第十三話
【三月一日夜 オーギョルド地方 築城労役場】
アドルフの流刑が決まったその夜、コリは他数人の中にノーリを呼んだ。
「おいノーリ、仲間だ。こいつはブラウド、ここで知り合ったが良い奴だし信用できる。腕っぷしも強いんだぜ。こいつはパハラ。二人とも武芸の覚えがある」
「ブラウドだ」
「パハラです」
突然の紹介にノーリはどう対応すればよいのか分からなかった。
そんなノーリをよそに、コリは話を続けた。
「計画の事を話したろ?こいつらと一緒に出る」
「計画?何のことですか?」
「あぁそうか、まだ話してなかったか。よし今から説明する」
ノーリは突然の事に少々困惑した様子だった。
何より、今日知り合った人物たちから信用されている様子に若干の違和感があったからである。
「いいか、このまま労役場で働いても道具のようにしか扱われない。いずれぼろ雑巾のよう捨てられるか、くたばるかだ。それは分かるか?」
「ええ。今日だけでも十分に」
「なら大丈夫だな。このままくたばるならいっそ逃げた方が十分ましだ。前の晩に死んだ爺さんが言ってたのと一緒だ。だから俺たちは計画を進めてきた」
「その計画とは何ですか?」
「この牢にいる奴隷たちで蜂起するんだ」
「なんですって!?」
ノーリの急な大声にコリやブラウドが急いでノーリの口を塞いだ。
「馬鹿!声が大きい。もしこれがばれたら、俺たち全員首が飛ぶんだ」
「頼むから落ち着いて聞いてくれ。いいな?」
ブラウドの言葉に、ノーリはこくこくと頷いた。
「この築城労役は後半に入って来ている。そして監督についている兵士たちも戦局が芳しくないのか徐々に減ってきている。今や労役場全体の奴隷数千に対して兵士は数百だ。人数の上では勝っている」
「だから完成直前で蜂起し、兵士を倒して逃げるって寸法だ。決行は一週間後。どうだ、一緒にやってみないか?」
ブラウドの提案に、ノーリはすぐに頷かなかった。
コリが不思議そうな顔でノーリを見つめた。
「なんで黙ってんだよ?」
「私はそういったものの経験がない。それに」
「俺だって経験はないぞ」
「俺も」
「みんなこんなのは経験したことはないさ。命がけの戦いだ、失敗すれば死ぬ。だがな運よく生き残れば、この地獄のような所から抜け出せる!どうだ、やってみないか」
コリの説明を聞いてもなお、ノーリは迷い頷かなかった。
「他の牢では志願者が数十人もいるらしい。昼間見たけど、お前すばしっこいな。よく考えろ、二度とない機会だ」
「一緒に出よう」
三人の顔を見たノーリは申し訳なさそうに俯いた。
【同刻 フラドル王都圏 王都ルナティア ルウンの屋敷】
ノーリが蜂起の計画を知った頃、ルウンの屋敷ではルウンがセシールやイルテ、ガエルと卓を囲んでいた。
豪華な食べ物が乗せられているにも関わらず、部屋の雰囲気は暗かった。
「流石ルウン様です。よくぞ耐えられました」
イルテがルウンに王宮での一件について褒めていた。
だがルウンの重い表情は変わらず、イルテの盃に酒を注ぎ手渡した。
「さあ、飲みましょう」
イルテは「はい」と一礼してから受け取り、一杯酒を飲んでからルウンに話しかけた。
「ルウン様のおかげでアドルフ元帥は極刑を免れました」
ルウンの隣にいたセシールは涙を流しながらルウンの方を見た。
「さぞお辛かったでしょうね」
「そうですとも。ですが、このような結末になることを陛下は予測していらっしゃったと、私は見ております」
「それはどういうことです?」
「ルウン様、陛下を信じるのです。ご真意はルウン様がお考えのもとのは異なります」
イルテの言葉をルウンは不思議に思った。
自分を冷遇している父の真意が、実は自分を応援しているのだと信じられなかったのである。
「どうでしょう。父上は私を内務元老に据えておきながら実権はご自身にあり、私に王位を継承させるような素振りはしていません。しかも父上の最も近くで働く宮内省の長に弟を据えました。なのに何を信じろと?」
セシールは普段自分に見せない不満を口にしているルウンを見て、腹に子を宿している自分に不安を与えないように気を遣ってくれているルウンの優しさが嬉しさに再び涙を流した。
