第五話
【二月二十七日 フラドル王都圏 オレサー=ポア城】
王都圏の東部にあるこの城は築城当初は東の防衛の要であったが、戦争中期頃からは、国王に代わって政務を執り行う臨時職『太政大老』を城主とする政務の中心であり、外国使節団を迎え入れる場所として利用された。
この頃は太政大老が空席だったため、『内務元老』が城代を務めていた。
フラドルの中央官庁は、詔勅の作成や宣旨、宮中事務を司る『内務省』。文官の人事を司る『式部省』。葬祭や宗教、外交事務を司る『治部省』。戸籍や農工商などを司る『民部省』。武官の人事と軍事全般を司る『兵部省』。司法を司る『刑部省』。租税や財政、財宝、出納、物価、度量衡などを司る『大蔵省』。王宮中の衣食住や宝物その他の諸事を司る『宮内省』の八省である。
各省の長が『元老』と呼ばれる官位の者であり、官位は太政大老を抜き八級ある。
官職の呼び方は、上が官庁、下が官位である。よって大蔵省の二級官位『卿』の場合、大蔵卿となる。
ちなみに、元老は官職で呼ばれる事があるが、官庁名で呼ばれることが多かったそうだ。
話を戻すが、トンバルーが焼き払われた翌日、オレサー=ポア城の城門から十人ほどの男たちが馬に乗って出てきた。
それを城外で待っていた兵の中から、馬に乗った二人の男が前に出て礼をした。
城から出てきた男たちの中で、明らかに若い男が問いかける。
「状況はどうだ?」
「反乱はほぼ鎮圧しました。ですが、まだ捕まっていない聖兵が数百人はおります。捕まえるのに、後数日は要するかと」
二人のうち、少々丸い顔をした男の答えを聞くと、若者は、理解したとうなづいた。
「逆賊どもへの尋問は、誰がしておる?」
「尋問は、陛下のご命令により『ビアロ・デグロフォン』さまが担当されております。ですが事態は、妙な方向へ進んでおります」
ひげ面強面の男の口から、ビアロの名を聞いた若者はため息をついたが、男の最後の言葉を聞き顔をしかめた。
若者の横に控えていた優男が強面の男に問う。
「ドニ大軍佐、何かお聞きですか?」
「アドルフ元帥が反乱を黙認したと、捕らえた聖兵の一部が証言したそうです」
ドニの言葉を聞いた若者は、あまりにも衝撃的な内容に言葉を失った。
「なぜそのようなことを!」
「わたくしが聞いたところによりますと、此度の拷問は度を超えているそうです。恐らく、逃れるためならなんでも話すでしょう」
丸顔の回答を聞いた若者は、深くため息をついた。
「王都へ戻るぞ」
若者は、焦る気持ちを抑えながらも急いで王都の道を進み始めた。
しばらくすると、一列に並んで歩いている人々が見えてきた。
周りには兵士が張り付いている。
「さっさと歩け!」
兵士が列に向かって鞭を打った。
どうやら聖兵を連行しているようだ。
すると突如、二人の聖兵が列を抜け出し後ろへと逃げ出した。
「こらっ!待て!止まらんか!」
兵士が制止するが、聖兵は止まらない。
しかし運の悪いことに、聖兵の逃げた先には若者たちと兵士がいた。
ドニが急いで若者の前に出る。
聖兵は、目の前に現れたドニに驚き足を止めたが、その瞬間後ろの兵士に槍で貫かれ絶命した。
「道を開けよ!道を開けよ!」
ドニが大声で叫ぶと、列は端に退け、開けた道をドニが先行して進んでいった。
【同刻 聖皇領 聖都アルヴァーニュ アッサム大聖堂】
フラドル王国と聖ロワイル帝国の国境上に、俗人禁制の聖都はある。大陸や周辺の島国の国教であるリギス教の総本部である。
聖都の中心にあるアルヴァーニュ大聖堂では、聖職者が常に祈りをささげている。
その奥に小さな聖堂があり、そこには、必死に祈りをささげる一人の老人がいた。
「聖皇様、既に処刑された聖職者の数は数百を超えるそうです。通りにはもちろん、処刑場の河原には屍が累々と積まれており、川は血で真っ赤に染まっております!」
弟子の言葉を聞いた聖皇は、目を開け眉間にしわを寄せた。。
「この大聖堂でも、多くの聖職者が反乱に関わっていたそうです。どうすればよいのでしょう!」
聖皇は悲しみを堪え、弟子の言葉に耳を傾けていた。
「反乱に関わった聖堂は、どこも修羅場だそうです。あちこちに、王都の兵が押し入り、関わった聖職者を強引に引っ立てた挙句、聖堂を焼き払っております!」
「聖職者が、信じられないほど犠牲になっております!腰をお上げください聖皇様ッ!」
聖皇は、神の像を見ながらじっと考えていた。
「聖皇様ッ!」
「皆、神のもとへ還ったか・・・」
「「聖皇様ッ!」」
聖皇は目を閉じ、深く考えた。
【同刻 王都ルナティア 尋問場】
