しめてきたではありませんかッ!」


 一通り言い終わったフラドル王は、深呼吸をして髭を触りながら玉座にもたれた。


「ですが、陛下は既にそのうちの多くの部分を正されてきました」


 一瞬鋭い目つきをしたフラドル王だったが、少し目つきを柔らかくして聖皇を見た。


「ですから、此度の件はもうこの辺でお納めください。これ以上、聖職者を殺めるなど許されぬことです」


「どうしたものだか」


「陛下ッ」


 イルテとマーレグはフラドル王をチラリと見た。

 フラドル王は目を閉じ少しの間考えた後、少し頷き聖皇を見た。


「この私に、それほどまでに懇願されるなら、少し考えてみることにしますが」


 フラドル王の言葉に聖皇は安堵した表情をした。


「今後は聖職者をちゃんと教育されよッ!聖皇は、聖職者の中では最も偉い方なのですからね!」


 フラドル王は聖皇に念を押すように確認した。

 聖皇は真剣な顔で深く一礼した。


「ご配慮に心から感謝いたします陛下。しかと肝に銘じます」


 その言葉を聞いて、フラドル王は小さく頷きゆっくりと息を吐いた。


「ところで、今尋問場に弟弟子ポルトと門下の者が捕まっておるそうです。どうか彼らにも寛大なご処置を」


 フラドル王は思い出したような顔をして頷いた。


「そうだった。一度確かめてみよう」


「感謝いたします。では、わたくしが尋問場に行ってもよろしいでしょうか」


「そうされよ」


「はい、陛下。それでは」


 聖皇はフラドル王に祈りをささげる仕草をして、ゆっくりと玉座の間から去っていった。

 フラドル王は聖皇の去る姿は見ずに、髭を触っていた。


 聖皇が去った後、フラドル王は「おい、ちこうよれ」とイルテを呼んだ。

 イルテが傍にやってくると、部屋を移して駒取の相手をするように命じた。


 部屋を移動しようとした時、いつものように傍に付いたマーレグにフラドル王は下がるように命じた。


「そうだ、尋問場の様子でも見てきてくれ」


 いつもと違う対応に、マーレグは多少の違和感を覚えたが命令に従い尋問場の方へと去っていった。

 マーレグが去った廊下は、フラドル王とイルテの二人だけしかいなかった。

 廊下の途中でフラドル王は急に止まり、イルテに小声で話しかけた。


「さっきの話は本当か?聖職者を八〇〇人も殺したというのは」


「はい、そのように聞いております」


 フラドル王は咳交じりに笑った。


「つまりはだ、この国の聖職者を根絶やしにするつもりなのか」


 イルテは下を向き、何も言わなかった。


「それから聖兵たちがロリマリアに来るや否やマーレグを探したというのも、本当か?」


 廊下を進んでいたマーレグは偶然その言葉だけ聞こえ、聞き耳を立てていた。


「おい、どうなんだ答えろ」


 イルテは一切口を開かなかった。


「こやつめ、だんまりを決め込みよってまったく。まあ良い。行くぞ」


 イルテが何も話さなかったことを確認したマーレグは、尋問場への道を急いだ。

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