第二話
ノーリたちが下山を始めた頃、トンバルーはいつもと変わらない生活が営まれていた。
トンバルーの奥にある聖堂の庭では、聖職者たちが日々武芸に励んでいる。
「聖職者だからと言って、鍛錬を怠るな。少なくとも、己の身は己で守れ」
二十人ほどの聖職者の前に立ち、武芸を教えている彼の名は『クドルム』。トンバルー聖堂の助祭であり、聖堂一の武芸の達人である。
「「せいっ!」」
「よし!上段から、振り下ろし!」
「「せいっ!」」
「受けの構え。はあっ!」
「「えいっ!」」
「振り下ろし!はあっ!」
「「ういっ!」」
「構え・・・ん?」
クドルムの目に、森からボロボロになって走ってくる男が見えた。
男は、森を抜けた途端に足がもつれ、勢いよく倒れた。
「おい!大丈夫か!」
クドルムが男に駆け寄る。男の身なりは聖兵のようだった。
「お前、ウォンドではないか!よく生きて戻った」
男の正体は、トンバルー聖堂から聖兵としてフラドル軍に徴兵された、ウォンドという聖職者であった。
「はいっ!あ、あの・・・司教様。司教様はおられますか!」
ウォンドはかなり慌てた様子だった。なにより服はボロボロで、顔は痩せこけていた。
「おられる。ところでど」
「司教様にっ!」
クドルムの質問を待たず、ウォンドはクドルムの肩を強く握り、切羽詰まったような顔で、急ぎ司教のもとに連れていってほしいと告げた。
クドルムは、ウォンドを急いで聖堂の一室へと連れていき、粥と茶を食わせた。
ウォンドは、食事を一気にかきこんだ。余程の空腹だったのだと分かる。
食事を終えたウォンドのもとに、トンバルー聖堂の司教がやってきた。
トンバルー聖堂の責任者である司教は、ポルト・マークスという五十五歳の男性だった。
「一体何事だ。どうしてそのように慌てておる。他の聖職者たちはどうなった」
司教の質問は至極もっともだった。戦場に向かったはずの弟子が、ボロボロになって戻ってきたということは、何かが起きたと言うことを示しているからである。
「ほとんど・・・命を落としました。モート以外は」
ウォンドの声は震えていた。
「モート!?」
「はい司教様。ずっと私と一緒でしたが、王都の兵士に捕まったのを、この目で見ました」
「順を追って説明しなさい。王都とか兵士とか」
ウォンドの慌て様と話の内容で、何か起きたのではという疑念が確信に変わった。
「王都圏一帯は大変な騒ぎです!」
その言葉を聞いた瞬間、司教は言葉を失った。クドルムがウォンドに問う。
「何故!?」
「反乱が・・・反乱が起きました」
言葉を失っていた司教は、あまりの内容に部屋の外で聞いている弟子たちの方を見た。
「反乱だと!?誰が、どこで!」
「二日前、聖兵は戦線を離脱し、王都に向かいました」
聖兵という単語を聞いた司教が、思わず問う。
「なんだと!?い、一体どういうことだ」
「千人あまりの聖兵が、矛先を転じ王都圏に、攻め入りました」
その言葉を聞いた全員が絶句した。仲間が、国に反旗を翻したという衝撃は計り知れなかった。
「お前たちは、聖堂の外に出ていなさい!」
司教が、部屋の外で聞いていた弟子たちに言った。
「「はい・・・司教様」」
弟子たちが出たのを確認したクドルムがウォンドに問う。
「なぜ聖兵が反乱を起こしたのだ」
「フラドルの国王である、デルマを討つためです!そして、マーレグ・ダッグナーもです」
「マーレグ・ダッグナーだと?」
「デルマの側近で、とても邪悪な魔術師です司教様」
「反乱の理由を聞いておるのだ。何故聖兵が反乱を起こすまでに至った」
