第四話
「司教様!」
思わずノーリが声を上げる。
司教は隠れているように目配せをした。
幸いにも、前列の兵たちには聞こえておらず、ノーリは女子を連れて建物の陰に隠れ、事態を見守ることにした。
「母さん」と泣き始めた女子の口を慌ててふさいだ。
「このような許し難い行為をするとは、何者だ」
司教は、珍しく兵士を睨みつけながら圧のこもった口調だった。
「私は、王都の中隊長アルザムです。ポルト司教ですね。陛下のご命令です。陛下は、聖職者と村人を捕らえて連行せよ、と仰せです」
アルザムは前に出て、冷たい眼差しで司教たちを見た。
「聖兵の反乱に、この聖堂も関与している故。小隊長ッ」
「この者たちを捕らえよ。一人たりとも残さず、連行しろ!」
槍兵がじりじりと前進し、騎兵が鞭を取り出し睨みを利かせる。
「その聖職者からだ」
騎兵が司教を指さし、槍兵がさらに前進する。
クドルムが司教と槍兵の間に立ち、兵たちを牽制した。
「なんと無礼なことを!この方をどなたと心得る!皆下がらんか!」
クドルムの態度を、騎兵は馬上から馬鹿にしたような目で見ていた。
「貴様こそ、俺たちを誰だと思っている!」
騎兵がクドルムに向かって鞭を放った。
しかし、クドルムは鞭をいとも簡単に握り、騎兵を馬上から引きずり落とした。
全員が一瞬驚いたが、すぐに両者とも興奮状態になり、兵士は抜剣し殺気を向けた。
「何をしている!そいつを召し捕れ!」
「司教様を守れ!」
司教が唖然としている中、両者の戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
「抵抗する者は叩き斬れ!」
トンバルーの通りは乱戦状態となった。
兵士は、クドルムを討ち取ろうと突き掛かるが、クドルムはすぐさま懐に潜り込んで、素手で次々と兵士を倒していった。
前列の兵の不甲斐無い状況を見た後列の兵が、すぐさま参戦した。
彼らは、王都でも叩き上げの兵士であったため、そこらの兵とは練度が違っていた。
後列の参戦により、戦局は一気に兵士優勢となった。
もともと、剣や槍を持つ兵士に対し、木剣や棒などの貧弱な武器で戦う聖職者に勝てる見込みなどなかった。
次々と聖職者たちが槍に貫かれ、剣で斬り殺されていく。
「今すぐに止めなさい!止めろと言っているであろう!止めろおおおおお!」
司教の叫びも空しく、通りは徐々に聖職者の死体が増えていった。
お世話になっていた聖職者が次々と殺されていく状況を、ノーリはただ見ているしか出来なかった。
そんな劣勢の中でも、クドルムは兵士を返り討ちにし続けた。
乱戦の中で、兵士をほぼ一撃で仕留めていた。
しかし、司教を守る聖職者の数はみるみる減っていた。
クドルムに引きずり降ろされた兵士が、司教の目の前まで迫っていたのである。
その様子を見たノーリは、とっさに助けに行こうとした。
しかし、女子が袖を握って、首を横に振っていた。
ノーリは女子に向き直って「すまない」と言い、手を振りほどいて司教のもとに走り出した。
司教のもとに向かう途中で、聖職者の落とした木剣を拾う。
兵士が司教の目の前に立っていた聖職者を斬り殺し、司教に斬りかかろうとした時、ノーリが兵士の兜を割らんばかりの一太刀を加えた。
兵士は気絶し、その場に倒れた。しかし、ノーリの兜割りに耐えられなかったため木剣は折れてしまった。
「この野郎、ただじゃおかんぞ!」
ノーリの兜割りを見た兵士が、怒りをあらわにして斬りかかってきた。
ノーリは、剣をかわしながら、先ほど斬られた聖職者の木剣を拾い、兵士に向き直った。
兵士はノーリに再び斬りかかるが、ノーリはそれを簡単にかわし、がら空きになった胴に三撃加えた後、上段から斬りかかった。
兵士は上段の攻撃だけはどうにか防いだものの、その次の足払いは防げず、背中から地面に叩きつけられた。
ノーリはとどめを刺そうと斬りかかったその時だった。
「お前ら!こいつがどうなってもいいのか!」
兵士の声だった。全員が声の方を向く。
そこには、先ほどまでノーリと一緒にいた女子の喉元に剣を突き付けた兵士の姿があった。
「これ以上抵抗するなら、こいつを殺すぞ!全員武器を置け!」
兵士は聖職者に対して脅しを掛けてきたのである。
いくら武芸を学んでいると言っても、人を見殺しにするということは聖職者には出来ない。
そのことを見越した行動だった。
「なんと卑劣な!それでも王都の兵士か!」
クドルムが兵士に叫ぶが、兵士は気にする様子もなく笑っていた。
聖職者たちは、司教の方を見た。
司教は武器を置くように目配せをし、それを見た聖職者は泣きながら武器を置いた。
