第十一話
ノーリが連れてこられた頃には築城状況は後半へと差し掛かっており、監督する兵士の数も少なく安定した環境かと思われていた。
しかし状況は過酷であった。
新たに赴任した兵士たちは素行が悪く、監督長は低級武官であったため統率は取れず、事あるごとに奴隷たちにいちゃもんをつけ暴力をふるっていた。
さらには尋常ではない速度で行われた築城は奴隷たちを疲弊させ、作業の質は下がり事故が多発していた。
また食事は汁だけであったため、事故、飢餓、暴力などで毎日十数人は死んでいた。
その度に各地から奴隷が集められ使い捨ての道具のように扱われたのである。
「お前は何やってんだ!とっとと働け!」
仮設橋の手前で兵士が奴隷に鞭を打っていた。
周辺から切り出した木材や石材を築城予定地に運ぶのだが、短期間で作られた橋は耐久性において欠点が多かった。
橋のあちこちに穴が開いており、いつ崩れてもおかしくなかったのである。
「この橋を渡るのですか?」
「当たり前だこの野郎。とっとと歩け!」
「このような橋、渡れません!」
「うるせぇ、俺様はさっきこの橋を渡ってこっちに来たんだ。ごちゃごちゃ言ってねえで行きやがれ!」
ノーリは橋を渡る列からその様子を見ていた。
ノーリも木材を食事を助けてくれた男と運んでいた。
「「うわぁ!」」
橋の中央の方で木の割れる音が聞こえた後、奴隷が二人橋から落ちていった。
その様子を見てもなお、兵士は手前で尻込みしている奴隷に鞭を打って無理やり渡らせた。
「今日の分をきっちり終わらせねえと俺たちが怒られるんだ!ほら進め!ぐずぐずするな!」
ノーリも恐怖に耐えながら橋を渡っていたが、左足を乗せた部分が崩れた。
ノーリは開いた穴から見える下の景色に恐怖したが、急いで立ち上がり再び足を進めた。
「やはりこんな橋は危なくて渡れません」
ノーリの目の前で奴隷が兵士に別の経路を通らせてほしいと懇願していた。
「なんだとこの野郎。前の奴らは渡ってるじゃねえか!つべこべ言うんじゃねえ!」
奴隷の頼みを兵士は聞かず、鞭を打って無理やり進めた。
兵士はその前で荷車を慎重に押していた奴隷に鞭を打って、進む速度を上げるように指示をした。
次の瞬間、運悪く橋の弱くなっていた部分に荷車の車輪が乗り、その部分が荷車の重さに耐えきれずに壊れた。
荷車と奴隷は助けを呼ぶ暇もなく、橋の下へと落ちていった。
「あ、あぁ・・・あぁ・・・」
ノーリは思わず木材を降ろし、奴隷たちが落ちた方を覗いた。
ノーリに釣られるように兵士や奴隷たちは下を見た。
そこには奴隷だったものがあった。
一人は地面に強く叩きつけられ、身体が普通は曲がらない方へと曲がっていた。
もう一人は右腕が飛んでおり、荷車の荷物が頭に当たって潰れていた。
よく見ると、下の方の地面の色は全体的に赤黒かった。
過去にも彼らのように下に落ちて命を落とした者がいたということを物語っていた。
その光景を見たノーリは絶句し動けないでいた。
「どんくせえ野郎どもだ」
兵士の言葉を聞いたノーリは震えた声で話しかけた。
「あ、あの!ひ、人が落ちました」
「あぁいつもの事だ。お前はさっさと持ち場に戻れ。早くしろ!」
兵士は動揺した様子もなく、ノーリに鞭を打って急かした。
さらには抜剣し、剣をノーリの首筋に向けた。
「お前も突き落としてやろうか。へっへっへははは」
「えーあっはい、すぐに運びます!おいほら、渡るぞ」
男はノーリに木材を運ぶように言った。
ノーリは下を見ながらも木材を抱え直した。
「急げお前ら!おら進め!」
ノーリは落ちた奴隷たちの冥福を祈りながら橋を渡っていった。
後続の奴隷たちは自分が渡るときに崩れないように祈りながら渡った。
築城予定地に着いたノーリたちの心に安息の時間が来ることはなかった。