その言葉を聞いたウォンドは、目に涙を浮かべた。
「うっ、それは・・・寒さの中、飯はくれないし、戦は進展しないし、その上毎日労役を課せられ、あまりの待遇に、不満が募ったのです」
聖兵の厳しい現状を聞いた司教は再び絶句した。
「そもそも、何故聖職者が戦に駆り出されるのか」
ウォンドの怒りと悲しみは、司教やクドルムにも感じ取れた。
「結局不満が爆発して、王都に向かおうという声が上がりました。デルマと、鬼畜マーレグを殺すためです!」
ウォンドの声に、次第に力がこもっていく。
「聖職者を戦場に駆り出したのは、まさにマーレグ・ダッグナー、マーレグ・ダッグナーではありませんか!」
「これは・・・なんと・・・」
フラドル王都圏の現状を知った司教は、頭を抱えた。
「本陣を離脱し、僅か一日で、ロリマリアに着きました」
【二月二十五日 フラドル王国 ロリマリア】
ロリマリアは、王都圏の戦略的要所である。周囲を流れの早い河川に囲まれているため橋が少なく、王都に近接していることから、城塞型商業都市として、王都に並ぶ豊かな都市として発展した。
前線のノンドルギア地方から王都を攻めるにはここを突破せねばならなかったが、不幸中の幸いか、当時ロリマリアには国王と側近たちが滞在していたのである。
二十五日の深夜、ロリマリアの北門に総勢千の聖兵が集結した。
「城門を開けよ!インデグラル軍が迫っている!門を開けよ!」
聖兵の声を聞いた、門番長が城壁から顔を出した。
「早くしろ!急げ!」
聖兵が急かすが、門番長は開けようとはしなかった。
「インデグラル軍が来たのなら、食い止めるのがお前たちの役目だろうが!」
「後退してきたのだ!門を開けよ!」
「たわけたことを言うな!既に国王陛下からは、聖兵を警戒せよと、お達しが来ておる!」
この言葉を聞いた聖兵の多くが動揺した。既に自分たちの裏切りはばれていたのである。
「逆賊どもめ、とっとと立ち去れ!」
「仕方ない。奴らを殺せぇ!」
聖兵たちの隊長が抜剣し、全兵に攻撃を命じた。
聖兵の抜剣を確認した門番長も抜剣し、部下に絶対死守を命じた。
「矢を放て!」
短弓を持った聖兵が、城壁の兵に矢を放った。
剣以外にまともな武具のない城壁の兵は、聖兵にとっては動く的であり、次々と矢が刺さり死んでいった。
門番長も無数の矢が刺さり戦死したため、指揮系統が混乱し、まともな応戦もできぬまま城壁の兵は壊滅した。
「城門を破れぇ!」
その号令を待っていたかのように、丸太を担いだ聖兵たちが、門を打ち破ろうと喊声を上げ全力で走り出した。
他の聖兵も、長梯子を城壁に掛け、城壁の制圧にかかった。
城門を破られないように抑える兵がいないため、城門は予定よりも早く打ち破られた。
城壁の残党兵も次々と討ち取られていく。
城門を打ち破った聖兵たちは次々とロリマリアの行政区へと向かった。
「デルマを殺せ!悪臣マーレグ・ダッグナーを殺せ!進めぇ!」
「ですが、あまりにも無謀でした。聖兵の中に潜んでいた、王国の回し者が王都に知らせたのでしょう。ロリマリアの守備隊と王都の騎士団が、我々を待ち構えていたのです」
ロリマリアの行政区にある役人の家や施設では、聖兵による殺戮が行われていた。
「くたばれこの野郎!」
役人は、ただ斬り殺されるだけでなく、四肢を斬り落とされ、最後に首を飛ばされたり、柱に括り付けられて矢の的にされたりした。
しかし、本来の目的である国王や側近らは発見できなかった。
「マーレグめ、逃げ失せたな。奴らを探せ!」
