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第十二話

【同刻 王都ルナティア 大通り】


「道を開けよ!」


「控えよ!」


 とある一団が王都の大通りを王宮に向かって進んでいた。

 一団を通すため人々は波のように脇に逸れ、周りの者と一団について話した。


「あれはどこの人間だい?」


「ありゃ元帥さまか?」


「そうだよ。ほら、この間聖兵が起こした反乱のせいで召還されたって専らの噂だ」


「あぁなんてこった」


 一団に守られるようにして進んでいる老将こそ、ノンドルギア方面軍総司令にして第一級武官の『アドルフ・ジャネ』元帥である。

 インデグラルの侵攻をノンドルギアで防いでいた彼は、王都からの急な召集令状に困惑しながらも身の潔白を証明するために急ぎ王都へやってきたのである。

 フラドル王のこれまでの所業から、国民の多くが彼は極刑を免れないと予想していた。


「さぁ急ごうか」


 疲れた体に鞭を打つようにアドルフは王宮へと向かった。



【同刻 王都ルナティア ルウンの屋敷】


 ルウン、フィルマン、エンゾが卓を囲んでいる部屋に、ガエルとドニの二人が一礼し入室した。

 ガエルが王都の状況を報告する。


「ルウン様、アドルフ元帥が王都に入られたそうです」


 言葉を聞いたルウンは無意識に立ち上がっていた。


「恐らくそのまま王宮の方へ向かわれるでしょう」


「ルウン様も向かわれた方がよろしいかと」


「兜網毬大会の報告に来たとおっしゃれば陛下に会えます。さすればアドルフ元帥に会えるはずです。それから陛下に助命を懇願なさってください」


 ルウンはゆっくりと歩きながら考えた。


「助命か。ふぅ、義父上の」



 自室でセシールも心配して部屋を行ったり来たりしていた。

 部屋に女侍が入るとすぐさま問いかけた。


「父上は今どのあたりなの?」


「先ほど、大通りをお通りになられたと聞きました」


「旦那様は何をされているの?」

 セシールの呼吸は荒かった。

 子供を腹に抱えているため、心配した女侍がセシールを落ち着かせる。


「たった今、王宮に向かわれたそうです」


「そう・・・」


「セシール様、ご安心ください。陛下は決してアドルフ様に厳罰など下さらないでしょう」


「え、でも私を含め多くの者が父上には厳罰が下ると」


「えぇ。しかし陛下のご真意はそうではありません。決して」


 セシールはこの異様な自身に満ち溢れた女侍に驚いたが、少し元気づけられた。


「そうね。陛下と旦那様、そして貴女を信じるわ」


 セシールの言葉に女侍は手を握りゆっくりと頷いた。



【十数分後 王都ルナティア 王宮前】


 王宮前にルウン一行がやって来た。

 王宮前は何百もの兵が待機しており、物々しい様子であった。


 門前で出迎えたのは王宮衛士長であるブノワとアラン派の武官バグダであった。