しかし、ノーリは兵士の目の前まで走り、木剣を向けた。
「ノーリ!駄目だ、止めなさい!」
司教が叫ぶ声はノーリには聞こえていなかった。
師匠との修行の中で、志士道を学んだノーリにとって許すことが出来ない行為であったため、ノーリは怒った。
生まれて初めて怒った。
尋常ではない殺気をノーリは放っていた。
「こ、小僧。武器を置け。さもないとこいつを殺すぞ」
兵士は再び脅しを掛けるが、そのことがさらにノーリを怒らせることになった。
「はああああああああああ!」
ノーリは大きく叫んだあと、大きく上段の構えを取り、一撃を放つ準備をしていた。
怒りに震えているノーリであったが、冷静に一撃を放つ機をうかがっていた。
外したり、誤って女子に当たることない場所を探っていた。
そして、背後からの一撃が確実だと分かったノーリは、中段に構え直し再び叫んだ。
「ノーリ!止めるんだ!」
ノーリが本気であることを理解したクドルムが制止しようとするが、ノーリはすでに一歩目を踏み込んでいた。
小隊長と中隊長は、その様をじっくりと見ていた。
ノーリは、もう止めることの出来ない二歩目を踏み込もうとしていた。
「待てッ!」
司教たちの後ろから声が聞こえた。
その声を聞いたノーリも無意識に歩目を踏みとどまり、後ろを見る。
そこには、師匠が立っていた。
「師匠殿!?」
司教が驚いた様子で見ていた。
「早鐘が鳴ってるもんだから、何事かと思って聖堂に行ったのに誰もいなかったんで、まさかと思って戻ってきたら・・・王都の兵士だったか」
師匠は、死者を弔うように目を閉じ、ゆっくりと目を開け、兵士を見ながら歩き始めた。
「し・・・しょう・・・」
ノーリは我に返って構えを解いた。
「お主、何者だ」
「剣を少々やるただの浪人とでも言っておきましょう」
中隊長の問いに答えながらも、師匠は歩みを止めない。
「てめぇ何しに来たのか知らねえが、怪我しねえうちに帰りやがれ!それ以上近づいたらこいつを殺すぞ」
その言葉を聞いたノーリは、すぐさま構え威圧する。
「覚悟はあるんだな?」
師匠が兵士に言う。その顔は少し笑っているようにも見える。
「何だと?」
「剣を抜いたからには、覚悟を持てよ」
師匠の言葉に段々圧がこもっていく。
ノーリはそれを背中で感じながら、冷や汗を流していた。
「何言ってんだてめぇは」
「それは脅しの道具なんかじゃないってことだ」
師匠が一歩踏み込んだ瞬間、司教と女子以外の全員が金縛り状態に陥った。
兵士に人質に取られていた女子は、急いで離れ、司教のもとへ走った。
「なんじゃ・・・こりゃ・・・」
兵士は呼吸しづらそうに声を発した。
もちろんノーリも金縛りに陥っている。
「し・・・しょう・・・これは・・・」
師匠の技であることは理解できていたが、初見であるためノーリは混乱している。
「はああああああ!ふんっ!」
クドルムは一番に金縛りを解き、他の聖職者を助けに行った。
それを見たノーリも、剣気を集中させてどうにか技を解くことが出来た。
「師匠!」
と目の前に来た師匠を叫んだ瞬間、首筋に痛みを感じたのを最後に、ノーリの意識は途切れた。
師匠が、ノーリを気絶させ、倒れたその体を背負ったのである。
師匠はアルザムに歩み寄り、小声で話しかけた。
「この兵士たちの隊長だな。我々はそなたらの面子を立てるために命令に従うが、この村の人々は無実だ。処罰は受けさせない。私が国王と直接話す。いいな」
「あなたのような浪人にどうこうできる問題では」
アルザムはそこまで言ったが、師匠の次の言葉を聞いた瞬間、納得せざるを得なかった。
「分かりました。あなたの言う通りにいたします。しかし、王都での審判が終わるまでは、村人や聖職者は罪人として扱います」
全員の金縛りが解かれた後、師匠は司教に命令に従うよう説得し、村人と聖職者全員を王都に連れていくことを了承させた。
「村人や聖職者は全員捕らえよ。あの聖堂も焼き払え!」
「なんだと。罰当たりが!聖堂に火を放つだと!恐れる心を知らんのか!」
「これも陛下のご命令です!」
「何をしている。皆捕らえよ。一人残らず捕らえて、連行せよ」
「「はっ!」」
この争いは、結果的には村側の敗北であった。
村人や聖職者に縄が掛けられていく。
「司教に縄はいい。カール聖皇の弟弟子だ」
生き残った者全員が連行され村を離れる頃には、村は焼失し影も形もなくなっていた。
「なんという修羅場だ。まるで地獄絵図だ」
司教は焼失した村を見ながら泣いた。
連行されていく人々は、皆目に涙を浮かべていた。
連行されている人の中には、兵士に殺されかけていた女児と、助けた聖職者の姿もあった。