「皆、王都へ向かえ!」
「「王都へ向かえ!いざぁ!」」
行政区は、悲鳴と怒号が響き渡り、家屋は焼かれ、血と煙と肉の焼ける臭いに包まれていた。
北門攻撃開始から一時間半過ぎた頃、聖兵たちは王都への最短経路である南門へと進んでいた。
「いざ王都へ!」
「「応ッ!」」
「マーレグを殺せ!」
「「殺せッ!」」
「悪臣を成敗せよ!」
「「悪心を成敗せ・・・!?」」
突然、前列が進軍を止めた。
目の前に、ロリマリアの守備隊と王都の騎士団が現れたからである。
守備隊は大盾を前面に展開し、威圧した。
聖兵たちは大いに動揺した。
「逆賊どもだ。かかれ!」
騎士団を率いている男がそう言うと、建物の屋根から火矢を構えた兵が現れ、火矢を放った。
しかし、矢は聖兵たちの目の前に刺さった。
聖兵たちが、矢を外した兵の事を笑おうとした瞬間、火が一気に聖兵たちを包んだ。
慌てて足元を見ると、油に浸された枯れ草が敷き詰めてあった。
夜中だったため、聖兵たちは足元がよく見えていなかったのである。
次々と聖兵たちが焼き殺されていく。
一人は転げまわって火を消そうとするも、転がった先にも油があり、やがて黒焦げになって死んだ。
目の前で、次々と仲間が焼死していく様を目の当たりにした後続の聖兵たちは、ひどく動揺し士気は一気に下がった。
「皆殺しだ!かかれ!」
守備隊が一斉に矢を放った後、槍兵が先陣を切って聖兵に向かっていった。
「決してひるむな!」
前線でどうにか生きていた隊長が、士気を上げるために号令を上げていたが、投げられた槍が心臓を貫通し即死した。
隊長の死を認識した聖兵たちは恐慌状態に陥り、為す術もなく討ち取られていった。
先ほどまで一方的に殺戮していた聖兵たちが、今度は守備隊に一方的に殺されていったのである。
南門通りは、聖兵の死体が累々と並び血の海となった。
「この区画の門を全て閉じよ!ロリマリアに入った聖兵を皆捕らえよ。刃向かう者は、皆殺せ!」
「私は、九死に一生を得て逃れましたが、モートは・・・モートは・・・」
ウォンドは泣きながら、モートを置いてきたことを悔いた。
司教は、ウォンドの心境を理解し、見守っていた。
「お逃げください!モートが捕まったので、王都の兵が必ずここへ来ます。それを知らせに馳せ参じました」
ウォンドは涙を拭った。自分の本来の目的である、司教を逃がすということを思い出したからである。
「これは急がねばなりません司教様。よいかウォンド、お前は今すぐ逃げろ。奴らに捕まったら命はない」
「その通りだ。すぐに逃げなさい!早く!」
司教は自分の心配よりも、ウォンドのことを第一に心配していた。
同じように、自分たちの反乱で窮地に立たされている司教をほって、自分だけ逃げることにウォンドは躊躇した。
「我々はどうにでもなる。だがお前は違う。他の聖堂に逃れ、隠れていなさい。早く行け!早く!」
いつもは優しい司教も、弟子の生死を分ける瞬間においては急かす口調だった。
「はい、司教様・・・それでは・・・また連絡します」
ウォンドは司教に一礼し、再び走り出した。
「おいクドルム」
「何でしょう」
「兵が来たら、村人が危険にさらされる。彼らは人目を避けて隠れている者ばかりだ」
この村の人口の九割以上が社会的弱者、つまり奴隷や元罪人といった者たちである。
「それから師匠殿に知らせてきてくれ。師匠殿も兵に会うと、いろいろ不味かろう。急いで早鐘を鳴らすのだ。急げ!」
「はい司教様」
クドルムはすぐさま立ち上がって、聖堂を飛び出した。