 馬から降りたルウンにブノワとバグダは一礼した。


「これはルウン様」


「バグダか、尋問場でも会ったな。父上は中に?」


「はいルウン様。他の方はアドルフ元帥をお出迎えに行かれました」


「あぁそうか。ところで物々しいな、この兵士の数は」


「はい、陛下がアドルフ元帥を丁重にお出迎えせよと仰せだからです」


 ルウンは兵士をじっと眺めた後、ブノワの方を向いた。


「入るぞ」


「どうぞお入りください。ご案内します」


 ブノワはルウンに一礼した後案内するため先行し、ルウンの家臣たちは一礼しながら王宮へと入っていった。



 ルウンは玉座の間でフラドル王に謁見した。

 フラドル王は不思議そうな顔をしていた。


「どうした、そなたを読んだ覚えはないぞ?」


「はい父上。現在開催を進めております兜網毬大会のご報告に参りました」


「兜網毬か!それは実に楽しみだ。他の何と比べても、兜網毬は最高だ。遊びとして見るも良し、武芸の訓練としても優るものはない」


 ルウンは作り笑いを浮かべながら頷いていた。


「内務の仕事は大変ではないか?」


 先ほどまでの愉快な声色と違い、急に真剣な声でルウンに問うてきた。


「はい、父上の改革のおかげで大変ではありません」


「なによりだ」


 ルウンはフラドル王の周りにマーレグやイルテがいないことに気づいた。


「ところで、何故今日はお一人なのですか?」


「そなたの義父が王都に入ったというから、皆を出迎えに行かせた。仮にも縁戚ではないか、そなたの義父だ」


 フラドル王の言葉にルウンは下を見た。


「互いに守るものは守り、問うことは問わねば」


 真剣な顔をゆっくりと上げたルウンを見たフラドル王は、言葉を考えながら話を変えた。


「ところで、妻は元気か?セシールだよ」


 思わぬ話題にルウンは驚いたが、笑みを浮かべながら答えた。


「はい父上。子を宿したためか普段よりもたくさんの料理を美味しそうに食べるので、夫の私としても嬉しいばかりです」


「そうかそうか、子を宿したか。そなたも苦労するなぁ、子が生まれれば悩みは耐えん。しっかりした子に育てねばならんだろう。そしてしっかりした婿か嫁を探してやらねばならんな。婿や嫁も我が子だ」


「はい父上」


 この時のルウンはアドルフのことで頭がいっぱいで、少々空返事であった。

 フラドル王はじっくりとルウンを見つめた。

 兜網毬以外に話題のないルウンは全く話せなかった。


「どうした、そなたは他に言いたいことがあって来たのだろう。言わずとも分かる、回りくどい話し方はやめよう」


 ルウンは心を読まれていることに驚きフラドル王を見た。


「私はもう、そんなに長くは生きられないだろう。聞いたことがあるか。虎は赤子を生すと、崖の下に突き落とすそうだ。這い上がって来た赤子だけに乳を与えるらしい。権力と言うものは、自ら勝ち取ってこそそれを保つことが出来る。忘れるな」