監督と言う楽しみのない兵士たちは、不満をぶつけるために奴隷たちに暴力をふるっていたのである。
真面目に作業している奴隷たちの無防備な背中に、兵士たちは鞭を打って暴言を吐いていた。
「さっさと歩けおら!」
「運んでるだろ!」
「急げ!」
男は兵士に文句を言ったが、兵士は聞く前に別の奴隷の所へ行っていた。
「大丈夫ですか」
「ん?あぁ気にするな、いつものことだ」
ノーリの言葉に男は少し笑いながら答えた。
「あぶねぇ!避けろ!」
男が急にそう言った後、予定地の上の方に積まれていた木材が崩れ落ち、仮積みされていた城壁を巻き込んで下で作業していた奴隷たちに襲い掛かった。
崩れた城壁が作業櫓も巻き込んで運搬用の橋を破壊し、連鎖的に被害を拡大させていった。
崩れた場所から奴隷たちの悲鳴が聞こえてくる。
崩壊が治まった後、ノーリは目の前で木材の下敷きになっている老人を見つけすぐさま走り出した。
「おい!待て、危ないぞ!おいって」
男はノーリを制止したがノーリは止まらなかった。
ノーリは下敷きになっている老人を見つけると、上に乗っている木材をどかそうと持ち上げ始めた。
ノーリが木材を持ち上げ始めた頃、石材を引き上げていた奴隷の縄が切れ石材が城壁に当たって再び連鎖的崩壊を招いた。
木材を持ち上げていたノーリの真横に石材が落ちノーリは衝撃で倒れ、ノーリの周辺は崩壊に巻き込まれた。
起き上がったノーリは再び老人を引っ張り出そうとした。
崩壊の音を聞いた兵士がやって来て大声で罵声を浴びせた。
「この馬鹿野郎!いい加減な積み方しやがって!崩れちまったじゃねえか!そいつらを引っ張り出せ、その石を積み上げた石工どものことだ!」
「他の者は石をどかせ!さっさとしろ!」
「申し上げます!怪我人が先ではありませんか!」
「なんだとこの野郎!」
自分たちに意見したノーリに兵士たちは怒り、数人でノーリを痛めつけた。
「こいつほざきやがって!」
「奴隷のくせに生意気な!」
「かっこつけた真似すんじゃねえよ!」
「誰がそいつを助けろと言った!」
兵士の無慈悲な言動に、ノーリは兵士の足に掴みかかった。
「なんだって、人が怪我をしたんですよ。怪我を!」
掴まれた兵士はノーリの胸を蹴って鞭を打った。
「それがどうした」
「俺らに楯突くとは不逞野郎だ」
兵士たち数人はノーリを踏みつけ蹴って鞭や棒で打った。
痛みに耐えているノーリの所へ監督長の小隊長がやって来た。
「止めておけ」
「はい小隊長」
「こいつが生意気なもんで」
「死体を片付けろ。いいか、今日中に城壁を元通りにしろ。出来なければ、お前らの首を刎ねる」
昼飯の時間、多くの奴隷が汁だけの飯に群がった。
ノーリも男に助けられながらどうにか食事を手にした。
男は飯を手で混ぜながらノーリに聞こえる程度の声で文句を言った。
「まったくひでえ奴らだ。こんなの飯じゃねえよ。見ろよ、ただの汁じゃねえか。飯粒も見えねえし具もねえ。あのくそったれどもめ」
二人はどうにか座って、汁を胃に流し込んだ。
「ここは地獄だ。普通の罪人とは訳が違う。俺たちは奴隷の罪人だ、そうだろ。畜生、抜け出してやる」
「とっとと飯を食え!座ってると凍え死ぬぞ。生きたきゃ働け!」
「あいつらはいつもああだ。休む暇もありゃしねえ」
二人が兵士を見ていると、兵士はまだ食べている遠くの奴隷たちに鞭を打って食事の邪魔をした。
「おい!とっとと働け!動かねえと叩き斬るぞ!」
「行こう」
立ち上がろうとした男をノーリは引き留めた。
「あなたの名は」
「奴隷に名前なんかねえよ。昔は『コリ』って呼ばれてた。お前は」
「私、私はノーリと呼ばれていた」
「そうか、よろしくなノーリ」
「よろしく、コリ」
このコリとの出会いが、ノーリの人生だけでなく長きに及ぶ戦争までも変えてしまうことをまだ誰も知らない。