王都にある尋問場は悲鳴が鳴り続ける、まさに地獄であった。
牢屋には、聖職者がぎゅうぎゅうに詰められ、兵士が鞭打ち棒で突いていた。
拷問されている者は、手から吊るされ、足元には恐ろしいほどの熱気を放つ鉢が置かれていた。
さらには、棒や鞭で打たれているため身体はボロボロで、体表は紫や真っ赤になっていた。
尋問官が一人の聖兵に近づき、部下に鉢をどかし打つことを止めるように言った。
「もう一度聞こう。裏に黒幕がいるんだろう。違うかッ!」
聞かれた聖兵は、あちこちから出血しており、右目も腫れがひどく見えていなかった。
「も、申し上げた通りです。寒さとひもじさに耐えきれず、不満が爆発して・・・」
聖兵は震えた声で答えたが、尋問官は眉間にしわを寄せた。
「こやつ、しらばっくれるつもりか?」
聖兵の身体が、太い棒で何回も叩かれた。
尋問場に、聖兵の苦しむ声が響き渡る。
「命が惜しくば、正直に言え!」
「よいか。他の奴らは、アドルフ元帥の密命を受けたと白状した。お前らもさっさと認めたらどうだ?」
再び聖兵が棒で叩かれ、声が響く。
「み、密命など、存じませんッ!お助けを・・・どうかお助けを!」
聖兵は声を絞り出すように必死にしゃべった。
それを遠くから見ていた男がため息をつき、監督席へ静かに座った。
「これではまだ生ぬるい。良いだろう。生きているより死んだ方がましだと思わせてやる。いいか、お前の足をじっくり焼いて、野良犬にくれてやる!お前ら!こやつの足を炙って、棒で打て!」
足元に鉢が置かれ、聖兵は背中を棒で何回も叩かれた。
あまりにもむごい状況である。聖兵の足が焼けていく音が聞こえた。
聖兵は、まるで地獄の苦行を味わっているかのような叫び声をあげた。
周りで見ている聖兵や聖職者は、あまりの状況に言葉を失っていた。
尋問官は、隣の聖兵に問う。
「お前はどうだ?死にたいか?助かりたいか?」
「私に嘘を、つけと言うのですか。我々は、マーレグ・ダッグナーという男を、殺しに来ただけです!」
その言葉を聞いた尋問官は笑った。
「どいつもこいつも、口をついて出てくるのは、マーレグ・ダッグナーを殺しに来たばかりだ」
「当然だろう。恨まれるようなことをたくさんしたのだから」
「「へっはっはっはっは」」
マーレグの悪行は、当時誰が見てもひどかったのであったという。
「だがそれは建前で、実は、陛下の命を狙いに来たんだろうがッ!」
そう言いながら、尋問官は隣の聖兵を棒で叩いた。
聖兵はせき込みながらも、声を絞り出した。
「そうだ・・・あなたたちは、聖職者を戦場へ送り、まるで獣や奴隷のように我々を扱ったではないかッ!あなたたちを皆、殺すために来たッ!」
「ぬはははははは。黒幕がいるはずだ。お前らの頭でそんな考えが思いつくか?」
聖兵は首を横に振った。
「そそのかしたのは、アドルフ元帥であろう!」
「そんなことはない」
その言葉を聞いた尋問官は、再び棒で打ち叩いた。
「こやつめ!でたらめを!正直に言わぬかッ!他の奴らはとっくに白状しているぞ!」
尋問官は、聖兵たちに棒を向けていく。
「アドルフ元帥は、こんな戦争ばかげている、と言ったそうだな!こんな雑魚ばかりでは、到底戦えんとな!」
「し、知らない」
「そのうえ、王国の長である陛下が死なない限り、国には平和が来ないと言ったな!」
聖兵の口からは血が流れていた。
「お前たち聖兵はそれを聞き、王都に押し寄せたのであろう!アドルフ元帥はそれを黙認した!」
もはや聖兵は答えることすら出来なるほどぐったりしていた
「つまり、アドルフ元帥が、反乱を扇動した!そうだろう!」
「私は知らない。何のことだかさっぱり」
聖兵は囁くような小さな声だが、必死に声出し返答していた。
「お前も余程苦しんで死にたいようだな。始めろ!こやつらの足を火で炙り、骨が折れるまで打ちのめせ!」
全員の足に鉢が置かれそうになった瞬間だった。
「待ってくれ!」
全員が、火で炙られている最初の聖兵を見た。
「おっしゃった通りです」
その言葉を待っていたかのように、尋問官たちが笑みを浮かべやってきた。
「アドルフ元帥に、そそのかされましたッ!火をどけてくれ。頼むから火をどけてくれぇ!」
「ぬはははは。そうだろう?早く言っていれば、痛い目を見ずに済んだものを」
「こりゃあ熱そうだ。おい!火を片付けろ」
「「はッ!」」
聖兵たちから鉢がどかされた。命乞いをした聖兵の足からは湯気が立ち、肉の焼けている臭いがした。
「ほれ、詳しく話してみろ。アドルフ元帥は、何と言って反乱を扇動したのだッ!」
それを見た監督席の男は立ち上がり、尋問場を去っていった。