 力のこもったフラドル王の言葉にルウンは聞き入っていた。


「そなたは兄弟の中で先に生まれてきたというだけだ、それ以上でも以下でもない。先に生まれたからと言って、それは特権にはならぬ」


 ルウンは驚いた。当時は世襲制が当たり前だったため、フラドル王のような考えはあまりなかったのである。


「この国は強い者だけが治められる。私が作った政権は、弱い者は決して生きられない!」


 ルウンとフラドル王は互いに数秒間見合った。


「ルウンよ!そなたの強さを示すことが出来るか?」


 フラドル王の目が少し濡れていた。


「あっ・・・父上」


「時間があまりないのだ・・・時間が」



 その頃、門前にはアドルフの一団が到着していた。

 門前ではビアロを中心とするアラン派の家臣とイルテなどの文官が待っていた。

 一団が門前で馬を止めたのを確認したビアロたちは一礼し、アドルフもそれに返礼した。


「遠路、お疲れ様でした」


 ビアロが初めに労いの言葉を掛けたが、アドルフは顔色一つ変えなかった。


「これはこれは。罪人として戻った身、労いの言葉などいりません。ところで、皆様お揃いでいかがなされました?」


「陛下から、丁重にお出迎えせよと命じられました」


 その言葉にアドルフやその家臣たちは顔をしかめた。

 アラン派の家臣は笑みを浮かべながらアドルフを見ていた。


「イルテ・ギュートでございます。ご無沙汰しておりました」


 イルテがアドルフに深々と頭を下げ、アドルフは懐かしい顔を見て驚いた。


「おお、イルテ式部卿。これはこれは、久しぶりですな」


 イルテは悲しい顔を隠すように顔をしたに向けた。

 その様子を見たアドルフは、両脇に付いている兵士に頷いた。


「行きましょう」


 アドルフの言葉を聞いたビアロが開門するように命令し、アラン派の家臣が一団の前に付いた。


「行くぞ」


「承知しました!」



 玉座の間で見合っていたルウンとフラドル王のもとに、アドルフ元帥到着の報告が入った。


「陛下、アドルフ元帥をお連れしました」


 ルウンは声のした外を見た後フラドル王を見た。

 フラドル王は着ていた服装を整え、一瞬で険しい顔へと変わった。


 その後玉座の間の扉が開き、アドルフ元帥とその家臣、出迎えた家臣たちが一礼し次々と入って来た。

 ルウンはフラドル王の前から脇に退き、入って来たアドルフと顔を合わせ一礼した。


「義父上・・・」


 アドルフは小さく頷きフラドル王の前へと進んで行った。

 ルウンとビアロはその数歩後ろの両脇に立った。

 アドルフはフラドル王の前で止まると、深々と一礼した。


「陛下。わたくしアドルフ・ジャネ、陛下のご命令により戻ってまいりました」


 アドルフはフラドル王を見ることは出来ず、少し下の方を見ていた。


「大義でしたなぁ。前線から遥々王都までご苦労でした」


「恐縮でございます」


 フラドル王が前のめりになりながらアドルフを見た。


「前線はどのような状況ですかな」


「一進一退を繰り返し、あまり芳しくありません。面目なき次第でございます」


「今まで苦労されましたな」


 フラドル王から労いの言葉が出たことに皆少し動揺した。


「誰か、アドルフ元帥に温かい酒を出してやりなさい」


 アラン派の家臣たちが目を見開いてフラドル王を見た。

 やがてアドルフの前に温かい酒と肴が持ってこられた。


「ああこれは・・・」


 初めは動揺していたアドルフ元帥だったが、すぐにフラドル王を見た。


「お咎めを受けるべくして戻った身です。酒など・・・」


「どうぞ」


 それでも飲むことに躊躇しているアドルフに「早く」とフラドル王は急かした。


「はい・・・それでは・・・」


 アドルフは卓の上に置かれた酒を少しだけ口を付けて置いた。


「飲みましたか?」


「はい、陛下」


 その返答後、しばらく沈黙が続いた。

 その場の誰もが予想しなかった事態だったため、皆フラドル王とアドルフから目が離せなかった。


「酒を下げよ」


 アドルフ元帥の前から卓と酒などが下げられ、フラドル王は少し険しい顔でアドルフ元帥を見た。


「よくお聞きなされ」


 下を向いていたアドルフの顔がフラドル王の方を向く。


「ここまでは縁戚としての礼を尽くした。これ以降は、罪人として扱う。よいかアドルフ」


「はい、陛下」


「この逆賊めッ!」


 フラドル王の怒号にその場の全員が一瞬凍りついた。


「そなたは聖兵を扇動して、私の命を狙った。それで無事に済むと思ったかッ!」


 フラドル王の顔は恐ろしい形相であり、まっすぐ見ようとできなかった。

 それでも、アドルフは冷静に釈明を始めた。


「ここに来る道中で初めて伺った話です。わたくしは、神に誓って潔白でございますッ!」


 アドルフの臆さず冷静に話す様子を見たアラン派の家臣は驚いていた。


「仮にも陛下の縁戚ですッ!かような真似をするわけがg」


「黙らぬかッ!」


 アドルフの釈明を遮るように、フラドル王は脇にあった卓を叩いて叫んだ。


「そもそも前線に赴く前から、不平不満があったと聞いた。ロリマリアに攻め入った聖兵たちはそなたの管理下にあったはずだッ!前線の総司令として全軍を指揮しておったではないかッ!」