「宮中事務などを司っていますが実権は何一つありません」
「果たしてそうでしょうか。私とブノワ衛士長をご覧ください。我々がルウン様側であることは、あの四人衆も知っております。しかし陛下は我々を御傍に置いております。これは陛下の周りで起きていることを、ルウン様にお伝えするためです。現にこうして、私が来ております」
ルウンのもっともな言葉にルウンは聞き入っていた。
「陛下は政にビアロら四人衆を重用してきました、したがって四人衆の力は強大です。彼らを失脚させるには相当な時間が必要かと」
ルウンはゆっくりと息を吐き、セシールの方を見た。
「しかし奴らは所詮目に見える脅威。問題は目に見えない脅威をどう警戒するかです」
「見えない脅威?」
「奴らの陰にいる若きケヴィン・トーマンにお気を付けください」
聞きなれぬ名前に、ルウンはアラン派の家臣でそのような人物がいたか思い出そうとしたが、ケヴィンという名前に聞き覚えはなかった。
「その通りです。調べたところ、広く学問に通じ頭の切れる男です。様々な策はその者が立案しているものかと」
「お気づきでしょうが、陛下のお身体はだいぶ弱っております。ある同志から手に入れた丸薬で、なんとか持ちこたえている有様」
父のあまりの弱り様を知ったルウンは目を丸くし、セシールは心配そうにルウンを見つめていた。
「陛下の目の黒いうちは恐らく誰も無謀な真似はしないでしょう。与えられた猶予はそれしかありません。陛下がご存命のその期間だけです。もうあまり時間がございません。生き残る道を早急に見つけなければなりません」
改めて事態の重さを思い知らされたルウンは、ゆっくりと深呼吸をした。
【数時間後 オーギョルド地方 築城労役場】
日付も変わろうとしていた頃、築城労役場を訪れる人物がいた。ドニである。
彼は数か月後に予定されている兜網毬大会に出場する者を探しに来ていた。
兜網毬とは、網の張った棒で毬を打ち相手の毬門に入れる競技である。
元は大陸の東で誕生し、聖ロワイル帝国や諸国を経てフラドルに伝えられた。
馬に乗って行う騎馬兜網毬と歩いて行う徒歩兜網毬がある。
そのうちフラドル王国、特にデルマ王による王政の頃は主に騎馬兜網毬が盛んだったとされる。
なぜなら兜網毬は兵士の選抜に利用され、結果に応じて官職を与えられたという記録が残っているからだ。
競技がいかに熾烈で危険だったかがうかがい知れる。
ドニは労役場に着くなり監督の小隊長を呼び寄せ、使えそうな奴隷がいないかと聞いた。
アドルフの流刑が決まった直後からドニはこの労役場まで馬を走らせており、疲れているのがよく分かるほどだったと言う。
「そこそこは。しかし大軍佐、お疲れではありませんか」
「休むわけにはいかん。昼のルウン様のお気持ちに比べれば、俺の気持ちなど・・・くっ」
ドニは出された椅子の背もたれを叩き、昼の悔しさをぶつけた。
「気を落とされたルウン様を、どうにか元気づけたいのだ。誰かいないのか。アラン様側に負けるわけにはいかんのだ。お前は奴隷を監督してきたであろう。使えそうな者は」
「そこそこ腕の立つものが既に志願したと聞きましたが」
その言葉にドニは怒りをあらわにした。
「こやつッ!いないから聞いておるのだッ!」
小隊長は頭を下げ、ドニは息を荒くして椅子の周りを少し歩いた。
「そうだ。あの者だ。トンバルーから連れてきた少年だ」
「ノーリのことでしょうか」
「その少年の名はノーリと言うのか」
「はい大軍佐。聖堂に向かう時小競り合いが起きましたが、あやつは武芸に覚えがあるようでした」
「おおそうか!ならすぐにやつを連れてこい」
「ですが大軍佐、あやつはまだ子供です。人殺しに耐え、兜網毬に参加するでしょうか」
「何を言っておる。聖職者が武器を手に陛下を殺そうとする世だ。そんな倫理があるか」
ドニはにやりと笑って小隊長を見た。
「今頃労役の過酷さに辟易しているはずだ。その者をすぐに連れてこい、一人でも戦力が欲しい。よいなッ!」
「承知しました」
小隊長は一礼した後、すぐさまノーリの牢へと向かっていった。