「その通りでございますが、聖兵たちは勝手に離脱したのです。何故わたくしが唆したりしましょうか」


 ビアロは煙たそうにアドルフを見て、ルウンはアドルフを助けようと声を出そうとしたが、フラドル王の気に呑まれ何も言えなかった。


「もし謀反を起こそうとしたのなら全軍で引き返したはずです。たった千の軍勢でかような真似は致しませんッ!」


「ええい黙れッ!」


 フラドル王は再び卓を叩いて鋭い目つきでアドルフを睨みつけた。


「私が軍の指揮権を託し王国(くに)の運命を任せたため、そなたは有頂天になり謀反を起こそうとしたのであろう!」


 もうアドルフは何も言わず、ただフラドル王を見ていた。


「私が兵を立たせそなたを迎えさせたのも、そなたがまだ元帥の身故、それに相応しい礼遇をしたまで!」


 アドルフはじっとフラドル王を見ていた。


「おいッ!」


「「はい、陛下!」」


 家臣たちが頭を下げ、フラドル王の命令を待った。


「こやつの首を、即刻叩き切れッ!その首をルナティアの大通りに晒せッ!」


「「はい、陛下!」」


 その命令を聞いたルウンは驚愕し、フラドル王とアドルフを見た。

 ビアロは分からない程度に微笑んでいた。


「陛下のご命令だ!早くしろッ!罪人を連れてゆけ!」


 王宮衛士が扉からやって来たのを見たルウンはとっさにアドルフの前に立ち、フラドル王に向かって膝を付けた。


「父上!」


「何の真似だ?」


「この通りです。どうか義父の命をお助けください!どうかお助けをッ!」


 ルウンの行動にフラドル王は少し眉間にしわを寄せて見ていた。


「陛下!聖兵の証言は真偽が定かではありません。何の調べもなく元帥を処刑するなど、あってはならないことでございますッ!お考え直しをッ!」


 後ろに控えていたガエルの発言にアラン派の家臣が食い付いた。


「ガエル・アラス!陛下のご命令に楯突くとは何様のつもりだッ!」


 ガエルの発言を機に次々とルウン派の家臣がフラドル王に助命を請い始めた。


「陛下!アドルフ元帥はご縁戚であり、ここにいらっしゃるルウン様の義理のお父君です!極刑だけはご容赦くださいッ!」


「フィルマン!言葉を慎まぬか!陛下の御前でよくも」


「父上!わたくしの家族のためにどうか極刑だけはご勘弁をッ!」


 ルウンは地面に跪いて頭を地面に付けて懇願した。

 その様子を見ていたビアロはにやりと笑っていた。


「全ては、わたくしが事前に察知出来ず防げなかったからです!この不手際を深く反省しておりますッ!わたくしに免じ、どうか極刑だけはご容赦くださいッ!どうかお助けください!」


 フラドル王は憐れむような目でルウンを見ていた。


「何たることだ。私に代わり政務を司る息子が、そのように跪いて泣きつくとはなんと情けない恰好をしておるのだ」


 フラドル王はルウンの無様な姿を見て泣いているような声をしていた。


「おいッ!」


「「はい、陛下!」」


「ただ、そこまで頼むなら仕方ない。老いぼれが極刑とは気の毒だ。バグダ・ドルトルはおるか!」


「はい、ここに」


「決めた。命を助けてやる。ただし、こやつの全ての官位官職を奪い、こやつの持っている全ての財産を没収せよ!」


 ルウンは顔を上げてフラドル王を見て、アドルフはゆっくりと閉じていたまぶたを開いた。



「そして遠くコルモス島に流し、二度と私の前に顔を出させるでない!」


「承知しました。罪人を連れてゆけ!」


「ありがとうございます」


 ルウンは再び深く頭を下げた後、フラドル王に一礼したアドルフに肩を貸した。

 アドルフとルウンは少しだけ目を合わせた後、アドルフは兵士に連れられて玉座の間から出ていった。


 玉座の間から去っていくアドルフを、フラドル王は乱れた服を整えながら見送った。


 こうして後に『春告の大獄(はるつげのたいごく)』と呼ばれたこの事件は、聖職者や罪人一五〇四人の処刑とアドルフ・ジャネの流刑によって幕を閉じた。

 この事件を皮切りに、前線のノンドルギア地方での戦局は一変し戦火が拡大していくこととなったのである。

 また王位継承問題においてアラン派を勢いづかせることにもつながった。

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